何故に殺し、何故に生きる
「さ、西園寺さん……」
「やあ。携帯を失ったみたいだね。しかしよく九穏君から逃げ切れたね。それだけでも俺は、君を称えよう」
恐怖から心拍の上昇を抑えきれぬ俺を尻目に、西園寺悠吾は対面する形で座り込んだ。俺に不信感を与えない為か、彼は狐面を外してくれていた。九穏部長とは大違いである。
「携帯では全然話しきれていなかったね。さあ何でも聞いてよ。ここなら暫くはバレないと思うし」
「………………」
「ど、どういう…………事ですか。九穏部長が死んでるって」
「どういう意味も何も、そのまんまの意味だよ。九穏猶斗は死んでる。崖から転落死した」
「で、でも。九穏部長は西園寺さんが死んでるって……痛ッ!」
「あーちょっとややこしいんだよねえ、その時の話。まあでも、確かな事は、君の知る九穏部長は二人居るって事かな」
「……二人ですか?」
「うん。君が言いかけた通り、死者は恒久的に生者として振舞えない。こういう状況ならいざ知らず、今まで生徒として在籍していたのなら、そいつは別人……九穏君に成りすました誰かという事になる。まあ……君が気にするべきはそんな事より、どうやって生き残るべきかだけどね」
一度沈黙が挟まれる。九穏部長の足音は聞こえない。まだここに俺が隠れているとは思っていないらしい。
「マガツクロノはサイトの名前であり、その実態は呪いだった。一応尋ねておくけど、大禍時って知ってる?」
「薄暗くなる頃の……時間帯でしたっけ」
「まあ、そうだね。読んで字の如く、とても不吉な時間だ。君達はそこに隔離された。呪いとしての正式名称は『虚落とし』。術者に関しては言うまでも無いだろう」
「九穏部長ですか」
だから俺の知り合いとしか出会えなかった訳か。俺の知り合い=九穏部長の知り合いというのは幾ら何でも大袈裟だが、俺を殺そうとしていたのなら、納得がいく。きっと一人ずつ俺の近くで消していって、最終的に自棄になった俺を仕留める算段だったのだろう。
何故かそうするまでもなく、由利にしても萌にしても、消えてしまったが。
「どうすれば、助かりますか?」
西園寺悠吾が黙り込んだ。
「西園寺さん?」
「いやあ…………うーん。簡単だけど。ちょっとリスクが高いと思うよ。それでもやる?」
「やるしかないんでしょ。だったらやりますよッ」
「そう。―――じゃあ」」
耳を傾けろと手だけで西園寺悠吾が要求。歯向かう理由も無いので大人しく耳を近づけると、彼は両手で己の口を覆って、ごにょごにょと小声でするべき行動を伝えた。
にわかには信じがたい行動というか対応だが、何度も言った通り、俺に行動を選択する余地はない。提示された以上は、そちらへ進むしかないのだ。何せ俺は専門家ではない。専門家の意見を聞かず、素人である自分の意見を優先する道理が何処にある。そんな生き方をする人間は得てして短命であろう。
故に、どれだけ馬鹿げていようと俺はこの西園寺悠吾を信じる。
「…………本当ですか?」
「あらら、この期に及んで疑っちゃうんだ。でもほら、君以外の人達が簡単にこのマガツクロノから離脱出来たのはそれのお蔭だよ。馬鹿みたいな条件かもしれないけど、抜け穴ってのは簡単には見つからないものさ」
「信じ……ますよ」
「―――信じるついでにさ。頼まれてくれてもいいかな?」
「なんですか?」
半信半疑なのは否めない。だって、あまりにも馬鹿らしいじゃないか。危機的な状況を脱する為に行動していると、言えるのかこれは。いや言えないだろう。これは行動しているというより、厳密に言えば怠けていると言った方が的確である。
「…………痛ッ!」
金属バットの掠った指先が痛む。大した痛みではないと思っていたが、痛みは痛み。俺が取らねばならぬ行動を邪魔しているのは、この激痛だった。治療している暇など無かった。いつ九穏部長が俺の位置を察して攻めてくるか知れたもんじゃなかったから。
「…………………ィッ!」
だが、もう覚悟は決めた。これで成功するも失敗するも、時の運という事で割り切らせてもらう。この非現実的な軛から逃れた所で、俺にはテストという学生身分上、避けては通れぬ門がある。それは呪術でも何でもないので、俺が法律というモノに従い続ける限り、絶対に通らなければならない行事だ。病気とかになれば一時的には避けられるが、それも姑息な手段に過ぎない。
―――テスト勉強。
今までと比べると余裕たっぷりに感じるであろう。俺もそう思っている。やはり自分に対して俺は価値をそれ程感じていないらしい。早い所遂行しなければ九穏部長に撲殺されてしまうというのに、こんな隙だらけの体勢では躱す事もままならないというのに。幾ら何でも、楽観的か。
でも仕方ない。俺というのはそういう人間だ。碧花が居なければ、自分自身の尊厳すらも守れない男だ。自分磨きに精を出す俺が唯一克服できない弱点があるとすれば、きっとそれである。『首狩り族』としての名が広まれば広まる程、俺は自分が大切じゃなくなっていく。碧花の前ではともかく、それ以外の時は御覧の通りだ。
「ここかあああああああああああああ?」
九穏部長の声が聞こえた事で、一気に余裕がなくなった。扉と窓には鍵を掛けておいたが、金属バット片手に人殺そうとしている輩を相手に、その程度は意味をなさないだろう。硝子に関しては、強化ガラスでも何でもないので、二秒で割られるのは分かっている。
―――やばいやばいやばい!
先程、厳密には怠けていると言った。が、怠けにも出来る状況と出来ない状況がある事を今思い知った。こんな危機的状況で怠ける事など誰が出来よう。むしろ一心不乱に何かをしていた方が、この状況には適切というものである。果たしてこんな行動が、本当に抜け道なのだろうか。
ガシャン! ガチャッ! ガンッガンッ!
人の家を随分好き放題壊してくれる。後で文句を言ってやろうか。いや、何なら今から言いにいってもいい。でも駄目だ。そうするとこの行動と両立出来ない。
「……二階か」
階段を上る音が聞こえてくる。大して新しくもない階段なので、軋みが良く聞こえる。ウチの階段は全部で十三段。なので軋んだ音が十三回聞こえたら、九穏部長は二階へ到達した事になる。
ギシッ、ギシッ。
出来る訳が無い。この状況でそれを達成出来る奴などそれこそナマケモノくらいしか居ない。または一週間くらい徹夜した真性の阿呆か。
ギシッ、ギシッ。
周りが静かであればある程。良く聞こえる。この音はまんま死の足音だった。これが到達し、扉を開けた瞬間、俺の人生は終了する。
ギシッ、ギシッ。
そもそもだ。俺は一体いつからこの呪術に引っかかったのだろう。思い返してみても全然分からないのだが、初めて幻聴が聞こえた時だろうか。いや、しかしそうなると……
ギシッ、ギシッ。
何が夢で、何が現実で、何が呪いで、何が真で、何が嘘で、何が死んでいて、何が生きていて、俺は誰を信じるべきで、誰が敵で、誰が味方なのか。全く分からない。分かる筈も無い。
ギシッ、ギシッ。
死にたくない。こんな所で殴り殺されるのだけは嫌だ。
ギシッ、ギシッ。
こんな所で……………………
ギシッ。
真実も…………知ら……………………ず…………………に。
「起きなよ、狩也君」
聞き覚えしかない言葉と共に俺は意識の首根っこを引っ張られた。頭を持ち上げると、正面には机を挟んで碧花が座っていた。相変わらずの無表情で、じっと俺の事を見ている。
「何か悪い夢でも見ていた様だけど、何の夢だったの?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます