蝋燭歩き

「バイバーイ!」

 取り敢えず二人目。ノアが碧花に似ているせいで同一人物に見られる恐れがあるが、背景がベッドなので、流石に同一人物には見られないか。病院の窓から手を振り続ける少女の方を見ながら、俺達は帰路に着いた。

「そっちはどうだったんだ?」

 聞いてから、俺は愚問だったかと思い直した。聞くまでも無く、萌の反応は収穫を喜んでいたからだ。

「最高でした! と言っても、記憶喪失だから、深い所までは聞けませんでしたけど……唯一被害を受けて生還してる人であれなんて、先輩の『首狩り族』ってよっぽど凄いんですね!」

「いや、由利を忘れてやるなよ」

「あれ? 御影先輩って被害に遭いましたっけ?」

「忘れてやるな。ほぼ無傷なのはアイツだけなんだ」

 精神的なダメージは負ってしまったが。それでも俺達に感じさせない程度には回復しているし、泊まった時も、目に見えて情緒不安定にはなっていなかったので、限りなく可能性は低いが、完全に傷が癒えている可能性だってある。

「萌……手」

「え、あ……はい!」

 外ではカップルっぽく振舞うのが、彼女を守る唯一の方法。クオン部長という大きな存在を失った俺が彼女を守るには、こうするしかない。そして萌の父親と遭遇しない事を祈るしかない。俺の事について調べるとは言ったが、その本心はきっとどんな手段、方法であれ、萌から俺を離したい様に思える。被害に遭いたくないだけなら俺から距離を置けばいい話だが、こんな可愛い後輩を見捨てるくらいなら死んだ方がマシだ。クオン部長を彼女から取り上げたのは俺。なら俺が、部長が今までやっていた事を引き受けなくてはならない。

 責任を負えずして、真実暴くべからずだ。

「いやーなんか疲れたなー。また由利の家にお邪魔するか!」

「え、先輩もまた泊まってくれるんですか?」

「一回家に帰るけどな。もう執事服とか着させられたくないし」

 さっきの失礼な記者はもういない。流石に公共機関前で出待ちは怪しまれるからやめたのだろうか。それは有難いのだが、問題はこれからだ。暫く付き纏われる事は確定事項。対応を誤れば殺人犯にされる。しかし対応を誤らない限り追跡が続く。困った。非常に困った。

 死んでくれとは言わないが、二度と俺の前には現れないでもらいたい。あんな情けない姿をそう何度も見せたくなんて、無いに決まっているのだから。

「そう言えば先輩。こんな日落ちの時間に何ですけど、新しい噂知ってますか?」

「新しい噂?」

「はい。蝋燭歩きって言うんですけど!」

「知らんな。新しい都市伝説か?」

「都市伝説……不審者。どうなんでしょう。怪しい存在である事は間違いないんですけど―――」

 由利の家へ向かって歩きながら、萌はぽつぽつと概要を語り始めた。

「ここ最近、急に浮上してきたネタで、初出はネットの掲示板です。出現時間は五時から八時の間で、路地だったり、公園だったり。かなりの頻度で目撃されてるんですよ。今の所は被害も無いみたいですけど、その理由で目撃者が口を揃えて言うのが、『どう見たってあれは近づいちゃいけない』らしくて」

「ほお……危険大歓迎な連中がそこまで言うなんて、どんな奴なんだ?」

「えーと。目撃情報では、頭に蝋燭を三つ、それで、手には長い縄が一本あるんです。で、その縄の先には長い蝋燭が括り付けられてて、それをずっと引きずってるんですって」

 成程、物理的恐怖の方だったか。

 この世には精神的恐怖と物理的恐怖があり、精神的恐怖というのは、要するにホラー映像だ。怖いけど、何の実害もない。

 一方で物理的恐怖というのは―――ちょっと説明が難しいが、例えばナイフを自分に向けるとする。怖いだろう。もしもナイフをこのまま突き刺してしまったらどうなるかを想像するから怖いのだ。オカルト部でもない俺が明確に区分しようとすると批判が相次ぎそうだが、この二つの違いは、



『死の概念を容易に理解出来るか否か』



危険と言う名の地雷原に両手を上げて走る様な奴が躊躇う場合があるのか不思議でならなかったが、物理的恐怖なら仕方ない。マシンガン持ってる相手に誰が丸腰で飛び込みたいと思うのだ。

「後、不思議なのが、目撃される際は必ず後ろ姿なんですって! 髪は長いそうですけど、髪の長い男性も居るじゃないですか。服も死装束を思いっきり引き延ばしたみたいにぶかぶかで体型が分からないから、男か女かも不明……っていうのが、蝋燭歩きの情報なんですけど」

「ふーん。まあ大して興味は無いんだが、今からお前の発言を当ててやる―――夜、蝋燭歩きを探しに行こうって言うんだな?」

「はい! 先輩と一緒なら必ず遭遇すると思うんですッ。嘘なら嘘で別に構いませんし、付き合ってくれませんか?」

「相変わらず危険が好きだな!」

「リスク無くしてリターン無し! オカルトのお陰で私は先輩ともクオン部長とも御影先輩とも知り合えたんですッ。今更付き合い方を変えるなんて、そうは問屋が卸しませんよ!」



 何だか微妙に使い方が違う気もするが、七不思議以上に危険な香りがするのは気のせいだろうか。



 被害者が居ない、なんて聞こえは良い。だけどそれは即ち、実際の危険度は未知数という事を俺達に伝えている。どういう事をしてくるのか、どうすれば追われないのか(これに関してはそもそも関与しなければ良いという解決策があるが)、そういう対処法が一切分からないというのは、恐ろしい事この上無いだろう。

 だから俺は疎まれている。『首狩り族』に対処法が無いから。強いて言えば俺に関わらない様にする事ぐらいで、それ故に俺は一人だった。碧花はどうしてか被害を受けていないが、それは彼女が超絶的幸運を持っているからだろう。

「分かった、付き合ってやる。ただし、一つだけ約束してくれ」

「はい、何ですか?」

「こういうのに関与しておきながらお前を守れなかったんじゃ、クオン部長にシバかれるのは俺だ。頼むからいざとなったら俺を見捨ててくれ。良いか、自分優先だ。分かったな?」

「はい!」

「嘘だな?」

「はい! …………あッ」

 嘘がバレた子供みたいに口を開ける萌。俺は無言で彼女の首に腕を回し、側頭部に拳をぐりぐりと捻じ込んだ。

「痛い痛いいたたたたたた! 先輩やめてくださいよ~!」

「うるせッ。先輩のお願いを聞かない悪い後輩はこうだ!」

「やああああん! やめてくださいって先輩~! 分かりましたから、分かりましたから!」

 後輩からの誠意ある撤回が聞けたので、解放する。萌は頭を優しく撫でながら、前のめりになって抗議した。

「酷いですッ!」

 中々勢いよく抗議してきたので、これが碧花なら自己主張の強い胸がたゆんたゆんと揺れた事だろう。体型マジックショーの萌にその様子は見られなかった。残念。

「べらんめえ、悔しかったらやり返して見ろぉいッ」

 丁度坂道に差し掛かったので、躊躇なく全力疾走で坂を下る。身長差もあるので、二人の距離は一瞬で離れるだろう……と思っていたのだが、

「はっや!」

 萌が想像以上に速かった。置き去りにする事で困り果てる萌の姿を見たかったのだが、実際には坂が終わった瞬間に追いつかれた。永久に坂なら置き去りに出来ただろうが、そんな都合の良い道は存在しない。交通に不便過ぎる。

「私から逃げようたってそうは行きませんよッ」

「お前早すぎだろ! フィールドワークの賜物って奴か?」

「え、そうですかね? でもクオン部長は私なんて十秒もあれば置き去りにしちゃいますけど」

「あの人を参考にするな。多分参考にしちゃいけない人だ、あれは」

 本人が居ないのを良い事に言いたい放題。文句があるなら目の前に出てこいと言いたい所だが、これも実際には、出て来て欲しいと言う方が正確である。居なくなった事でクオン部長がどれだけ大切な存在だったかが分かったし、それに―――


 彼が居ると居ないとでは、心の中にある安心感が、段違いなのだ。

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