弱虫な俺に



 メンバーとして参加する事になった俺は、参加する女子について情報を得る事が出来た。


 まず一人。沙凪蘭子。陸上部の女子だが、面識は特にないので別クラスである。ショートボブの童顔、それに合わせる様な低身長から非常に可愛らしく、陸上部の男子が何度も狙っている話を聞いた事がある。スタイルはというとかなりスリムで、グラマラスな碧花と比べれば体型的に貧しいかもしれないが、そもそも陸上部に巨乳というのは居るのだろうか。かなり偏見で申し訳ないが、仮に巨乳が居たとしたらそれは乳ではなく胸筋である気がする。そもそも、あんな大きな物をぶら下げてたら走りにくいだろうし、もしかしたらそういう理由もあって貧乳ばかりなのかもしれない。彼氏が居た事はないそうなので、心霊大会を経て仲良くなれたらと思う。そしてあわよくば恋人に……


 参加メンバー男子を考えるとかなり線は薄そうだが、俺は諦めない。今まで何の為に男磨きをしてきたと思っているのだ。周りで異常なくらい災難が発生してくれるお蔭で、良い感じになった女の子とも終いには縁が切れてしまうが、自分は決して不細工ではない。臭いにだって気を使っているし、髪には勿論、普段の身だしなみにも気を配っている。どれくらい気を配っているかというと、碧花に「君は随分と身の回りを綺麗にしているんだね。素敵だよ」と言われるくらいだ。曰く、言ったのは君が初めてとの事で、それが今、俺の自信になっている。高嶺の花と名高い彼女から褒められる事なんて滅多にないし。


 次に棚崎央乃。世にも珍しい俺っ娘で、流石に公共の場では戻している様だが、これは友人間で企画された只のパーティーなので、恐らく口調は素のままであろう。彼女だけは同じクラスだが、非常に我が強い事もあり、央乃だけは自分の事を首狩り族と呼ばない。噂だけで人を馬鹿にする様な事はしたくないらしい。性格は非常に強気で女子力は皆無だが、所謂黙っていれば可愛い女子なので、彼女とも仲良く出来ればと思う。これは下心抜きでも、首狩り族と呼ばない人間は事情を知らない人間を除けば碧花と彼女だけなので、交流を深めたい。因みに男子の参加メンバーは全員首狩り族と呼んでいる。こちらも紹介したいが、知っているのが先程会話した神崎一楼だけなので、話す事はない。


 最後は近江奈々。参加メンバー唯一のビッチと言ったらかなり言い方が悪いが、彼女に関しては悪い噂が絶えない。いや、悪い噂というか……金を出したらいつでもヤらせてくれると有名なのだ。実際、普段の立ち振る舞いは如何にも男慣れしているといった風だし、髪も茶髪に染めてブラウスも胸まで開けている。不思議な事に彼女で童貞を卒業したという話は聞かないが、何だかんだでクラスメイトもチャラい女子はお呼びじゃないのだろうか。緩い校則とはいえ若干破っている彼女に高評価を与える訳にはいかないが、噂で被害を被っている彼女には謎の親近感を抱いている。話した事はないが、多分話しやすいだろう。俺自身が不幸体質なせいで首狩り族と呼ばれて良い気分がしないので、彼女と話す事になってもビッチと言うつもりはない。目の前で見たというならば話は別だが。余談だが、今回の企画は彼女が持ち込んだものらしい。


 以上、三名。そこに俺と碧花が入って四対四の計八人。それが今回のイベントにおける参加人数。そしてこのイベントで、自分は女性達と親しくなり、あわよくば誰かと付き合いたい。神崎だって言っていた。これは肝試しを取り入れたに過ぎない合コンであると。下心丸出しと言えばそれまでだが、全員の暗黙の了解なので、誰にも責められる謂れは無い。


 放課後になってから二時間後。一度帰宅した俺達は、 学校の裏を集合場所として、全員を待つ事にした。


「わり、遅れた」


「別に遅れてねえだろ。まあ仮に遅れたとしたなら? 首でも狩りに行っていたんじゃないかと邪推するけどな」


「不幸の度合いが首を切られる事と同じくらいって話からそれがついたんだよな? いつから俺は大量殺人鬼になったんだよ」


 無計画で殺人を行っても、捕まるのは目に見えている。やる筈がない。運がない事以外は、普通の人間である。


 神崎は頭を振って、俺の肩を叩いた。


「こればっかりは冗談だよ。ま、お前の運が悪いだけだわな」


「……お前、俺の運の悪さってどうすれば治ると思う?」


「それは……雨男が、雨が降らない様にするにはどうすればいいですかって聞くようなモンだな。俺にはどうしようもない」


 まあそうだ。夢のポケットを持った青い狸でも居なければ解決出来ない。こちらもダメ元で聞いてみたので、拒絶されても特に傷つかなかった。そのまま神崎と駄弁りながら待っていると、次にやってきたのは碧花だった。


「お待たせ」


「お、あお……………! お、おお……」


 彼の驚愕も分からなくはない。普段は髪なんて縛る様子すら見せないのに、今回に限ってポニーテールに縛ってくるのは卑怯である。不意を突かれた俺は、ギャグ漫画であれば恐らくその場で鼻血を噴き出している。


「……どうかしたのかい、特に君。私から視線を逸らすなんて」


「い、いやあ。どうして急にポニテなのかなあって思って……」


「ああこれ。廃墟は山の中にあるんだから、動きやすいに越した事はないだろう?」


 それはそうだが。彼女が髪を纏め上げると今までミステリアス美人だったのが、急にスタイリッシュに見えてきて、困惑するのだ。少なくとも俺は困惑している。美しいとカッコイイが両立する事なんて無いと思っていたのに、よりにもよって碧花に崩された。


 俺があちこちに目を泳がせると、碧花は怪訝そうな表情で俺の顔を間近で覗き込んできた。あまりにも近い、近すぎる。音もなく出てくる吐息が俺の鼻にかかり、芳しい匂いを伝える。真っ赤になっている俺に対して、碧花は顔色一つ変えずに首を傾げていた。


「ふむ。分からない。どうして視線を逸らすのかな」


「い、いやあ別に。それと、近い。離れてくれ」


「……失礼。何も無いならいいんだ」


 彼女から離れる事が出来てホッとする。そのまま神崎の所まで下がると、奴が耳打ちしてきた。


「やっぱ付き合ってんだろ、お前達」


「ちげえよ。そんなんじゃねえって」


 告白した事がないから分からないが、どうせそれをした所で、



『君は私の事をそんな風に思っていたのかい。まあそれは別に良いんだが、君の様に幼稚で感情的で頭の悪い男は私の好みではないんだ。申し訳ない。君の気持ちには応えられそうもないよ』



 と言われるに決まっている。なので告白はしない。仲が良いとは言われるが、正確には一番近くて遠いのが俺だ。あんな美人に釣り合う筈もなく、むしろ友人関係を持てたのが奇跡なくらいである。


 続いて来たのは、近江奈々。何故か制服である。


「ちっすー。ミカミカも来るって言ってたけど、本当に来てくれたんだね~! 今日はよろしくぅ」


「み、ミカミカ……?」


「そだよー。よろしくねぇ!」


 初対面にしては軽すぎる挨拶に、碧花は少々困惑した様子だった。滅多に表情の変わらない彼女にしては珍しい機微に、俺は感動すらしていたかもしれない。


 全米が涙した。映画化決定。


 あのキャッチコピーは誇大広告も良い所だと思うのだが、実際はどうなのだろうか。事実なのだとするならば、あの国は全ての国民にアンケートを書かせたに違いないが、それはそれで手間である。何億人居ると思っているのか。


 奈々は続いてオレの所に駆け寄ってきた。


「ういーす。今日はよろしくねえ、くびっち!」


「く……首っち?」


「うん。あ、そうだ。せっかくだから連絡先交換しよー! ちょっと携帯貸してー」


「え、あ、ちょ―――」


 俺に足りないものは恐らく速さ。俺が何かを発言するよりも早く携帯は取り上げられ、瞬く間に連絡先を交換された。ここからここまでおよそ二秒というテロップが何処かに入っても、ここに限っては何の誇張でも無かった。


「相談があったら乗るから、いつでも話しかけて来てねー!」


「お、おう」


 流石にコミュニケーション能力が振り切れている。それから奈々は思い出したように碧花とも連絡先を交換した。それも先程と全く同じで、彼女が何かを言うよりも早く。これには、幾ら言葉で相手を捻る事が得意な彼女もあんぐりと口を開ける他なかった。自分はともかく、彼女は二人目では無いだろうか。


「ミカミカもねー!」


「あ…………ああ。そうだね」


 何故か神崎には声を掛けなかったが、もう連絡先を持っているのだろうか。それにしては彼の顔が妙な歪み方をしているが。


 それから連続で来る事はなく三十分。集合時間の期限からおよそ十分が経過した後、残りの人物が一斉に姿を現した。


「悪い。遅れた」


「まじすんませーん! おくりゃしたー!」


「済まない。俺としては遅れるつもりはなかったんだが、道に迷ってしまって」


「十分遅れちゃったか……ごめんなさい。時間を間違えて覚えてたみたい」


 何をどうすればこの四人が一緒に来るなんて事が起こりうるのかを考える。恐らく、道中で出会ったのだ。特に央乃は道に迷っていたらしいから、その可能性が一番大きい。学校の裏まで行けるルートは一つという訳ではないが、家がこちらの方向に寄っていたのだろう。不思議な話ではない。


「オーノー! ランラン! リュウジ! カイト! 待ってたんだよお? もう、遅れちゃ駄目だってあれ程言ったじゃん!」


 奈々を主体に遅れてきた四人が会話しているのを、俺達三人は遠くから眺めていた。


「…………何か、パンダの名前みたいだな」


「オーノーが?」


「どう聞いてもランランだろ―――ってえ、碧花。いつの間に横に!」


「細かい事は気にしないでくれ。所で君、分かってるかい? 今から山に行く頃には七時近くになる。今は夏と言っても、七時まで来たら本格的に暗くなるよ。聞いた話じゃ吊り橋効果を狙った合コンらしいけど、女の子のハートを射止める前に私の袖を掴むのはやめたまえよ。情けなくって他の人は幻滅してしまうから」


「は…………!」


 そうだった。俺はとんでもない事を忘れていた。首藤狩也は生まれてこの方暗い場所が大の苦手で、お化け屋敷でさえ碧花の袖を掴んでいないと歩く事も出来ない弱虫だったのだ。彼女欲しさに参加したが、もしかしなくても馬鹿な事をした。   


「ど、どどどどどうすれば良いかな? 俺に幻滅したら、皆、他の奴等の所に行くよな」


「そうなるね。でも安心してくれ。そんな君の為に、今日はこれを持って来た」


 碧花がポケットから取り出したのは掌に乗るくらいの小さなお守りだった。恋愛成就と書かれており、彼女は困惑する俺を尻目に無理やりそれを握らせた。


「な、何でこれをお前が?」


「同じ事を説明するのは嫌いだな。ともかくそれを持っていたまえ。少しは男気も出るだろう。私は別に持ってるから―――これでお揃いだ」


 全く同じお守りを出して、少々嬉しそうに彼女が言った。お守り越しに見えた彼女の瞳は、吸い込まれんばかりに美しくて、意識がそちらに傾いた。珍しく碧花がふふッ、と笑った。


 彼女から視線を逸らすと、奈々達の会話も終わり、いよいよ御一行は出発ムードになっていた。何ならもう歩き出して、俺だけが若干遅れていた。いつの間に距離を詰めたのか、碧花は先頭の方で奈々と会話している。


 ここで遅れて一人ぼっちになるのはもっと怖かったので、俺は駆け足気味に集団に混ざり込むのだった。

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