子供心にツーショット

 奈々の所に来たのは俺だが、用があるのは萌の方である。その件を奈々に伝えると、自分が被害者なんて微塵も思っていない彼女は、快く応じてくれた。

 その間、俺はノアと遊ぶ事になった。

「えッ、遊んでくれるのー!」

「おう、何して遊ぶ?」

「じゃあねートランプしよッ! トランプ分かる? 分かるよね? 分かろう!」

「やけにテンション高いな」

「パパもママも全然来てくれなくて、遊んでくれるの奈々お姉ちゃんしか居なかったけど、お兄ちゃんが増えたから嬉しいの!」

 萌以上にテンションが高い奴なんてこの世に存在するとは思わなかったが、これが子供特有のハイテンションだろうか。幼い頃の碧花が俺に甘えて来てるみたいで、俺も悪い気はしない。碧花はスタイルが良すぎて迂闊にお触り出来ないが、ノアなら遠慮なくベタベタ触れる。というかノアもすり寄ってくるので、胸だろうが何だろうが触り放題である。

 分かりやすく言うとあれだ。萌と碧花を足して二で割らない奴だ。

「じゃあババ抜きしよ! お兄ちゃんババ持ってね!」

「いや、心理戦皆無かよ! もっと別の遊びしようぜ?」

「七並べ!」

「だから心理戦ないじゃん!」

「大富豪!」

「クソつまんねえ!」

「楽しいねお兄ちゃん!」

「まだトランプしてねえよ!」

 とはいえ、楽しいのは事実だった。朱に交われば赤くなると言う様に、このハイテンションについていくと、自ずと俺もハイテンションに、そして阿呆になってくる。思考をデチューンすれば、通常は楽しく感じないものも楽しく感じてくる。

 これぞ正に、年下との楽しみ方である。

「二人で出来るものって何かなあ?」

「神経衰弱なら成立するんじゃねえかな」

「真剣朱雀?」

「そうは聞き間違えないだろ!」

 取り敢えずお互い文句は無さそうなので、カードを無造作に裏面にして並べ始める。ベッドの中心を使うので、ノアには枕の方に離れてもらった。

「よーしやるぞー!」

「やりましょー!」

 碧花相手なら賭けを持ち込む所だが(お触りの為に必要なのである)、こんな幼気な少女相手に賭けなんてしないし、イカサマもしない。大体俺の方が年長なのだから、イカサマなんぞしなくたって勝てるのである。

「ねえお兄ちゃん!」

「何だ?」

「ルール教えて!」


 

 そっからかよ!



 というかこの世に神経衰弱のルールを知らない奴が居るとは思わなかった。いや、余程娯楽から遠ざけられていたのなら話は分かるが、トランプを持っている時点でそれは無い。なのにルールを知らないなんて、じゃあ今までどうやって遊んでいたんだ。

「二枚捲って同じ数字だったらその人のモノ。外したら次の人。つまり俺の番。取れたら俺には回ってこない。オーケー?」

「うん!」

 猶更負けられない。相手はついさっきまでルールを知らなかった初心者だ。(自称)トランプの魔術師こと俺が、ビギナー如きに負ける筈ない。

 カタカナ沢山使うと、めっちゃ頭がよく見える! 












「やったー! 私の勝ちー!」

 思考をデチューンしていた事が仇となった。開幕一巡目で負ける事は流石に無かったが、運の無さが災いした。マガツクロノの一件で俺は『首狩り族』に碧花が関わっているのではないかと薄々感じていたのだが、どうやらそれは杞憂だった様だ。単純に運が悪い。悪すぎるなんてもんじゃない。記憶力とかそれ以前の問題だ。

「お兄ちゃん弱いねー!」

 悪意は無いのだろうが、無いからこそ傷つく。接戦だったら負けても大した事は無かっただろうが、接戦……消化試合の間違いだろう。残念ながらここには俺しか居ないので、お後がよろしいようで、とはいかない。

「もう一回。もう一回!」

「えーどうしよっかなあ! 私もう飽きちゃったからなあ!」

「もう一回! 次は勝つから!」

「やーだーめ! お兄ちゃん弱いもん!」

「いやあ頼むよー! まだ俺が弱いかどうか決まってないから、まだ一戦だから!」

 ノアと仲良くじゃれていると言えば聞こえは良いが、実際は高校生が幼女を抱きしめて、ベッドの上で振り回しているだけである。犯罪チックな光景が広がっているが、誰も見ていないのが幸いだ。看護師にでも見られたら、一週間くらい俺は立ち直れなくなるかもしれない。


―――あれえ?


 何か忘れてる気がする。思考をデチューンしてるせいで思い出せない。ここは一度元通りにチューニングして、ちゃんと思い出そう。

「…………あ!」

 思い出した。俺は末逆部長と第一次ツーショット大戦をしている途中だったのだ。いつの間にかトランプに夢中になっていたので忘れていたが、こんな調子ではいつまで経っても数が増えない。

「ノア。俺と一緒に写真撮ってくれないか?」

「うん。いいよ!」

 余計な事を聞いてこない事に、むしろ違和感を覆えたが、これこそ俺が汚れ過ぎた証なのかもしれない。酷い目にばかり遭ってきた俺は、無意識にも合理性を求めてしまうのだ。

 だがノアはまだ子供。合理性など追求しない。あるのはきっと、人には親切にしようという教育だけ。そこに打算は無い。純粋な子供にだけ出来る、真の善行。

 それに対して俺は疑っちゃいけない。人の親切は、素直に受けておくべきだ。早速カメラを内向きにして、俺は携帯を持ち上げた。

「はい、チーズ!」

「ちいず!」

 パシャリとシャッターが切られた所で、出来栄えを確認。双方笑顔だった。特にノアは、まるで顔文字みたいな笑顔だ。

「撮れた?」

「おう。ありがとな!」

「えへへーお礼言われちゃった~」

 可愛い。

 性的感情を一切抜きに、可愛い。これが表情豊かな女の子の魅力という奴だろうか。やはり顔文字みたいである。

「ねーお兄ちゃん携帯貸して!」

「え? いいけど。もしかして携帯持ってないのか?」

「ママが買ってくれないの! ね、ね。いいでしょ? 三十分だけでいいから~」

「うーん不安だから駄目だ。ごめんな」

 悩んだ振りをしつつも即答する俺の顔を見て、ノアは不機嫌そうに頬を膨らませた。

「いじわる!」

「お前も神経衰弱二回戦応じてくれなかったし、お互い様だっての~!」

 意趣返しをする事が出来て大満足だ。ノアが背中を揺すりながら駄々を捏ねてきたが、要求に応じるつもりはない。

 携帯をどんな風に弄られるか分かったもんじゃないし。

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