俺が求めたパーティーはこれなんだ!



 準備については、多分これでいい。




 途中から俺は冷蔵庫に貼ってあるメモではなく、テレビの隣にある棚に隠されていたノートを見ていた。ノートの名前は「お兄ちゃんノート』。たまたま見つけたノートなのだが、思った以上に内容が濃かった。


 中身はというと、その日ごとの俺の様子が記録されており、それに対して妹が文章で色々と語っているものだった。最近のものは何の変哲は無いが、彼女と仲が悪かった時期のノートは見ているだけで心がチクチクと痛んだ。


 どうしても俺に素直になれない事。


 けれど自分の性格が素直になるのを邪魔してくる事。


 たまたま見つけたのは事実だが、見なければ良かったと死ぬ程後悔している。これを見たと知られた日には簀巻きにされて外に放り出される気がしたので、俺は元の場所にノートを戻し、妹の帰還を待つ事にした。


 一番悪いのはノートを全て見た俺だが、冷蔵庫のメモに『詳細はノート』等と端に小さく書いた妹にも責任がある。確かにこのノートにはリビングの飾りつけ、椅子の配置、用意するモノなどの詳細が書かれていたが、奥のページを見させない工夫をしてもらいたかった。全部見てしまったではないか。




「あ、準備終わったの?」




 俺が溜息を吐いた瞬間に、リビングの外からひょこっと顔を出した天奈。反射的に仰け反ってしまい、お蔭で肘を机の角にぶつけてしまう。


「うおおおおおおおッおおおおおおお!」


「何してんの?」


「な、なんでもないでござるよ……うん」


「口調おかしいよ」


 ファニーボーンに苦しむ俺を横目に、天奈は部屋の様子をじっと見つめる。肝心のメイクについてだが、一体何処で習ったのかと問い質しくなるクオリティだった。顔にある傷とか、何をどうすればそうなるのか。メイク素人の俺にはさっぱり分からなかった。


 触っていないので自信を持つ事は出来ないが、自傷でない事は確かな筈だ。医学的見地から見ればまた何か話が変わってくるかもしれないが、流血が無いので、多分自傷した訳じゃない。


 彼女が本当に死んでいない限りは、メイクだろう。


「……お兄ちゃんにしては、ちゃんと指示通り出来たのね」


「おい、どういう意味だよそれ! 俺がそんないい加減な奴だと思ってたのか?」


「身だしなみに気を遣ってるのは知ってるけどね。お兄ちゃん、意外と抜けてるから」


「な……なッ!」


 馬鹿な、そんな筈はない。俺は男らしさを磨く為に自分の周りには気を配っている筈だ。健全な精神は健全な肉体に宿る、という事でその環境にも同じように気を配っていた……と思われる。


「まあいいわ。ちゃんとやってくれた事に免じて、ベッドの下にあるいかがわしい本の事は忘れて挙げる」


「ねえよそんな本!」


 そういう本の存在は認識しているし興味が無い訳ではないが、俺の性的欲求などは碧花で満たされている―――というと言い方が悪い。まるで彼女に性欲処理させているみたいではないか。違う。それが出来たらどんなに良い……じゃない。これも違う。


 碧花と会話しているだけで欲求が暴走する事は無いので、要らないのだ。


「ほんとかなー?」


「本当だよ! 大体さ、仮に持っててもお前が捨てるじゃん!」


「当たり前でしょ。だってお兄ちゃん、巨乳の人ばっかり見るから……腹立つんだよねッ」


「いや、それは性癖というかさ……もういいだろ! 持ってないんだしッ」


 本当だ。俺はそういう本を持っていない。少なくとも今は。


 これは更に言い換えると過去には持っていたという事だが、大切なのは今なので、過去についてはどうか言及しないでいただきたい。俺だって年頃の男子なのだから、持った事があるのは仕方ないのだ。




 ピンポーン。




 インターホンが鳴った。開始時刻は微妙に先だが、今来てくれても問題は無い。どうせある程度の人数が集まらないとパーティー自体は始まらないのだし。


「あ、じゃあ俺出てくるよ!」


 天奈から逃げる様に俺は玄関の方に出て、来訪者に応対する。


「はーい……って」



 玄関でこちらの応答を待っていた存在は、俺よりも数歳程年下と思われる女性だった。



「あ、天奈ちゃんのお兄さんですか? 私、日々木香撫って言います。今日はパーティーに招待されてここに来ました」


「ああ、アイツの友達か。じゃあ上がってくれ。リビングの方にもういるから」


「はーい」


 見た所かなり可愛らしい部類に入る女性だが、天奈には遠く及ばないだろうとお兄ちゃんは思った。兄妹補正が凄まじいからだと思うが、実際天奈は彼氏が出来ない理由が分からない程可愛い(まあ彼氏が出来たら俺の気持ちが不安定になるだろうが)俺の妹とは思えない。漫画やアニメでは兄の容姿に反して妹が可愛いなんてよくあるが、まさか俺の家でそれが現実のものになるとは。事実は小説よりも奇なりとはこの事か。


 見た所、香撫はメイクや仮装をしていないが、多分天奈が衣装を貸すのだろう。あれだけ衣装があるのなら、一つくらい貸している筈だ。


 俺の言葉に従って家に上がった所で、彼女が振り返った。


「お兄さんってカッコイイんですね! 天奈ちゃんが羨ましいです」


「有難う。そう言ってくれると、俺も自信が付くよ」


 お世辞の上手い年下だが、気分は悪くない。たとえ嘘だったとしても、そう言ってくれるだけで俺は嬉しかった。一体どんな友達が来るのかと実はハラハラしていたのだが、意外とまともな友達そうで一安心だ。


 余談だが、恋愛対象には無い。年下か年上かという拘りは無いのだが、妹の友達に手を出す気は更々ない。お兄ちゃんスイッチを押されてもあり得ない。妹の友達に手を出すなんて、最低だ。妹に手を出す事よりも、場合によっては最低である。


 香撫がリビングに移動したのを見届けると、その直後にまたもインターホンが鳴った。碧花や萌や御影であれば普通に入ってきそうなので、恐らくまた天奈の友達だろう。



 扉を開けると、香撫とは正反対の雰囲気を見に纏った少年が下を向いて立っていた。



「……えっと、天奈の友達?」


 陰キャの俺がこういうのも何だが、全身から苔が生えていると錯覚してもおかしくない暗さだった。俺の家は木造建築なので、後五分でもここに彼を置いていると腐敗してしまいそう……と言ってしまうと流石に失礼だが、それはお互い様だと言わせてもらおう。


 まだ会って間もないというのに、彼の視線からは俺に対する明確な敵意が感じられた。人の感情に鈍い俺でも分かるくらいに膨大なのだ。こんな風に見られると、流石に好感は抱けない。


「…………はい。貴方は、恋人ですか。彼女の」


「いや、兄貴だ。首藤狩也、覚えなくてもいいけど、よろしく。君は?」


「那須川幸慈。天奈の…………です」


「ん?」


 声が小さすぎて聞こえなかった。友達、と言ったのだろうか。口の動き的には四文字だったが、Tの発音が最初に聞こえた気がしない。一人目に来た香撫とは違い、俺が一抹の不安を抱くには十分すぎる人物だったが、天奈を信じよう。


「じゃあ、リビングに居るから。上がってくれ」


 俺には特に何も言わず、彼は部屋に上がっていった。これを踏まえると、やはり香撫は良い子なのだなと実感する。俺とは違い、友達作りが上手い様子だ。あの少年は…………まあ、どういう友達を作ろうとも俺は何も言わない。その友達が犯罪者でもない限りは、口出しする事はない。


 流石に犯罪者だったら、俺は天奈を守る為に全力を出すが。


 香撫、幸慈と来てまた誰かが来る予感がしたので、玄関から離れる事が出来ない。何となしに携帯を覗き込むと、いつの間にかメッセージが届いていた。


 早速、御影からである。



『さっきの子は無事に届けておいたから』



 しかし、全然関係ない事柄だった。何だか煩悩を見せるみたいで気乗りしないが、こちらから話題を持ってくる事にるう。



『お前の仮装、楽しみにしてるからな』


『有難う。じゃあ気合い入れて頑張ってみる』



 御影の意外な一面を見れた事、俺は感謝するべきだ。いつまで経っても苦手意識を抱いていたら、きっとこんな姿は見られなかった。誰に感謝を告げるべきかは分からないが、取り敢えずクオン部長に感謝しておこう。


「ちょっとやだー天奈! 勘弁してよ。私はスッピンで勝負したいのに!」


「今日はパーティーだから別に良いでしょ! それにこれ、合コンじゃないしッ」


「え? パーティーって合コンの隠語じゃ……」


「無いわよ!」


 リビングの方からはキャピッた声が聞こえる。始まってもいないのに妹の声は楽しそうだったが、あの空間に居る彼の心境や如何に。気持ちは分からないでもない。目の前で可愛らしい女性がはしゃいでいるのを見るのは天国だが、同時にそれは地獄でもある。


 陰気な者限定の、それもかなり辛い地獄だ。


 途中で帰宅しないだけマシと言っても過言ではない。俺は心の中で彼の事を応援していた。 




 ピンポーン。




「はーい」


 またも妹の友達かと思ったが、どうやら今回は違った様だ。玄関に立っていたのは、俺にとって最も見慣れた人物だった。









「やあ、お待たせ」


 襟の立った黒のマントは何処かダークな雰囲気を持つ彼女にとても似合っており、まだ日の昇っている内ですら、恐ろしい雰囲気を俺に与えた。その下に着る白のブラウスは彼女の大きすぎる胸を隠すには少々小さいのか、所謂『乳袋』なるものが、そこには出来上がっていた。


 季節が季節なので流石に長袖だが、これがもし夏だったら半袖になっていたのかと思うと、猛毒処の騒ぎではない。目にはカラーコンタクトでも入れたのか、鮮血色をしていた。


「あ、碧花なのか?」


 俺の視線はある個所に釘付けになっていたが(大体想像は付くだろう)、そんな事も気にせず、碧花は俺に接近した。


「おかしな事を聞くね。どう見たら私以外に見えるのかな? 確かに今の私はブラッドムーン上る日に現れし麗女だが、同族である君に間違われる程の変化はしてないと思うよ」


「同族……?」


「君のその恰好、吸血鬼だろ? なら同族だ。同じ血族同士仲良くしようじゃないか、ねえ狩也伯爵?」


 そう言って碧花が微笑むと、付け八重歯と思わしき牙が、顔を覗かせた。



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