邪魔者は本当にいない
考えに考えた結果、久しぶりに妹とゲームをして遊ぶ事にした、丁度萌と由利も居るし、パーティーゲームが盛り上がるだろう。由利はゲームが苦手との理由で棄権しようとしたが、俺が無理やり座らせた。こういうのは苦手とか得意とかそういう問題じゃない。一緒にやる事が大切なのだ。
「こうして遊ぶのも凄く久しぶりな気がするな」
仲が悪い時期もあったから、これは気のせいではない。妹と一緒にゲームをやっているだけなのに、涙が出てきそうだ。
「ねえお兄ちゃん。そう言えば聞き忘れちゃったんだけどさ。今日はともかく、この前は何でテンションが高かったの?」
「この前ってごめん。いつの話だよ」
「ほら、『なんで勝ったか分からないけどよっしゃあああああー!』って叫びながら入ってきたじゃん」
「……ああ、あれか」
テンションが高い時は時々あるし、この前と言われても範囲が広すぎて分からなかったが、それで絞れた。多分それは、俺とマギャク部長のツーショット対決の事だろう。俺がクリスマス会を何の思い残しも無ければ不安に思う事も無かったのは、この勝負が無事に決着したからでもある。
写真?
勿論、ノアと碧花とあのヤバい子だけだ。あれ以上増えてもいないし減ってもいない。その状態で俺は、あんなに自信満々だったマギャク部長を打ち倒し、碧花との交際の約束をぶっ壊してやったのだ。
勝算を見出そうにも、映同相手に合成写真が通用するとも思わなかったし(そもそも合成とか出来ないけど)、あのヤバい女の子につけ回されたくなかったから、外にも出歩けなかった。
だから勝算なんて万に一つも無いと思っていたが、まさか勝ってしまうなんて。しかも碧花が助けてくれた訳でも、オカルト部達がどうにか頑張った訳でもない。超絶的不運を持つ俺が、まさかの幸運で勝ってしまったのである。
時を遡る事、数日前―――
「ば、馬鹿な…………」
勝つつもりなど全く無かったと言うと語弊が生じるが、写真三枚程度で勝てる訳が無いと思っていた。
だから、まさかマギャク部長が一枚も写真を持ってこないなんて思わなかったのである。
「馬鹿なああああああああああ! な、何故、どうしてッ! 」
「いや、一枚も持ってこなかったらそりゃ負けると思うんですけど」
「ちがああああああああああう! 写真が無くなったんだ! 三〇枚以上も撮ったのに! このカメラで間違いなく撮ったのに!」
「え、マジですか?」
「ああそうだ! それさえあれば君の三枚程度、余裕で超えていたんだ。だからこの勝負は、実質俺の勝ち―――」
「それはあり得ない」
明らかに勝てる筈だったマギャク部長と、明らかに負ける筈だった俺こと首藤狩也。二人の運命は逆転し、勝利の女神は俺の側へと微笑んだ。いや、或は死神なのかもしれないが。
実質勝ちの宣言は、負ける気一〇〇パーセントの俺からすればごもっともな宣言であり、碧花が口を挟まなければ、俺はその言葉を受け入れていたかもしれない。彼の言う様に、本来負けていたのは俺なのだ。
あんな体たらくで勝てる道理など無かったのだ……それこそ、本来は。
「あ、碧花……」
好きな人にそう言われては、男は黙るしかない。そんな男の弱みを容赦なく突く形で、碧花が続ける。
「実質勝ちだろうと何だろうと、ここに写真を持ってこなかったのなら、それは撮っていない事になる。口だけなら何とでも言えるし、私は口だけの男が大嫌いだ。だから末逆部長、貴方の負けです」
「ぐ…………!」
「退学してください」
「は、退学?」
首を傾げたが、そう言えばそんなペナルティが用意されていた事を思い出した。一度思ったかもしれないが幾ら何でも重すぎやしないか。
しかし重すぎるも軽すぎるも、この条件でマギャク部長は承諾したので、俺に口出しをする権利はない。全てにおいて自業自得なのである。
「ま、待ってくれ! た、退学は勘弁してくれないか? じ、実は就職がもう決まってて……ここで退学する訳にはいかないんだ!」
「貴方の事情など知った事ではありませんよ。大体、この条件には貴方がオーケーした。違いますか? ……絶対勝てると思っていたから。どんな厳しい条件をつけられても、負ける筈なんて無いと思っていたから。ですよね」
「う…………ぐ」
心を覗く事は俺には出来ないが、どうやら反応から察するに図星であるらしかった。碧花が近づくと、部長は一歩下がる。俺に言わせれば彼女は特別怒っている様には思えないのだが、何故か部長は気圧されていた。
「退学、してください。それが約束でしょう。契約は履行されるべきです」
「…………ッ」
「退学はしない、と?」
「あ、ああ。でもそれ以外なら何でもする! だからそれだけは……頼む!」
好きな相手とはいえ、仮にも後輩である碧花に土下座まで始めた所で、彼女はこちらに身を翻し、黙って俺の手を引っ張った。
「あ、お、おい。いいのか?」
「いいよ。あんなのを相手にするだけ時間の無駄だ。どうせ面子も立たないだろうから。二度と私に顔は見せまいよ。取り敢えず勝利おめでとう。祝杯でも挙げようか」
「いや、いいわ。今日は家に帰ってゆっくりしたい。もうすぐ、お前とのクリスマス会もあるしな」
「…………そう。じゃあ、家まで送るよ。凱旋だ」
「そんな格好良いもんじゃないと思うんだがな……」
「う、ううわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
視聴覚室から、何とも情けなく醜い泣き声が聞こえてくる。勘違いしないで欲しいが、貶したい訳じゃない。俺だって本気で泣けばこれぐらい情けなくなる。つまりそういう事だ。
「守れないなら約束なんてするべきじゃない。君も良く覚えておいた方がいいよ狩也君。守れない約束なんか交わしたら、それはいつかきっと大きな報いとなって君に襲い掛かるだろうから」
「ちょっとした勝負をやっててな。それに勝ったから、喜んでたんだ」
碧花でも無ければオカルト部でも無い。誰が手助けしてくれた訳でもなく、さりとて自分の実力で掴み取った勝利でも無いが、たとえ運でも自分一人で掴み取った事には変わりないから、嬉しかった。テンションが高かったのは、その辺りの心理が関係していると思われる。
他人事みたいに言っているが、実際数日前の『自分』は『他人』である。一日後の俺も二日後の俺も『俺』には違いないが、それは違う『俺』なのだ。この理屈がもし違うなら、俺は今すぐにでも三日前の心理に戻る事が出来るが、実際はどうだ。俺に限らず、出来やしないだろう。
「先輩。何のキャラが強いんですか?」
「パーティーゲームなのにキャラ性能にピンキリがあるのは問題だろ。強いも糞もねえよ。好きなキャラを選んでくれ。でも被れないから早い者勝ちな」
「……あ。首藤君。私、それ選ぼうと思ってたのに」
「ふん。パーティーゲームの世界は無常なのさ由利。さっきも言った通り早い者勝ちだ。ほしけりゃ 欲しけりゃ俺より先に選ぶこったな」
「…………久しぶりに怒ったかも」
一番重傷だった由利もすっかり元気になって(流石に包帯はまだ外せないが)、俺は嬉しい。結局最後まで病院に行こうとしないのはどうかと思うが、飽くまで本人の意思を尊重する方針なので、とやかく言うつもりはない。
でもやっぱり一度くらいは病院に行って欲しかったりする。
「なあ由利。後で俺と一緒に病院行かないか。やっぱり一回くらい見せた方が良いだろ? 俺は俺で用があるし、付き合ってくれよ」
「……このゲームで」
「ん?」
「このゲームで首藤君を叩きのめしたらね」
彼女の瞳には、純然たる殺意が宿っていた。その分厚く濃厚な殺意を前に、俺はとてもじゃないが「何マジになってんだよ」とも「本気になるなよ」とも茶化す事が出来ず、黙って定位置に戻るのだった。
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