欠落

「負け~てさよならハラキリモンメ! 勝っておさらばハラキリモンメ!」



 ハラキリダンチと言う名の廃墟で、唐突に那峰先輩が唄いだしたもんだから俺は激しく動揺した。



「那峰先輩……その物騒な唄なんですか?」


「ハラキリモンメだけど」


「花いちもんめでしょ! 思いっきり替え歌じゃないですか!」


「あら、鋭いのね。でも私のオリジナルって訳じゃないわよ。ハラキリダンチとは別の話だから、気にしないで?」


「……いやいや。気になるでしょ。何ですかそれ。花いちもんめみたいに子供の遊びですか?」


 子供がハラキリとか笑顔で喋っている様子を想像したら、吐き気を催してきた。どんな世紀末に生きてきた子供だ。


「ええ。『鼻逆爺』っていうおじいさんがやる遊びと言われているわ。鼻が逆様にくっついてるおじいさんでね―――」


「いや、自分から聞いといて申し訳ないですけどもういいです。何か嫌な気がしてきましたよ僕」


 那峰先輩は、部長連盟と比較したら余程の常識人で、美人で、ついでに優しいが、やはりこういう点がマイナスだ。それさえなければ理想の先輩なのに……でも、こういう話を語っている時の那峰先輩は目が輝いているので、余程の事が無い限り止める気はない。


 好きな事をする人間を見るのが好きなのだ、俺は。


「……あの、変な事聞いても良いですか?」


「何?」


「那峰先輩が居た頃のオカルト部って、有条長船と九穏猶斗と西園寺部長が居たんですよね?」


「ええ」


「その……何と言いますか。先輩って紅一点じゃないですか。で、一緒に過ごしてきたじゃないですか。やっぱり……好きな人って出来ましたか?」


「好きな……ああ。恋愛感情を持ったかって事? 無い無い。私もそうだけれど、それよりもオカルトに興味があったから。異性間で下心無しの関係はあり得ないって言われてるけど、私は否定したいわね。現に私達がそうだったんだから」


 因みに俺は無理だと思う。ぶっちゃけると、萌も碧花も由利もエロい目で見ている。その感情を完璧に抑えるなんて不可能だ。だって美人だから仕方ない。どうして彼氏が居ないのか不思議なくらい……とは言えないか。


 一人は高嶺の花過ぎる、二人は一般的偏見から見ればヤバい部活に所属している。これだけで理由は十分だ。


「でも……そうね。西園寺部長は尊敬していたわよ。部員全員そうだったと思うけどね」


「どういう事ですか?」


「西園寺部長、人の悩みを見抜くのが得意でね。個人面談と称して、私達全員と真正面から向き合ってくれたの。それでね、部長は何て言ってくれたと思う?」


「何て?」




『君の悩みはとても根深いものだ。究極的に言えば、それを解決出来るのは君自身しか居ない。だが、十分の一でも俺は君を理解出来たらと思う。だから―――いや、説教説得はガラじゃ無いな! 辛い事でも楽しい事でも俺を揶揄うのでも何でもいい! どんな手段でも、どんな時間帯でも、話したくなったら電話でも直接でも話しに来るといい。俺は何時間でも付き合うからさ。あはははは!』




 ……俺は数回しか会った事が無いから、西園寺部長の人となりは知らない。いや、知らなかった。まさかそこまでの良い人だったとは、俺も言葉を失いかける勢いだ。


「そ、それで?」


「勿論お言葉に甘えて掛けたわ。あの時は人間不信だったから、どうにかして嘘という事にしてやろうって意地を張ったのかしら。深夜、早朝、修学旅行中、授業中。ありとあらゆる時に掛けたの」


「……那峰先輩って意外にガチですね」


「褒めてくれて有難う。でも結局私が部長を負かす事は出来なかったわ。有言実行もあそこまで行くと難行よ―――だから首藤君も、部長みたいに有言実行出来る様な素敵な男性になって頂戴?」


「は、はい!」


 そこで会話がストップし、俺達はハラキリダンチへと目を向ける。微妙に黄金期オカルト部の話が聞きたい気持ちはあるが、それはまた後でゆっくりと。今は天奈の発見が最優先だ。


 幸い、鍵が掛かっていて入れないとか、瓦礫が邪魔で進めないとか、そういう事は無いので、探索自体は普通に進んだ。


「うーん。どの部屋にも居ませんね」


「まだ三割も調べてないわよ。大丈夫?」


「大丈夫です。僕の妹はきっと僕よりも酷い気分だろうから……そう思うと頑張れます。可愛い妹の為なら無限に頑張れるのが兄貴って生物なんです!」


「妹さん、幸せね」


「出来る事なら今よりも幸せになってもらいたいですよ。いつまでも僕の所になんか……居ないでね」


 那峰先輩は知らない。俺が一人かくれんぼによって作り出された化け物である事を。人間のガワを被っているだけで、実質的に人間じゃない事を。正直、碧花からの自白を受けても信じ切れてはいないのが現状だが、彼女が命を懸けて俺に明かしてくれたのだから、疑う余地もない。俺は死んでいるのだ。


 腹は減るし。 


 夜は眠いし。


 運動したら疲れるし。


 年も取っているのに。



 俺は死んでいる。



 遥か昔から俺は、最愛の妹を孤独の身にしてしまっていたのだ。


「んー……この部屋も、何も無しか。仮面には、これ以外書いてませんでしたよね?」


「ええ」


「困ったな。憶測と手掛かりがそれしかないって事でここに来たまでは良いとしても、ちょっと迂闊だったかもしれませんね」


「でも無意味な物なら不自然に落ちてはいないと思うわよ」


「ですよねー。うーん……せめてもう少し手掛かりがあれば」


 あの文字を入れ替えれば真実のメッセージが出るかもとも考えたが、そんな推理漫画みたいな都合の良い話は無い。優に五〇を上回る部屋を虱潰しに探すくらいしか、いよいよ方法が無いかと諦めかけた瞬間―――



 バリンッ!



「……ッ!」


「……上ね」


 硝子の割れた音が丁度頭上から聞こえた。一階上の部屋が音源であろう。直ぐにでも向かいたいが、ちょっと待って欲しい。窓ガラスを開けて眼下に見ると―――


「…………あれ?」


 何もない。ガラス片だけが散らばっている。


 推理の際には、このガラス片が外側に飛び散っているか内側に飛び散っているかで、犯人が入り口として窓を使ったのか、それとも出口として窓を使ったのかを判別するが、誰も居ない。


 ベランダを超えて一階までガラス片が飛び散っている時点で、何かが凄まじい勢いで飛び出していったのは間違いないが、何も見当たらない。


 結論を纏めると単にガラスがぶち破られただけに収束するが、あまりにも無意味だ。行動にはどういう基準であれ道理が伴っていないといけない。ガラスを破るだけなんて道理の付けようがない。むしゃくしゃしていたなら、他の部屋でも出来た筈だ。失礼な話だが、普通に人が居る家でも出来た筈だ。


 何故俺達の頭上でわざわざ?


 総合すると、ガラスを破っただけ、なんてのはあり得ない。何かが飛び出してきたか、飛ばされたかしたと結論付けた方が、よっぽど合理的だ。


 ただしこれも合理的なだけで、現実には何も無いので即しているとは言い難い。


「これは……上を見に行った方が良いんじゃないのかしら」


「そうですね。見に行きましょうか」


 硝子を破った張本人が部屋に残っている可能性も無いとは言い切れない為、俺は那峰先輩を背に、音を立てない様にそろりそろりと階段を上った。件の部屋の扉は当然開いており、扉の前で気配を確かめるが、バトル漫画のキャラじゃあるまいし、俺にそんな技能は無かった。


 諦めて普通に入室すると、廃墟に似つかわしく、部屋中の物が汚れた状態で散乱していた。砂だらけのシーツや腐食したペンに割れた金魚鉢に曲がりまくった週刊雑誌に、極めつけは黄ばみだらけの日記帳。汚れは無限に見つかりそうだが、誰かが隠れている様子は無さそうだ。


 隠れ場所としてはポピュラーな押入れの中は、蜘蛛の巣が張り巡らされているから人の有無は一目瞭然だった。


「……那峰先輩。そっちは何か見つかりましたか?」


「首藤君はー?」


「僕は何も」


「私は見つけたわよ」


 那峰先輩は俺の近くまで接近すると、忌々しいものでも見る様な目付きで、それを俺に見せつけた。


「これ…………本物かしら」





 見つかったのは、またも切断面から流血の無い指だった。



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