ここに役者は揃った



「……パーティー?」


「そう。俺の妹が始めてくれたんだよ。で、俺の友達も呼んでいいって事で、今、部長と萌と碧花を誘ったんだけど。お前も誘いたくてさ。どうだ?」


 碧花と彼女に面識はないが、学校一の美人で同級生という事ならば、幾ら何でも知っているだろう。俺の『首狩り族』は一部の三年生と同級生限定で有名だが、学校一の美人は全ての学年において有名だ。そして彼女は俺の知らない所で告白されては断っている。今日も……かは知らないが、彼女が卒業するまで、その流れは一生消え去らないだろう。 


 仮に卒業したとしても、モテる場所が変わるだけだと思うが。彼女を追って同じ所に行こうとする者も、ひょっとしたら居るのかもしれない。


「パーティー……私を誘いたかったの」


「おう。只、ほら。俺達連絡先交換してないだろ。だからどうやって連絡しようか悩んでたんだけど、丁度いいや。来ないか?」


 パーティーは、出来るだけ人が多い方が良い。それに、俺は彼女ともっと仲良くなりたかった。体型こそ碧花や萌と比べると正反対で、俺の好みかと言われれば違うのだが、よく考えてみると、俺はとんでもない勘違いをしていた。




 それを言う前に、まずは改めて認識する事から始めよう。




 何、簡単な話だ。自問自答を一回するだけだ。その内容も実に簡単。女性の体型をガン見してしまう様な変態の俺ならば、直ぐに答えられる事だ。間違っても沈黙はあり得ないだろう。



『首藤狩也は、巨乳が好きなのか。それとも碧花の事が好きなのか』



 萌などは話がややこしくなるのでこの際除外するとして、実際はどうなのだろうか。その答えは『どちらも』だ。俺は巨乳が好きだし、碧花の事が好きである。只、どちらが優先されるべき感情かと言われると後者になる。


 首藤狩也が彼女の事を好きなのは、そのスタイルのみによってもたらされたものではない。一見冷徹そうに見えるが、その実は凄く優しくて、可愛らしい所もあって。一言で言えば彼女の人間性を含めて、俺は好きなのだ。


 どうしてわざわざそんな事を改めて認識したかというと、体型だけで恋人候補から外すのはどうなのかと考え直したからである。


 人に恋をするとはその体型だけではなく、人間性まで見てするものだ。


 第一印象においては外見こそ重要であり、そこから興味を持つ事は悪い事ではないが、今まで俺はそこだけで終わらせていた。だからきっと、彼女が出来なかった。これからは、それを止めようと思う。


 要は選り好み出来る立場ではないので、好みとか好みじゃないとか、そういう認識を改めようと思ったのだ。


 勿論、これはお互いに好意(ライクな好意だ)を持っているからこそ成立する認識だ。だから俺があまり好きではない女子に対してこれを用いる事は無いし、脈が無いと分かったなら早々に用いるのを止める。


 だが御影は……確かに最初は苦手意識を持っていたが、今となっては別人の様に変わってしまって、すっかり俺と馴染んでしまっている。これを適用しない道理は無いだろう。



 ある偉大な人は言っていた。『お前は女が好きなのか、それともソイツが好きなのか』と。



 その偉大な人が誰かは知らないが、ともかくそういう事だ。俺は彼女ともっと仲良くなりたい。異性としても、友達としても。そして―――身勝手にも、俺の心の傷を癒す為にも。


「…………首藤君、何かいやらしい事、考えてない?」


「え! どんな状況で考えてるんだよ俺はッ。何も考えてねえって!」


「…………そう。なら、分かった。参加する」


「お、マジか?」


「うん。せっかく誘ってくれたんだから、断るのも悪い―――有難う、首藤君」


 彼女の笑顔を、初めて見た。


 笑い合った事自体はあるが、あの時は暗闇という壁のせいで何も見えなかった。しかしそれを取っ払ってみてみると、何と艶美な笑みだろうか。久しぶりに俺は心を奪われてしまった。こんな気持ちを感じたのは碧花を除けば恐らく初めての事で、この時初めて彼女の事を『可愛い』と思った。萌とはまた違ったベクトルの可愛さだ。彼女が太陽の光だとするならば、御影のそれは月光だった。


 何処か寂しくも、それでいて温かい笑み。微笑んでいた時間は僅かだったが、俺の脳裏にはしっかりとその笑顔が刻まれていた。


「……はい。これ」


 俺が呆然としている内に、御影は持っていた手帳の内側を破いて俺に押し付けてきた。手に取ってみると、彼女のIDではないか。


「……お前から渡してくれるのか。何か意外だな」


「私は君の家を知らない。渡しておかないと、もう会えないでしょ」


「え? いや、俺と一緒に来ればいいだろ」


 御影の視線が俺に向けられていない事に気付いたのはそう言った時だ。彼女は俺の背中に退けられた人物こと奈々の方を見ていた。


「その子は、どうするの」


「どうするって…………話を聞く限り脱走したみたいだから、病院に引き渡すつもりだけど」


「何処の病院か、分かるの」


「この辺で病院っつったらあそこしか無いしなあ。詳しい病室とかは病院で聞けば分かると思うし、保護者には病院が勝手に連絡出すだろ」


 間違った事は言っていないと思うが、御影は頭を振った。


「そんな時間のかかる事をしなくても、私は彼女の保護者を知ってる。私が連れて行けば、効率的」


「……オカルト部と奈々にどんな関係があるってんだよ。もしかして友達なのか?」


 無論の事、それは本当の意味だ。俺みたいに一方が思っている関係ではない。またしても御影は頭を振った。


「今はまだ、言えない。部長に口止めされてる」


「ここでも部長かよ。マジでお前等何してんだ」


「部員としての、然るべき活動」


 駄目だ。話が通じている様で通じない。やはり部の顔たる部長があんな変人だと、部員がやる事も妙に妖しくなってしまう様だ。彼女がオカルト部に入部してしまった以上、逃れられぬカルマ……もとい運命なのかもしれないが、ここにまで関わってくるとなると、流石に部長を問い詰めたくなってくる。



 俺の家に来たら、後で壁ドンでもしながら聞いてみるか。



 どうやら彼女は譲るつもりなど更々無いらしく、その意思が確かなものであると双眸が俺に示していた。記憶喪失の人間に俺が出来る事はもう無いので、何らかの事情を抱えている彼女とは違い、俺には強情を張る理由が無い。引き渡す事にした。


 俺も御影も奈々にすれば見知らぬ人なので、今更抵抗される事はない。


「じゃあそのお言葉に甘えさせてもらうよ。開始時刻はメッセージで伝えておくから。それまでに来てくれ」


「一つ、聞いても良い」


「何だ?」


「コスプレとか……してもいいの」


 まさか彼女からその言葉が出るとは思わなかった。てっきりそういう俗な文化には興味がないものだと思っていたが、人並みに興味があると分かって、俺は何故か安心した。オカルト部というだけで変人と決めつけるのは、どうやら悪手らしい。


「コスプレってあれだろ。ハロウィンだから……かぼちゃとかに扮装するって事だろ?」


「チョイス。それだと着ぐるみになる」


「別にいいぞ、俺は。そっちの方がパーティー感あっていいし」


 あーしまった。そう言えば忘れていた。碧花達にもコスプレオッケーと言うのを。パーティーとは言っておいたから普段着で来るとも考えにく―――いや、それがあり得ないか。俺達が開催するのは舞踏会の様な煌びやかなものではないのだから。


 完全に失念していた。碧花はこの手のイベントにおける扮装には意外と乗り気だから、是非とも見ておきたかったのに。俺は携帯を使って時計を見遣る。



 開始時刻まではまだ猶予がある。



 それからの行動は早かった。俺は萌に部長に碧花。三人に対して瞬く間に『コスプレオッケーだから。してきてもいいから。してこなくてもいいけどしてきてもいいから』と送り、携帯を閉じた。


「そう」


 御影は奈々の手を引きながら、俺から遠ざかる様に歩いて行った。




「楽しみにしてて」








「えッ」


 去り際に放った彼女の発言を理解する頃には、もう二人の姿は見えなかった。

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