不在の先導者

 俺は基本的に幽霊や怪異は居るというスタンスで生きている。そうでもなければ、俺は一人かくれんぼなんかやらなかった。

 ああ、俺の過去―――碧花と俺が知り合うきっかけの事である。俺は何も、好奇心から一人かくれんぼをやった訳ではない。俺は友達が欲しくて、一人かくれんぼを行ったのだ。

 友達作りに失敗した者が人気者になる方法。それは流行りに先んじて乗っているか、誰もやった事が無い様な事をして注目されるかだ。俺は流行りに疎いので後者の方法を選んだ。そしてその結果悪夢を見る事になり……しかし、碧花と出会えた。


『友達……? そうか、君は友達が欲しくて一人かくれんぼをやったんだね』


『…………だったら、私が君の友達になってあげるよ。まあ、無事にここを出られたらね』


 お互いの都合なども考えて、俺が友達欲しさに行った一人かくれんぼは無かった事にされたものの、あれが無ければ俺は碧花と友達になる事は無かった。きっと俺のクラスメイトや他の奴等、或いは告白して玉砕した奴の様に、彼女の美貌を遠くから眺めるだけだったのだろう。

「先輩」

「ん? どうかしたか?」

「いや、ボーとしてたので」

「ああ、いやすまん。考え事をしてた」

 夜の学校に居るというだけで、あの日の出来事が鮮明に蘇る。あれが俺の人生の転機だった気もする。一人かくれんぼの影響だろうが、あの日を境に俺は超絶的な不運を獲得してしまった。俺自身が滅茶苦茶な怖がりというのはあるが、それにしても学校は格別恐ろしい。今俺が正気を保てているのは、俺の中に萌を守らなければならないという使命感にも似た気持ちがあるからだ。でなければこんな七不思議として語り継がれる様な怪異が存在している学校になんか足を踏み入れない。

「大丈夫ですか? もしかして宣告階段上ってからずっと……」

「いや、大丈夫だ。心配せずとも俺は至って健康だとも。ただちょっと……息が詰まるだけだ」

 いつも歩いている学校なのに、今日は空気が重い。呼吸をする度に鉛を吸い込んでいる様な気分になっているので、俺の体調が悪い様に見えても無理はない。懐中電灯で試しに顎を照らしてみたが、俺の側からでは只眩しいだけだった。 三階へ移動した俺達は、反対側の棟に回って階段を下りる。ペアを組んでおきながらその相方を失うなど間抜けにも程があるので、俺達は変わらず手を繫いで行動している。出来れば、誰も失いたくない。

 一階に辿り着いて直ぐに角を曲がると、トイレ前で待機する陽太と藤浪の姿があった。

「二人共!」

 萌が駆け寄っていく。二人は……特に藤浪は表情を明るくして、立ち上がった。

「萌! 大丈夫だったかっ? アイツに変な事されてないか?」

「え、え、え……うん。されてないけど」

 正解だ。俺は何もしていないし、そもそも何も起こらなかった。にも拘らず藤浪はやはり俺を睨み、それから興味を失ったように萌の方を向いた。

 ……もう、何でもいいんだな。

 俺が危険を感じるべきは七不思議ではなく、彼なのかもしれない。ここまで敵視されると、俺は彼の両親を殺してしまったのかもしれない。だとするならば既に俺は檻の中に居る訳だが、当然俺は殺しなんてしていない。

「何かされたら僕に言うんだぞ? 分かったなっ!」

 鬼気迫る迫力の藤浪に、萌は吐露してくれた感情通り、かなり押され気味になりながらも、何とか彼の威迫に堪えていた。とても状況を尋ねられる様な状態では無かったので、彼女の疑問は、もう一人の相方に向けられた。

「わ、分かった。所で陽太君、年彦君は出たの?」

「いや、出なかった。困っちゃうよね。年彦君は特定の手順を踏んで呼び出すタイプの七不思議じゃないから、出て来てくれないともうどうしようもないんだけど」

「他のトイレは調べたのか?」

「まだですよ。今、他のトイレも見て回ろうかと藤浪と話してた所です。そういう先輩達は? 確か、宣告階段を調査しに行ったんですよね?」

 俺達が揃って首を振ると、陽太は露骨に肩を落とした。

「はあ~『首狩り族』が居ても何も起きないのかあ。俺一つ提案があるんですけど、今日は帰った方が良いんじゃないんですか?」

「へ? 何言ってるの? まだ部長とか先輩方も調べてるんだよッ?」

「そうは言うけどさあ、萌。宣告階段も駄目だったんでしょ? だったら今日はもう無理なんだよ。第零階もきっと無理だって」

「まだ分からないでしょ? 我妻さん達からの報告があるまで私は帰らないから。止めないけど、帰るなら、せめて部長に一言言ってから帰ってよ?」

「はーい。っていうか皆さん、部長の姿見ましたか?」

 俺達は互いに顔を見合わせて、首を振る。この時ばかりは藤浪も俺に合わせた。

「おかしな話もありますよね。既読は付くのに姿が見えないなんて……ひょっとして。部長って既に幽―――」

 誰も顔を見た事が無いという点からもあり得ない話ではなかったが、萌が真っ先にそれを遮った。

「ストップ! 確かに私もそれは思ったけど。だったら部長が物に触れる訳ないでしょ。姿が見えないからって不吉な事言わない言わない! それに、私達が探索してない上の階を歩いてるのかもしれないし」

「連絡がないのはどうやって説明するの?」

「それは……オカルト部の部長なんかやるくらいだし、調査に夢中で気付かないだけとか。画面を開きっぱにしてたら、本人が見てなくても既読になるし」

 とてもオカルト部の部員が言えない様な言葉だ。部長『なんか』とは何て言い方の悪い。そういうのは普通、部外者である俺の発言では無いだろうか。


 ピンポン、パンポン。


「二年ぅぅぅぅぅぅのぅ、すどぅぅぅぅぅかりやぁぁぁぁぁぁ! 今すぐ、職員室に来るようにいいいいいいい!」


 パンポン、ピンポン。


 放送が終わり、俺と萌は顔を見合わせた。お互い、放送に関わる怪談は知らない様だ。

「どうしますか?」

「どうするも何も、行くしかないだろ。俺だけ呼ばれているから、萌もここで待っててくれ」

「え、でも……」

「大丈夫だ。七不思議に関わる場所は避けて行くから。それじゃあ―――」

「あ、先輩。ちょっと待って下さい!」

 放送通り直ぐにでも向かおうとする俺の前に萌が立ちはだかる。彼女は首から提げていたカメラを取り外すと、突然俺に手渡してきた。

「……撮って来いってか?」

「はい。お願いします!」

 俺はカメラなど携帯に内蔵されているものしか使った事が無いのだが……まず何処でシャッターを切るのだ。暫く全体を見回してみたが、全く分からなかったので、取り敢えず首から提げる。

「行ってくるわ」

「無事を祈ってます」

「縁起でもない事いうなよ」

 俺はポケットに両手を突っ込みながら、足早に職員室へと歩き出した。   










 教室などはともかく、職員室は閉じていると思っていたのだが、扉は開いている。当然そういう時間帯を選んだから中には誰も居ないんだが、癖でつい『失礼します』と言ってしまう。

 職員室には教員の物と思わしき机が幾つも並んでおり、今日は誰も残っていないからか机の上はスッキリしている。何も無いのに、どうしてここに呼ばれたのだろうか。というか今気づいたが、放送室に行けば良かったのではないか? そうすれば誰が放送したのかハッキリしただろうに。幽霊だったらそれはそれで良いし、もしも姿の見えない部長であれば……一発ぶん殴る。

 今から行くにしても放送室は屋上を除けば最上階にある。面倒だし、来てしまったものは仕方ないので、俺はカメラをどうにかして起動させ、職員室の中心へ。それから小刻みに回転し、周囲の風景を撮影する。

 何も写らないのが何よりだが、それはそれで恐ろしい。今の俺は一人ぼっちだ。ふと自分の足に目をやると、これ以上ないくらい分かりやすく震えていた。失禁は人間としてのプライドがどうにか抑止してくれているが、してもいいと言われれば多分する。

「クオン部長…………?」

 居ない。居る筈もない。職員室に隠れる場所なんて無い。掃除用具入れはあるが、あそこに入っていれば何かしらの音が聞こえるだろう。ここまで沈黙が満ち満ちているのだ。さして感覚の鋭くない俺でも流石に分かる。

 何かあっても怖かったが、何もない事にも恐怖を感じている俺は次第にここが恐ろしくなって、一分一秒でも早くここを出たい衝動に突き動かされた。というかもう出た。放送では来いと言われただけで、滞在しろとは言われていない。俺は何も破っていない。

 だが、なりふり構わず逃げたという訳ではない。俺は放送室までの階段を三段飛ばしで駆け上がり、全速力で最上階へ。放送室の扉を力強く開けて懐中電灯で中を照らした。




 誰も居ない。




 既に逃げられたか、それとも幽霊だったのか。マイクに近づいて照らすも、そもそも電源が入っていない。ではあの放送は何だったのだろうか。

 俺は身を翻し放送室を出た―――直後。



「うわああああああああああああああああああああああ!」




 一階から断末魔の叫び声が上ってきた。力の限り放たれたその声は、確証はない物の陽太の声だ。一年生達は『年彦君』が出ると噂のトイレ前で集っていた筈なので、彼に被害が及んでいるとすれば、彼女にも―――

 俺の脳裏に、あの文字が浮かんだ。


『萌を守ってくれ』


 俺は一階までの階段を一気に駆け下りつつ、萌に電話を掛けてみる。繋がりはするものの……クオン同様、彼女が出る事はない。もう手遅れの可能性が非常に高い。それでも僅かな可能性に賭けるのならば、宣告階段の禁忌も破って降りなければ間に合いそうもない。大丈夫。あれだけ時間が経って宣告が無いのだ。宣告階段は嘘っぱちだ。今はそれよりも、一年生達の心配である。

「陽太! 藤浪! 萌!」

 声に回せる酸素は限られているが、お構いなしに俺は夜の校舎に大音声を響かせる。返ってくる声は一つだけだった。

「狩也先輩!? こっちです!」

「何処だ!」

「こっちです、多目的室です!」

 多目的…………というと、階段を下り切って右の突き当りだ。一階に辿り着いた際に着地を失敗して足を痛める。だが、この状況が俺から痛覚を無くしてくれた。半開きになっていた多目的室に、俺は飛び込む様に体を捻じ込んだ。

「はあ…………はあ……はあ」

「せ、先輩!」

 部屋の隅に座っていた陽太は嬉しそうに立ち上がって、情けなくも俺に抱き付いてきた。普段の俺ならば突き飛ばす所だが、あの叫び方はどう考えても緊急事態を知らせるものだった。そんな状況で『男との抱擁』が云々言っていられない。

「何があったんだ?」

「と、年彦君が……年彦君が出てきたんですよ!」

「出てきた……? トイレにか?」

「違いますよ、いや違わないんですけど……外に出てきたんです。年彦君が二人を追っていったんですよ!」






 ………………予想だにしなかった発言に、俺の思考は一時停止を要求した。

    

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