怪異の首を狩れれば良きか

 七不思議の始まりが『年彦君』だからって、最初から年彦君を呼び出そうとは思わない。取り敢えず、危険度の低い七不思議から調査をするべきだ。


「私は別に危険なものからでもいいんですけど」


「駄目だ。お前と年彦君に会いに行けば、必然的にお前も鏡に映る事になる。俺の知る限りで悪いが、年彦君は女性を見たら何もしない、なんて言われてないからな」


「確かにそうですけど。でも死ぬって訳じゃ―――」


「俺が『首狩り族』と呼ばれている所以は知ってるんだろ?」


 俺が首狩り族と呼ばれている理由。それは、関わった人間を等しく再起不能にしてしまうから。たとえ女性を見ても顔面の皮を剥がすと言われていなくとも、最悪の方向に考えるのは当然の事だ。今までそう考えずに生きてきた結果がこの異名。『首を狩られた様な目に遭う』なんて、首藤に掛かっていると言ったって縁起が悪すぎる。


「まずは安全な所から行こう」


「安全なのって、何でしょう」


「第零階か宣告階段だな」


 それぞれ碧花から聞いた限りで説明しよう。


 第零階とは文字通りのゼロ―――存在しない階の事である。その行き方については当該箇所と思われる場所に辿り着いてから述べるが、害が何かあったという話は無いので、恐らく危険性は低い。七不思議は飽くまで不思議だ。危険性があれば七不思議という訳じゃない。


 宣告階段とは文字通り宣告をする階段の事で、その宣告とは最早言うまでもあるまいが、死の宣告だ。された人間は二日以内に死ぬと言われており、過去にそれを馬鹿にして宣告を受けた人間が幾つも犠牲になったとか……


 勿論、これらは噂に過ぎない。だが今回はその噂が真実か否かを検証する為の企画であり、俺達は信じるも信じないも実際に体験しなければならない。その為に超絶的な不運を持つ男こと俺が連れられてきた訳だ。なので今回、俺が意識しなければならないのは、全員を……特に萌を守りながら、無事に全ての七不思議と遭遇する事だ。部長の真意は分からないが、女子を守る事に異議はない。俺だって男なのだ。碧花ならばまだしも、隣に居るのは後輩。俺が守らずして誰が守る。


 あの時みたいに消えられても困るので、俺は萌と手を繫ぎながら後者を回る。第零階段の方は、二階東のトイレが近くにある階段だったと聞いているので、迷う事はない。ここは俺が通っている学校だ。


「先輩。あの……一つ良いですか?」


「何だ?」


「藤浪君の事なんですけど……気にしてますか。ほら、さっきの舌打ち……」


「ああ、あれか。何で舌打ちされたのか分からないけどな。何でお前が気にしてるんだ?」


「だって、理由もわからずに嫌われるのって嫌じゃないですか。それに、先輩にはオカルト部に悪いイメージを持って欲しくないし、だから気にしてるかなーって」


「―――いや、別に気にしてはないよ」


 想像に反して、俺が思ったより意にも介していない事に驚きを隠せないのか、萌が目を丸くする。俺にしてみればなんて事のない返しだっただけに、そんな反応を受けた俺も驚愕した。


 俺にとって、悪いイメージとは必然的についてくるものだ。そうでもなければどうして『首狩り族』と呼ばれ続けているのか。だから人に嫌われるのも慣れているし、ああして露骨に舌打ちされるのは初めてだが、舌打ち自体を受けた事はある。


 特に理由も気にならない。俺は人に好かれる様な性格ではないのだ。むしろ好かれる様な奴が、『彼女が居ない』と嘆く筈がないのだ。


「―――仮に気にしていても、お前が気にする事じゃないよ。しかし、随分と気にかけてるんだな?」


「ああ。うん。えっとですね、藤浪君、ちょっとおかしいから……」


「一応友達だろうに、その言い方はどうなんだ?」


「悪口じゃないんですけど! その……たまに変なんですよ。私が先生に手伝いで呼ばれた時も付いてきて、何と言うか―――」


「ストーカー?」


「あ、それです。喋ってる分には良い人だから気のせいだと思うんですけど……」


 そういう時ほど、気のせいではない。決めつけるのは良くないが、萌の言い分を信じるならば彼が舌打ちをしてきたのも頷ける。


 自分に嫉妬するというのも、おかしな話だと思うが。何せ俺は、萌の事を特別異性として意識している訳ではないのだし。


 確たる証拠もないのに決めつけるのはいかがなものかと思ったので、俺は彼女の発言を肯定する形で精神を落ち着かせる。こんな時に『人間が一番怖い』オチをやってはいけない。何の為のオカルト部だ。そういう話は小説の中か、また別の何処かでやって欲しい。


「そうだな。お前の気のせいだと思うぞ。今は七不思議の方に集中しようぜ」


「そうですね! せっかく七不思議に遭えるかもってのに、こんな辛気臭かったら逃げちゃいますもんね!」


「―――いや。逃げないと思うけどな」


 良かった。多少元気になってくれたらしい。



 その後は会話も無く数分歩き続け、遂に俺達は宣告階段がある所まで辿り着いた。



 正確には、あるとされる場所に。  



「この後……どうするんだっけか」


 恐怖から内容をド忘れした俺に変わり、萌が階段の前に立った。一見すれば上の階と下の階を繫ぐだけの階段だが、誰も居ないという前提があると、不思議とこの階段には何か霊的な力があるのではないかという錯覚に陥ってしまう。


―――そう言えば、警備員が居ないな。


 校内を巡回するだけなら一回で済ます筈がない。定期巡回という形で何度か来る筈だが、しかし何故だろう。この学校全体から人の気配を感じない。単に俺の感覚が研ぎ澄まされていないだけかもしれないが、胸騒ぎにも似た不穏な感覚が脳裏を過った。見つからない様に入り口を作るのは、やろうと思えば出来る。が、七不思議を調査し終わるまでに警備員に遭遇しない可能性は……限りなく低い。


 最初から居ない、または居なくなりでもしない限りはあり得ない事だ。


「特定の順番で階段を上るんですよ。先輩、手伝って―――あ、ちょっと待って下さい。連絡が来ました」


 萌が携帯を取り出し、簡易交流アプリを開く。それとなく覗いてみると、オカルト部のグループらしく、萌ではない誰かがメッセージを送っている。


「誰からだ?」


「他の皆です。今は陽太君と藤浪君が『年彦君』、由利さんと我妻さんが『第零階』を調べてるそうです」


「危険じゃ無さそうな奴が潰れたな」


「いいじゃないですか。リスクなくしてリターンはあり得ませんよ!」


「投資かよ」


 しかもあれは俺達の考えているリスクとは厳密には違うのだが……まあいい。虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言うし、俺の不運が発動しない事を願いつつ、俺は宣告階段と向き合った。


「段数が十三なので……先輩。四、二、三、四、五、六、四の順番で足を掛けてから一気に登ってください。一段ずつちゃんと駆け上がってください」


「ああ、そうだったか。ていうかその段数、何の意味があるんだ?」


「さあ、分かりませんけど。ほらほら、やってくださいよ。終わったら一回写真を撮りますから」


 萌が階段を前面に後ろへ下がり、壁に凭れ掛かる。彼女がカメラを構えた所で、俺も指示通りに階段へ踏み出した。四段飛ばしなど現実的ではないが、始める際は四段からでいいらしいので、そうさせてもらう。


「四、二、三、四、五、六、四―――でいいんだよな?」


「はい。踊り場まで上っちゃってください」


 言われた通りに階段を上る。普段は行儀が悪かろうと負担の軽減のために二段飛ばしに昇っているので、一段ずつ上ると溜まる疲労は尋常ではない。膝を無意味に上下させているとは言わないまでも、やはり飛ばして上った方が楽である。


「はい、チーズ。カシャ」


「カシャ?」


「ちょっと待って下さいね…………あ、先輩! やりましたッ」


「何か写ったのか?」


「いいえ、その逆です。何も写らなかったんですよ。オーブも、幽霊も―――先輩も」


「は?」


 さらりと言われた一言が何よりも恐ろしく。恐怖は得てして不信感となりやすい。萌の言葉が信じられず、俺は確認の為にも慌てて階段を下りて行こうとする。


「あ、先輩駄目ですよ! 宣告階段の手順を踏んだ後に下りたら―――!」



 ギリギリで踏み留まる。そこから先は碧花から聞いていない。



「下りたら―――?」


「……宣告階段って、本来は手順を行った人に宣告されるんですけど。部長がまだ部長じゃ無かったころ、部員の人が下りちゃったらしくて…………そうしたら、他の人が死んじゃったんです。原因不明の心臓麻痺で」


 ゾッとしない話だった。他の人とは恐らく友達なのだろうが、その場合俺は碧花という事になる。つまり俺がここで階段を下りれば、碧花を殺してしまう事になるという訳だ。


「でも、いつまで経っても宣告なんか来ないぞ」


「……そういえばそうですね。何も聞こえてこないし」


「降りて良くね?」


「うーん。でも手順を踏んだ後ですからね。ちょっと部長に聞いてみますね」


「え? 居るのか?」


「全員分の既読が付いたので、部長も見てるんですよ。相変わらず何処に居るかは分かりませんけど」


 まさか夜の校舎でかくれんぼという事もあるまいし、既読が付いているのなら既に校舎を見回っているのかもしれない。俺達が遭遇していない所を見ると、上の階を調査しているのだろうか。下では萌が電話をかけている。


『萌を守ってくれ』


 結局、あれはどういう意味なのだろうか。こんな風に何も起きないんじゃ、守るも何も、する事が無い。


 一応、萌を視界から外す様な真似はしないが。その表情の曇り方から察するに、クオン部長は出てくれない様だ。


「うーん駄目ですね。繋がっては居るんですけど。先輩、一度他の人と合流しませんか? ここからだったら『年彦君』が近いから、藤浪君達も、多分部長に電話をかけてると思うんですよね」


「何でそう思うんだ?」


「だって、七不思議と遭遇して叫び声の一つも上げない人なんて居ませんし。ここまで静かって事は、第零階は手順がちょっとややこしいですからあれですけど、年彦君も出て来てないんじゃないんですかね」


 七不思議そのものが嘘っぱち、という可能性について言及するのは野暮か。オカルト部はそういう実在性の薄いものを実在すると信じる部活だ。合流の為にも俺はまたも階段を下りようとするが、それをするともし宣告階段の禁忌が本当だった場合、二日以内に俺は碧花の死体を見る事になる。


「なあ萌。一回上がってから別の階段で下りないか? そうすれば宣告階段の禁忌も破らないし」


「あ、それ名案ですね」


 萌がカメラを両手に持ちながら、パタパタと階段を駆け上がる。俺の隣まで彼女が来た瞬間、まだ生きている事を感じ取って、安堵した。


「行きましょうか」



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