約束されし勝利のガッツ

 テストの結果が張り出されたと聞いた瞬間、俺の走る速度は音や光を置き去りにした。正しくそれは神の速度、神速であった。

 けれども、そんな俺を捕まえる生徒指導部の先生はそれ以上に速かった。俺は捕まった。そして怒られた。結果的に、俺が自分の成績を知る事となったのは、他の生徒の大分後であった。

「………………」

 結果を見る前に、俺はまず、自分がどのように勉強したかを振り返った。因みにあの訳の分からない夢かどうかすら曖昧なあれは除く。別に勉強していた訳ではないし、何なら最悪な目に遭っていたので、出来ればすぐに忘れたい。

 あの後、俺は今まで通り(つまり夢において萌と遭遇する事になった時間まで)勉強を教えてもらい、碧花を送ってからは、彼女の家で勉強を教えてもらっていた。別に泊まっていない。延長で勉強していただけだ。天奈は既に眠っていたので、会えなかった。その時に何かあったかと思っても、碧花の教え方が尋常ではなく上手かった事を除けば、取り立てて変わった事など無かった筈だ。

「………………ふッ」

 時刻は昼休み。俺は結果を目に焼き付けてから、ふらふらと端のトイレまで移動。ここは特別教室を利用する者で、更に物好きしか利用しないくらい臭いがきつくて錆びていて、そのくせ暗いから何かが出そうなトイレである。俺は散々ヤバい物を目の当たりにした事もあって、全然怖くない。学校側は早く直せ。

 このトイレに防音機能なんて期待するだけ無駄なのだが、そもそも利用されないという特性を持つこのトイレは、大声を実質的に無力化出来るのだ。



「よっしゃああああああああああああああああ!」



 テスト順位、二学年十三位。俺にしてはよくやった方だと思う。というか歴代最高順位だ。

 この学校は中々人の居る学校で、二学年だけでも五百人以上居る。その中で十三位だ。つまり最強。俺イズ最強。男子の中では暫定四位である。因みに碧花は全教科満点で一位だった。教科書を暗記出来る様な奴が一位じゃない学校とか恐ろしいから、当然と言えば当然なのだが、俺は少し不思議だった。

 何でこんな奴と友達なんだろう?

 事あるごとに疑問に思っているが、ちょっとつり合いが取れていないとかそういう問題ではない。天秤にかける事すら烏滸がましい。元々のスペックからして、俺の勝てる相手でなかったのは自明の理なのに、どうして俺は彼女とあんな賭けをしたのだろうか。

 …………全教科満点にどうやって勝てって話だよな。

 いつもこうという訳じゃない。たまには全教科満点じゃない事もある。けれど、そう言う時は、大体二位と隔絶たる差をつけている。つまり問題を作成する先生が意地悪で……ちょっとひねりが必要な問題を出してきていたりするのだ。

 彼女は以前、どんな問題でも高校生程度なら満点は取れると言っていた事がある。が、結果は御覧の通り、たまには満点じゃない事もあるから、これは嘘に違いないと俺は思った。だから好奇心から、俺はどうして満点を取れると宣っている癖に取らないのかと尋ねてみた事があった。

 その答えがこちら。

『少し考えれば分かるよ。でも、私にはテストなんかよりも考えなくちゃいけない事がある。たった少し、されど少しだ。考える必要がある問題は、基本的に飛ばしてるんだよ」

 アイツは点数取れない奴にぶん殴られても仕方ないと思う。俺はぶん殴ったりしないが、不平不満を何処かで零してしまうかもしれない。これでも男として、俺は人よりも優れていたいという願望があるのだ。あんなスペックの化け物に劣等感を感じるのは必然である。

「…………だが、勝った」

 そう、俺は勝った。彼女との賭けでは惨敗だが、テストという人としての能力を測る場で勝利したのだ。男子としては暫定四位。これは 凄い事だ。あんな順位を取れた事を、俺が誰よりも驚いてた、と言いたい所だが、先生達の方が騒然としていたので、ちょっと言えそうもない。成績優秀者に名前を連ねる様な素行ではないので当たり前だが、碧花様様である。彼女が居てくれて本当に助かった。

 テストが終わった事で足取りも軽やかだ。うきうきした気分で俺がトイレから出ようとすると、丁度前を横切ろうとしていた生徒たちの会話が聞こえた。



「碧花マジやばくね? アイツの頭の中どうなってんだよ」

「頭も良くてスタイルも良いとかマジ女神だよなあ」

「俺さ、今日の放課後アイツに頼んでみるんだ。勉強教えて~って! そこからきっとお近づきになれる気がするんだよ!」

「お前睡姦したいだけだろ! でも頼むんだったら早い方が良いと思うぞ。争奪戦になるから」

「お前は行かないのか?」

「俺は…………やめとくよお。お前と違って顔にも自信ないしな。ま、あっちの大きさには自信がありますけどね?」

「やっぱお前一生童貞のままで終わりそうだな。まあ、ご忠告ありがとよ。その忠告通り、今からでも行かせてもらうぜ!」



 これは…………。

 いつもの事だ。俺と関わっていない間、碧花は常に告白されているか、絡まれている。その日常が要所要所で爆発的に増加するのだ。文化祭、体育祭、テスト、修学旅行etc…………水鏡碧花は学校一番の美人であると、こうなる度に思い出す。

 ―――こりゃあ、今日は話せなさそうだな。

 クリスマスパーティまでもうすぐだから、色々聞いておきたい事があるというのに、これでは仕方ない。彼から託された用事の解消も込めて、俺は今日一日を萌と過ごす事に決めた。










 え? 何で普通に一緒に帰ろうって言わないのかって?

 確かに、碧花なら俺の誘いには乗ってくれるだろう。他のどんな告白を押し切ってでも、乗ってくるだろう。長い付き合いだ、それくらいは分かる。しかし、だからこそ敢えて、俺は何も言わない。動機がどれだけ不純であれ、告白とは己の魂を懸けた一大行事だ。それを個人的な用事で邪魔する悪党が何処に居る。少なくとも、それは俺ではない。

 告白なんて茶化されたらその時点で失敗したようなものなのである。だから俺は茶化さないし、茶化したくない。人にされたくない事は、自分もしない。誰でも教わる当然の道理だ。

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