真逆に遡る

 オカルト部の部室に行くまでも無く、萌は直ぐに見つかった。要は一番ちっこい(胸ではない。断じて)奴を探せばいいので、後ろ姿でも分かる。

「萌」

「……ん。あ、先輩! おはようございますッ」

 背後から俺みたいな歩く死神が近づけば誰でも驚くと思ったが、萌は一切怯みもせずに、ペコリと頭を下げた。俺も大概身長が大きい訳ではないが、そんな俺から見ても、萌は本当に小さかった。胸で抱え込める感じの抱き枕だ。もう少し身長が大きかったら、お辞儀の瞬間に彼女の姿が消えていたかもしれない。

「どうかしましたか?」

「今日一緒に帰ろうぜって話をな。こんな時間にするのもどうかって思うけど」

 下級生に会う機会など上級生には等しく存在しない。昼休みか放課後でも無ければ会う機会はないのである。休み時間なんて僅かだから、下手すると探している内に過ぎてしまう可能性があるし。

 俺の突然のお誘いに、萌は目を輝かせた。

「えッ。いいんですかッ?」

「逆に聞くなよッ。訳分からなくなるだろ! 予定とか大丈夫なのか?」

「大丈夫です! 先輩から誘われちゃったらどんな予定もキャンセルしちゃいます!」

「やめろ。後でそいつに報復されるの俺だろっ。オカルト部の活動予定とかは無いのか?」

 さっきから俺は、萌と帰りたいのか帰りたくないのか、どっちなのだろう。彼女が良いと言っているのだから、そこで会話を切り上げれば良いのに、どうしてキャンセルさせようとするのか。これまで十数年も生活してきたのに、まさか俺の中には、まだ俺自身も気付いていなかった性質『天邪鬼』があったのか……?

 手帳も見ずに、萌が頷いた。

「はいッ。部長、何やらする事があるらしくて。私達を関与させたくないって事で、最近暇なんです!」

「する事? なんだそれ」

「教えてくれないんですよね。部長がオカルト関連以外の事をするなんて考えられないので、関連してるとは思うんですけど」

「お前地味に酷い事言ってるよな」

「へ?」

「自覚無しなのかよ」

 男というものは性欲の塊だ。よっぽどの異常者でもない限り性欲はある。特にこのお年頃だと、年齢を偽ってエロ動画を見たり、エロ画像を漁ったりしているのが当たり前だ。コンビニを一瞥すると、たまに立ち読みしている奴を見かける。偏見かもしれないが、だからと言って男子が菩薩である道理はないだろう。部長だってその筈だ。

 俺の場合は、家では天奈の監視、外では碧花の監視があるので、今は持っていない。しかし監視と言っても、本当の意味でも監視ではないのだが、本当の意味の監視の方が良かったりもする。特に天奈。

 ずっと前の話になるが、俺の部屋を天奈が掃除した時―――





『お兄ちゃん。これ』

『あ! お前それを……貴様、掃除をしたな!』

『……お兄ちゃんの趣味に文句は言わない。言うつもりはない。けどさ、その……妹の前でこういうの、見ないでよ』

『いつ俺がお前の目の前で見たよ! そんな勇気があるかあッ!』

『屁理屈こねんな、このクソ兄貴が! こういうの見つける度に私がどういう気持ちになるか、アンタ考えた事あんの!?』

『うっせえ男の性だ! いいだろ別に!』

『違う! 持ってる事は良いの! こういうお胸の大きなお人のお動画をお持ちになられる事が……!』

『何言ってっか分かんねえよ!』



 


 仲が悪くなるよりも前の話なので、本当にずっと前の事だ。今、彼女は碧花の家で匿われているが、どんな思いで普段を生活しているのだろうか。当時俺が見ていた人よりも、碧花はスタイルと容姿で完全に勝っている。兄の俺が言うのも何だが、天奈はそれ程胸が大きくない。当時は気付かなかったが、コンプレックスなのだろう。つまり俺がその手のブツを所持しているだけでも、天奈のコンプレックスに触れる事になる。これが本当の意味での監視の方がマシという理由だ。

 ただ、以前も言ったかもしれないが、そもそも俺は周りだけで事足りている。碧花、萌、由利。俺の『首狩り』を回避してくれている三人が居るお蔭で、俺はそんじょそこらのお盛んな高校生よりかは満足している方だ。

 運が良いと思う? よろしい。なら俺の運をどうか受け取ってくれ。こんな不運は要らないから。

「……部長、最近変なんですよね」

「変?」

「どう変なのかはちょっと言葉に表しにくいんですけど、変なんですよ。会えば先輩も分かると思うんですけど!」

「ふーん。何処に居るか分かるか?」

 萌が脈絡なく黙った瞬間、俺は自分の質問の愚かさを感じた。

「すまん。俺が馬鹿だった」

 部長の居場所など分かるはずないのである。彼は仮面で顔を隠し、更には名前も隠している。そんな彼を探し出す事など出来る筈が―――


 いや、出来るか。


 丁度いい。俺の見たあれが夢なのか違うのかをハッキリさせるチャンスだ。彼の名前は九穏猶斗だと判明した。もしもあの夢が全くの出鱈目だったなら、九穏猶斗などという人物はこの世に最初から居ない。しかしもしあの夢が……夢じゃなかったのなら。

「先輩?」

 あの夢の中では萌とも出会ったのだが、どうやらあの彼女とこの彼女は違う人物らしい。だって、彼女がもし夢の中の事を覚えているのなら、部長が変である理由に見当は付く筈である(それが正しいかはさておき、あんな異常事態を選択肢にも出さないなんて事は無いだろう)。

「萌。今日の放課後。駅の所で待てるか?」

「はい。待てますよ。でも、なんでです?」

「お前を案内したい場所がある。済まないな、少しばかり一人にして」

「別に構いませんよ!」

「それじゃあ、放課後にまた会おうぜ」

「はいッ」

 九穏猶斗という人物が本当に居るのか居ないのか。俺の知る部長がその名前なのか否か。あの夢が現実なのか、それとも全くの出鱈目なのか。碧花程ではないが、俺も出来るという事を見せてやるとしようか。



―――クオン部長、貴方の正体、見破らせてもらいますよ。



 心の中で流れたSEと共に、俺は探偵っぽい決めポーズを取った。


















 

 彼の名前がそうなのかどうかを見極める方法は一つ。三年生担当の先生に聞けばいい。そうすればそういう生徒が居るかどうかが分かる筈だ。もし部長本人に止められても、その時は九穏猶斗の名前を大声で叫べばいい。もしも本名なら、きっと慌てて止める筈だ。あれだけ隠したがっていたのだから、止めない方がおかしい。

 どうだ、この作戦は。我ながら完璧ではないか。きっとこの作戦を碧花が知ったら「素敵! 抱いて!」と言ってくるに違いない。どうだ部長。俺はここまでの妙策を思い浮かぶまでに成長したのだ。部長はきっと、俺がここまで迫ってくるなんて思いもしなかっただろう。萌だけが危険要素だと思っていただろう。フフフ、ざまあみやがれ。

 萌と別れた俺が意気揚々と階段を上がっていると、何だか段々階段が混雑してきた事に気付いた。中には購買で買ったと思わしき弁当を手にしたまま、踊り場で突っ立っている人も居る。

 ―――なんだなんだ?

 寄ってらっしゃい見てらっしゃい、御用とお急ぎでない方は……と呼び込みを掛けられている訳でもないのに、この混雑ぶりは異常である。突然落盤事故でも発生したか。それなら下の階も騒然となっているだろうから違うだろうが、ではこの騒ぎは……?

「なあ」

 俺は近くの上級生に上級生を装って声を掛けた。ウチの高校は人の数が多いせいで、全ての人間の顔と名前を把握しきれない。俺の顔が特別幼い訳でもない限りは、まるで同級生の如く振舞っても、バレはしないだろう。

「これ何が起きてるんだ? 今来たばっかだから全然分かんねえんだけど」

「末逆いんじゃん? 映同のさ」

 映同……映画同好会の事だろう。勿論忘れる筈がない。碧花と俺の出会いを語るには外せないエピソードを、とんでもないクオリティに仕上げてくれたあの男だ。先輩だが、尊敬する気には全くなれない。

「ああ、居るな」

「今アイツ、公開告白中なんだよ」

「はッ!?」

 公開告白。

 それは、されたら嬉しいけどされてしまうと物凄く断り辛いシチュエーション第一位。またの名を新手の拷問とも。俺は告白というものはタイマンで行うべきものだと思っているので、そういうサプライズ的なシチュエーションは、実はあまり好きじゃない。

 自分と好きな人の問題に、他人が首を突っ込むなんて野暮に決まっているから。

「だ、誰と?」

「もう分かんだろ? 今この学校で一番モテてる奴。俺らの後輩だよ」

「こう…………はい」

 俺は手短に礼を述べると、そのまま人ごみをかき分けて最前列の方まで移動した。移動するにつれて人の密度が尋常ではなくなったが、そんなのは関係なかった。マギャク部長が誰に告白しようとしてるか、俺には心当たりしか無かったのだ。

 部長が告白しているのは。

 この学校で一番モテてる奴とは。





「どうか、この俺とクリスマスを過ごしてはくれないか! 碧花ッ!」

「断る」





 告白が終了した。

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