CASE7

無黒な少女

 好き。

 彼が好き。

 君が好き。

 首藤狩也君が好き。

 私は首藤狩也君が好き。

 水鏡碧花は首藤狩也君が好き。

 君は私の恩人で、私の初恋相手で、私の人生そのものだ。君には私以外見て欲しくないし、私以外の声も聴いて欲しくない、私以外の何も、知ってほしくない。

「君は成功する」

 私がそう設計する。

「君は幸せになる」

 私がそうしてみせる。

「欲しいものは何?」

 どんなものでも手に入れる。

「いらないものは何?」

 私がそれを排除する。

 何も、心配しなくていい。君は善人のままでいい。君は白でいい。私が全て黒になる。君の背中で黒になる。

 君が善人である限り、私は悪人であろう。

 君が悪人である限り、私は善人であろう。

 だから。

 だからさ。




 もし良かったら、いつか君の白で、私を真っ白に染め上げて欲しいな。 


 












 ―――狩也君。

 柄にもなく、目覚めてしまった。テストの結果、どうなったんだろう。テストした限りでは大丈夫だったけど、不測の事態は付き物だ。例えを出すと、ド忘れとか。こればかりは私が何をしても起きる時は起きるから、どうしようもない。あれだけ勉強したからそれさえなければ大丈夫だと思うけど。まさかという場合がある。

 対抗手段が無い訳じゃない。要は狩也君が良い点を取れれば良いのだから……そう。狩也君以外を不正行為で0点にすれば、彼が何点でも彼は上位になる。心配ならそれをすればいいと思うけど、じゃあどうやって?

 学校のシステムは実に単純だ。何せ判断しているのが機械ではなく人だから、その基準も曖昧。機械なら、それはそれでプログラムなりシステムなりを書き換えるかすればいいけどね。学校において不正行為とは、そう見えただけでも『行った』とされるから、つまり狩也君以外の人に不正行為に見える行動をさせればいい。

 私は巨大アザラシちゃん(狩也君がデートの時に買ってくれたぬいぐるみだね)を抱きしめて、ゴロゴロとベッドの上を転がった。心配だ。隣には彼の妹が眠っているからあまり騒がしくは出来ないのに、どうしても騒いでしまう。

 心配と言えば、無粋な記者が彼の心を傷つけに来ないかも心配だ。そうならない内に、あの事件について調べている会社に脅迫文でも送り付けた方がいいかな。

 あんな事件、捜査するだけ無意味だ。狩也君はおろか、私だって一切手を下していない。あの二人にちょっと言葉を掛けたら、勝手に殺し合っただけの事。自殺として処理される事はなくても、情死の一種として処理してくれないだろうか。

 ―――いやあ、無いかな。

 結構目の前で争ってくれたし。情死にしては穏やかじゃない。色々考えてみたけど、名案らしき名案が思い浮かばなかったから、一先ず思考を戻す事にした。

 狩也君に良い成績を取らせる方法について、まだ方法はある。先生を買収すればいい。私の調査によると、そういう『良い話』に乗ってくれる先生は三人。後はその先生を私の『知り合い』と接触させて懐柔。用が済んだら『知り合い』と一緒に取り締まらせれば、全て丸く収まる。

 あ、でも私の事をペラペラ話されるのは困る。最近は土葬場所にも困ってるから、あまり殺したくないんだけど。

 良い案が無いなあ。

 一度不安に思うと、連鎖的に次々と不安に思ってしまうのは私の悪い癖だ。もう一つついでに不安なのは、彼の妹の扱いである。無碍にはしたくないんだけど、クリスマス会で邪魔なんかしてきた日には衝動的に手が出る恐れがあるから、そこも心配だ。

「…………狩也君」

 君が隣に居てくれたら、今。私は全て白状してしまいそうだよ。当初は君を助ける為に始めた事なのに、いつしか君に独占されたくなって、君に所有されたくなって、君に奪われたくなって。こうして欲が剥き出しになっている事に気付くと、私も年頃なのかなって恥ずかしくなる。君が必死に抑えているのに、私だけ剥き出しなんて、何だか品が無いみたいだよね。

 でも、ふとした時に思うんだ。もしも君の欲に呑まれてしまったらどうなるのだろうって。君の、君の欲。君の欲に私が―――。

 私は猛烈に恥ずかしくなって、布団を頭まで被った。そして少しだけ頭を出し、一人で暴走する私とは対照的に熟睡する彼女を見遣る。



 妹に、なりたかったな。



 妹だったら、私は彼にずっと甘えられるのに。


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