犠牲の連鎖を断ち切る為に
狩也君、君は余程恥ずかしかったんだな。
一時的に中断されたスティックゲームは、余裕で俺の勝利に終わりそうだ。流石はウチの部員と言った所か、しかし彼の思惑を邪魔してしまったのは罪悪感がある。
「先輩、どうしちゃったんですかね」
「ま、気にするな。本人としても思う所があったんだろう」
こういう時に、萌は強い。決してアホではないのだが、こういう時に能天気になれるのは羨ましい限りだ。御影とキスした事で彼はゲームを中断する程に動揺したというのに。
「御影先輩、良かったですね! 先輩とキス出来てッ」
「…………全然、良くない」
「え~そうですか? 私は先輩とキス出来たら幸せですよッ!」
「どれくらい幸せなんだ?」
「凄く!」
高校生で、しかもメッセージで告白のやり取りをする事もあるこの時代にここまで素直な好意を示せるJKが何処に居るのだろうか。人はこれを後輩女子力と云うが(勝手に言ってるだけだが)、萌はカンスト勢と言える。狩也君が正にそうだが、このスタイルでこの幼子の様な性格だ。免疫の無い男子が彼女と絡むとイチコロである。
性質が悪いのは彼女本人にはその気が無い場合が多いという事だ。どうやら狩也君は例外的と見て良いが、俺も彼女に抱き付かれたりされた事はある。
まあ、その経験というのも、怪異のせいでバラバラに隔離された状態から合流を目指していたから、という経緯がある。首の落ちるイメージを見たりと散々だったので、抱き付かれるのも仕方ないだろう。どれだけ肝が据わっていようと、JKはJKなのだから。
とはいえ、彼とはまた場合が違うので、事実こそ認めるが、経験としてカウントする気は毛頭なかったりする。それに俺は彼女の事を異性として見ていない。純粋に後輩として可愛がっている。それは俺の性癖以前に、そんな資格が無い。彼女を間接的にぼっちにしたのは俺なのだから。
誤解の無い様に言っておくが、今の彼女はぼっちではない。俺が居るし、狩也君が居るし、御影が居る。だがそれ以前の環境―――母親との関係は最悪なまま、友達も居なかった状態を作ったのは他でもない俺が原因みたいなものだ。
彼女をオカルト部に誘ったのは、俺にとっては償いみたいなものである事を彼女は知らない。知ればきっと、俺の事を許さないだろう。
「しかし狩也君、遅いな」
「あ、そう言えばそうですね。先輩のお友達が見に行った筈ですけど…………」
「……水鏡、碧花」
「どうかしました?」
「いや、何でもない」
……まさかホームパーティーで裏側に回らなくてはいけなくなるとは。
特に何事も無いのが一番良い結果だが、この感じだとそれは無理そうだ。萌を守る為にも、そして狩也君を最終的に救ってやる為にも。その為には、まず状況を整理しなければならない。状況とはつまり、俺から見える全ての情報の事だ。
現在一階に居るのは、首藤天奈、那須川幸慈、日々木香撫、西辺萌、そして俺こと***。二階には水鏡碧花、首藤狩也。二階の人物は除くとして、残りの人物で起こりそうなトラブルは三つ程度に絞られる。
次にスティックゲームの結果だが、それは恐らく俺達の勝利だ。残った人物的にまず間違いない。狩也君はあの様だし、残った天奈と那須川では俺達を超えられないだろう。俺の予想では、トラブルの原因となるのはあの二人に違いない。那須川と呼ばれるあの青年はキスをしたがっていた。というより、首藤天奈に完全に惚れていると見た。
狩也君の妹には悪いが、キスされてもらう事にしよう。
こうでもしないと、狩也君の背後に居る真の『首狩り族』が姿を現してくれないだろう。実を言えば見当はついているのだが、確信が無い以上は問い詰める事も出来ない。一度は協力したが、昨日の友は今日の敵。萌に危険をもたらすなら、排除しなければならない。
「萌。御影。二階を見に行くぞ」
「え?」
「何で」
「二人が心配だろ。もしかしたら賞品について揉めているのかもしれない。お前達、さっき気になっていると言ったじゃないか」
「いや、気になりましたけど。別にわざわざ確認する程気になってるなんて……御影先輩はどうですか?」
「…………どうと言われても」
「それに気になるなら部長が見に行けばいいじゃないですか! 私達必要ないですよね?」
「ほう……部長に反抗するとは偉くなったな萌部員」
「権力には従いませんッ」
「そう言う奴は大体屈服するから要注意だ。それはともかく、お前達が行く必要はあるぞ」
「え?」
「今なら狩也君の目が無い。スティックゲームの賞品がどんな素晴らしい物なのか、見たくはないか?」
興味を煽る事で必要性がある様に見せかけてみたが、これで乗ってくれないと力ずくでこの二人を一階から排除する必要がある。少なくとも、廊下には引っ張り出さなければならない。そうでもしないとあの那須川という犯罪者予備軍は行動してくれないだろう。陰キャラ程、人の目を気にしてしまうものだ。
「部長は、どんな物だと思いますか?」
「賞品の事か? まあ、早々手に入るモノじゃないだろうな。ほら、やっぱり気になるんじゃないか。なら見に行くぞ」
「……それだと、隠した意味が無くなると思います」
「何だ、ゲームは公平にやりたいとでもいうのか。そんなお前等に良い事を教えてやる。これから先生きるのに必要な言葉だからメモ取ってよく覚えておけ。『バレなきゃ犯罪つみじゃない』」
それこそこの世界を表す絶対の真理。嘘でも隠蔽でも何でもいい。バレさえしなければ、それは何もしていないに等しい。俺もやっているし、狩也君を隠れ蓑にしている奴もそうしている。政治家もやっているし、スポーツ選手もやっているし、隣人だってやっているし、家族だってやっているかもしれない。罪は必ず罰せられるのではなく罰せられるから罪なのだ。腐った考え方なのは間違いないが、これが蔓延っているのも事実。
腐った大人みたいな発言をした俺を、部員は軽蔑の瞳で見据えた。
「部長、最低です」
「…………クズ」
「散々な言われ様だが、そこまで言われる事か。単に賞品を見に行くだけの事で」
否定しない辺り、自己分析が出来ていると思う。
「ほら行くぞ。部長命令だ。ついて来い」
「はーいッ」
「…………何か、企んでますか」
「こんな家で企む事なんてたかが知れてるだろ。ほら行くぞ」
何度も手招きをしたら、ようやく二人はその気になってくれた。萌の方はなんだかんだ興味はあった様で、いざ行動に移すとなると、割と乗り気だった。御影は気だるげだが、一人が乗り気になってくれたので連れ出せるだろう。
―――さあ、準備は整えてやった。
彼の妹には申し訳ないが、キスされてくれ。
脇目もふらず碧花と一階に向かうと、案の定、トラブルが起きていた。オカルト組が全員居なくなっているのも不思議だが、今はそれ処じゃない。
「天奈ッ!」
何がどうしてこうなったのか。俺には分からなかった。香撫に両腕を封じられた天奈は、あの苔むした彼にキスを迫られていた。碧花は所謂『襲い受け』という奴だったが、これは単に襲っているだけ、悪ノリが高じてそうなったのだろうが、天奈が本気で嫌がっている様に見える。止めなければ。
「おい、やめろよ!」
俺は彼に駆け寄ってその肩に手を掛けるが、全力で引いても彼の身体は少しも動かなかった。それでも諦める訳にはいかないので、俺は彼と天奈の間に割り込んで、どうにか止めようとする。
「お兄……ちゃんッ」
「邪魔するな! 天奈とキスするんだ!」
半身は入ったが、それ以上は彼が押し返してくるので上手くいかない。ここで引けばキスを容認する事になるので、俺も引けなかった。
陰キャなら軽く声を掛ければ止められると思ったのだが、どうやら衝動に身を任せている様で、彼を止めるには力ずくな手段を用いなければならなそうだ。人目を気にする陰キャが一度暴走するとこうなるのか。力も俺より強い。このままでは押し返される!
「日々木ちゃんッ!」
そこで俺は、少し方法を変える事にした。天奈の両腕を拘束している彼女を説得すれば、自ずと彼から離れるだろうと思ったのだ。もっと早くに思いつくべきだったかもしれないが、半身を差し込めた事で余裕が生まれた今とは違い、直後は余裕が無かった。今更遅い。
「天奈を離してやってくれッ、嫌がってる!」
返事を待たずに言っているのは、暴走した陰キャラこそ幸慈の方を抑え込むのに必死だからである。言葉だけでやり取りするしかない。真反対の顔を見るなんて、この状況では不可能だ。
「…………ですから、邪魔しないでくださいッ」
「何ッ?」
「お兄さん、これスティックゲームの練習ですよ? ですから、邪魔しないでくださいッ」
彼女を常識人だと思っていた俺が馬鹿だった。そもそも本気で嫌がっている彼女を拘束している点から薄々勘付いていたが、どうやら彼女も―――彼の側に居るらしい。
「―――スティック何処だよ!」
「だ・か・ら。スティック無しで行う事で感覚を掴んでるんです! 邪魔するのはルール違反ですよッ?」
「どこが練習だよ! 天奈が嫌がってるじゃないかッ」
「嫌がってますけど! それは天奈ちゃんが純情だからですよッ。私達くらいになると皆処女くらい捨ててるのに、天奈ちゃんだけ捨ててないんです! だからせめてキスだけでも終わらせる為にって―――!」
「余計なお世話だ! さっさと離せよ!」
「お兄さんだって、妹が幸せになるならいいじゃないですかッ!」
「いいから離せって言ってるだろうが!」
俺が二階へ行っている間に何が起こったのかは知らない。
だから事情の把握は必要かもしれないが、その前に一先ずは事態を落ち着かせる事が重要だ。俺は渾身の力を振り絞って天奈を引き剥がし、二人から守る様に俺の背中を壁にした。
廊下の方から、クオン部長が覗いている事に気付いたのはこの時だった。
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