指痕を辿り


「……またですか」

 精神に著しいダメージを受けたのは言うまでもないが、那峰先輩の手前、抑える。それよりも今は妹の手掛かりだ。果たしてこの指が手掛かりなのかどうかは不明だが……指なんてその辺の石ころみたいに転がっているものではない。無関係では無いだろう。

「またって?」

「さっきも見つけたんですよ。廃工場で」

「同じ指?」

「指の鑑定人じゃないんで何とも言えないんですけど…………」

 共通の特徴としては切断面の流血無し。腐敗無しくらいか。指の皺なんかは覚えていないし、現物は碧花が持っているので比べようがない。

「廃工場とハラキリダンチに関係があるとは思えないんですよね。強いて共通点を出すなら、俺が向かった先という事くらいですか。これからも俺が向かった先に指があったら、狙って誰かが置き去りにしてると考えても良いでしょう」

 何の目的があって指を置き去りにしていっているか分からないが、一つだけ確かに言えるのは、同じ指ではない、という事だ。この『同じ』というのは、持ち主の事ではない。指の種類の事である。親指、人差し指、中指、薬指、小指。工場で見つかったものは人差し指だったと思うが、これは薬指だ。

「……指、かあ」

「那峰先輩。何か心当たりがあるんですか?」

「…………まあ、無くはないわよ。無くはないけど……」

「けど?」

「………………もう、居ない筈なの」

「居ないって……何がですか?」



「……この地域だけの怪談だけれど。首藤君、『ユキリノメ』って知ってる?」



「いえ全く。僕の知ってるオカルト話って他の地域にもある様なめっちゃ有名な話だけですよ。花子さんとか太郎さんとかジェット婆とか。その辺」

 ユキリノメと音で言われたから、とかではなく。本当に分からない。

 ユキリ? 

 湯切りの事を言ってるのだろうか。麺チックなオカルト話なんてちっとも怖くなさそうだ。

「ユキリノメは口承によって広まった怪談……というより、正確には怪物ね。存在としてはオミカドサマに近いかしら。下半身が百足で上半身が指と目の無い男と言われていてね、一度目を付けられた者は毎日体にムカデがはい回る感触を覚えるらしいの」

「うわ……」

「それでそのムカデに噛みつかれた場所は、近い内に何らかの原因で切断される。でもこの指がそうだとは思えないわね」

「どうしてですか?」

「切断された指はユキリノメに食われちゃうらしいから。それにさっきも言った通り、もういない筈よ。クオン君がちゃんと対処した筈だから」

 少し前の俺なら驚いて言葉も出なかっただろうが、どんな怪異にも対処法はある。どんな怪談にも解決先がある。ムラサキカガミなら白い水晶を覚えているとか、口裂け女ならポマードとか、カシマさんなら質問に対応した答え。

 クオン部長はそれをしたに過ぎない。する勇気は、勿論凄いと思うが。

「…………そう、ですか」

 ユキリノメは忘れた方がいいだろう。本当に関係なさそうだ。どういう方向であれ進展して欲しかった気持ちはあったが、それと同じくらい俺は安心していた。俺自身が霊を呼び寄せる状態という事で、またヤバいものを引き寄せたのではと不安だったのだ。

 怪異の仕業でなくて、本当に良かった。

「那峰先輩。その指、僕が預かっても良いですか?」

「いいけど、大丈夫? 触った限りだと、本物の指よ?」

「大丈夫です。多分」

 マジでぶった切れた指じゃないだけマシだ。切断面から一切流血がしていないせいで、作り物だと思い込む事に成功している。感触は指そのものだったが、最近の技術は凄いなあと思い込む事でダメージは軽減されている。

 まだ、発狂する程ではない。

「……どうしましょう。追おうにも手掛かりがもう無いんですよね」

「私の他にも協力者は居るんでしょ? 聞きに行けば良いんじゃないかしら」

「……そう、ですね。そうします。那峰先輩はどうするんですか?」

「とことん付き合うつもりだから、心配しないでもまた探すだけよ。でも次からは集合って訳にもいかないだろうから、連絡先教えてくれないかしら」

「……も、勿論喜んで!」

 俺は直ぐに携帯を取り出し、電話番号を見せる。本当はメッセージアプリのIDの交換をしたかったが、先輩はそのアプリ自体やっていないらしいから仕方ない。

「覚えたわ。何か分かったら連絡するわね」

「はい! よろしくお願いします!」

 クオン部長も西園寺部長も居ない今、唯一頼れるのは那峰先輩だけだ。同じオカルト部に萌と由利がいるものの、萌はそこはかとないポンコツ臭がするから頼れるかと言われると首を傾げるし、由利は頼れる状態には無い。

 もしもよく分からん奴が関わっていると分かったら、真っ先に那峰先輩を頼ろう。きっと導いてくれる筈だ。















 真っ先に萌に電話を掛けたが、やはり出ない。幾ら夢中で探しているからって、ここまで反応しないのは何かあったと考えるのが自然だ。

 なので取り敢えず、由利に電話を掛けた。

「……もしもし、由利かッ?」

「うん。こちら御影由利。どうかしたの」

「萌、何処かで見かけたか?」

「ううん。私も何度か電話かけてみたんだけど、誰も出ない。ちょっと、心配」

「実は萌がしてた狐面をさ、公園で見つけたんだ。裏側に目的地らしき場所が書かれてたけど、誰も何も無かった」

「場所って?」

「俺は良く知らないんだけど。ハラキリダンチって呼ばれてるらしいな―――」



「ええッ!」



 思わず耳を遠ざける。それくらい由利の声は唐突で煩かった。

「な、何だよ!」

「……有難う首藤君」

「は? は? は? ぜんっぜん分からん。もっと繋がりのある言葉をだな」

「丁度良い機会。この一件に怪異が関わっているか否か、調べられる」

「繋がりねえよ。全然分からねえ。ぶつ切りで結論渡すな」

「首藤君は妹を探してあげて。もしも怪異が関わっていたら……私達の領分だから」

 由利の声が一気に険しくなる。その声音の変化は、こちらに命の危険の可能性を悟らせるには十分すぎた。俺は口の中で溜まった唾をのみ込み、口頭で頷く。

「……分かった。無理はするなよ」

「うん。関わっていなかったら、また電話する」

「おう」

 関わっていない事を祈りながら、俺は電話を切った。そちらの方面は専門家に任せるとして、俺は現実的な方向から妹ないしは萌を探すとしよう。


 ―――碧花の方に電話は……いいか。


 進展があればあちら側から電話を掛けてくるだろう。彼女はそういう人間だ。俺は良く分かっている。しかしやる事もないので、やはり思い直して電話を掛ける事にした。

 トゥルルルルル。

 トゥルルルルル。

 トゥルルルルル。



 ………………。



「えッ?」

 思わず声が出てしまう。馬鹿な。碧花にしては遅すぎる。

 もう一度掛けてみるが、今度も出ない。三度掛け直すが、これも出ない。何度電話を掛けても、碧花が出てくれない。

「…………笑えねえぞ」

 遂に『首狩り族』が碧花をもターゲットにしたと言うのか。不自然に落ちている指よりもずっと俺は動揺していた。もしかしたらもう二度と会えないのかもしれない予感があった。何故なら、碧花の居場所を突き止める手掛かりなど持ち合わせていないから。萌と同じだ。


 ―――俺は信じないぞッ。


 やはり掛け直す。出ない。今まで碧花が無事だった事もあって、すっかり油断していた。彼女だけは俺の隣から居なくなる筈はないと思っていた。いや、こうして電話に出ない現状を考慮しても、まだ、そう信じている。

 トゥルルルルル。

 トゥルルルルル。

 トゥルルルルル。



 …………………。  


 











「アハッ♪ どうもこんにちは『首狩り族』さんッ! 私とのツーショットは役に立ちましたか?」  

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