初めての春

「ああああああああああああああああああっと! 彼女欲しいなあああああああああ!」


「開幕そうそう言う事じゃないよ、君。それも屋上で。恥ずかしくないのかい?」


「恥ずかしくなんかないね! むしろ彼女が居ない方が恥ずかしいわ!」


 昼休み。俺は屋上でいつもの様に碧花と談笑して楽しんでいた。彼女との温度差はいつもの事で、けれど彼女はちゃんと最後まで聞いてくれるから、安心して話す事が出来た。碧花は髪を腰まで伸ばした黒髪美人で、引き締まっている処は締まっていて、出る所は出ている夢の様な美人だ。正直、こんな女性と友達になれるなんて思ってもみなかったが、そういう高嶺の花と思い込んでいたからこそ、こうして普通に話せる事に安堵を覚えてしまい、今も関係が続いている。そのお蔭か、表情の機微に乏しい彼女の感情を、少しずつだが読める様になってきた。今は自分と同じで楽しく感じてくれている……筈。


 理由もなく急に自信が無くなってきた。


「いやあ、私は恥ずかしいと思うけどね。彼女を欲しいって公言している人ほど彼女が出来ないとも云うし、私の目線で見ても、彼女が欲しいって言っている人は何だかがっついている感じがして嫌だなあ」


「じゃ、じゃあ彼女欲しくないよ~って雰囲気を出せばいいのか?」


「それも気取ってる感じがするね。特に君だと。はあ……全く、性欲処理が必要ならそう言ってくれればいいのに」


「は?」


 俺が思わず硬直すると、彼女は屋上の縁に腰掛けながら、首を傾げた。


「だって、彼女が欲しいんだろう? 言ってくれればしてあげるのに」


「ち、違うわ!」


 違わない……いや、違う。違う。彼女とはもっとこう、健全な付き合いであるべきで。遊園地に行ったり、食事をしたり、映画館へ行ったり………………それから、そういう関係になるべきで。既に彼女という言葉の認識に差異がある事に気付いた俺は、直ちに詳細を話す。


「彼女ってのは、もっとこう色々な所へ行って―――」


「去年は海にも行ったし、スキーもしに行ったじゃないか」


「時にはお化け屋敷なんか行って、怖いよーって袖を掴んでくれたり―――」


「いつも怖がって私の袖を掴むのは君じゃないか」


「それから…………そういう関係になるんだよ!」


「いつも一人でやってるじゃないか、ベッドで」


「だーうるさい! というか何で知ってんだよそのこ…………はッ!」


 完全に嵌められた。碧花は楽しそうにこちらを半目になって見つめている。俺は慌てて取り繕うが、かえってそれは正しい事の証明にしかならなかった。


「ち、違うんだその……」


「だから言っているだろう。性欲処理が必要ならそう言ってくれと。何ならここでだってしてもいいけど」


 碧花は縁から飛び降りると、スカートの内側に手を掛け、下着を下ろそうとした所で俺は彼女の手を止めた。彼女は放っておくと本当にそれを続けかねない。風紀的に何としてでも防がなければならない事態であり、これがバレた日には即刻停学か退学か特別指導か。いずれにしても学生には辛い事態が待ち受けている。


 『学校をもしもやめる事になった際は、私が起業して君を雇おうじゃないか』と言っていたが、あれは何処まで本気なのだろうか。自分の知る限り誰よりも純粋な彼女の事だから、もしかしたら本気なのかもしれないが。


「やめろ! そう言うのは彼女じゃなくてSなフレンドじゃないかッ! 俺が言っているのはそういう事じゃなくて、色々な事をして遊べる人が欲しいの!」


 碧花はずり下ろそうとした下着を戻し、スカートの皺を直す様に何度か叩く。


「例えば?」


「え、うーん…………」


 俺は少し考えた後、その場の思い付きで言ってみた。


「心霊スポットに行くとか!」


「…………君って、つまらない男だね。もう少し夢のある事を言ったらどうなんだい」


「は? 言ってみろ」


「宇宙」


「なあ、彼女と行く場所って言ったよな? 一分間ロケットに乗るだけで何円かかるか知ってるか、ん?」


 俺も知らないが、学生が手に届く様な値段で無い事は知っている。多分超高層マンションを十棟以上は買えるだろうし、買えるならそっちを買った方が建設的に違いない。マンションだけに。



 ………………。



「金星」


「宇宙と変わらねえよなあッ? つーかそんな事計画する奴頭おかしいだろ! お前他の人が『ねえちょっと~この辺りに人気のカフェが出来たんだけどお、行かない?』ってなって、俺だけ『なあちょっと、金星飛行計画を立てたんだけど一緒に行かない?』ってなるとかどうなってんだよ! 頭いかれてんだろ!」


「いいじゃないか、そっちの方が夢があって。まあ金星って住めないけどね」


「じゃあ言うなよ!」


 人類にとって夢のある一歩だとは思うが、その一歩をたかだかデートで踏み出してしまうのはどうなのか。俺が初めて行ったデートが人類にとって偉大な一歩だったとか、デートの度に妙な緊張感を抱く事になるので出来ればしたくない。いや、人類の歴史がまた刻まれるというのならば、それはそれで悪い気はしないが。


 碧花は「やれやれ」と言って、携帯を取り出した。


「じゃあ、ちょっと待っていなよ。心霊スポット、調べてあげるよ」


「え? い、いいのか?」


「友人として当然の務めさ。それに君は本当の心霊スポットというものを知らないだろうしね」


 む、確かにそうだが。碧花に言われると、何だか腹が立ってくる。これはあれだ。


 一言余計という奴だ。

















 教室に戻ると、丁度何人かの男子達が心霊系の話で盛り上がっていた。俺が心霊スポットと言ったのは、以前から教室の中で度々心霊系の話が盛り上がっていたからである。首狩り族との愛称で呼ばれている自分は当然お呼ばれされないのだが、大丈夫だ。今回は碧花がついている。彼女をダシに使えばお呼ばれなど造作もないのだ。


「おーい神崎! 俺も話に混ぜてくれよッ」


 少しチャラい見た目だが、その割には気さくで、友人という程でもないが、他人という程冷たくもない男。彼とは、誰とも話す事が無ければ話している、そんな浅い関係だが、自分の災厄に巻き込まれたくないのならば、そして巻き込みたくないのならば、賢明な判断だろう。


「げッ、首狩り族。何だよ、お前。いよいよ俺の首まで取ろうってのかッ?」


 彼はたまたまだという事を分かって言っている。ただ、俺があまりにも酷い目に遭う事が多いだけで、実際俺は何もやっていない。そう、偶然。全ては偶然だ。他のクラスメイト達も冗談七割本気三割の調子なので、話に入るだけならば実に簡単である。自分の席から椅子を掻っ攫い、俺は強引に場所を取った。


「で、何の話をしてたんだ?」


「ああ……実はな、ここから三十分くらい歩いた所に廃墟があるんだけど。そこでさ、皆で心霊大会を開こうって話になってんだよ! でも人数が二人足らなくて」


「は? 怪談話に何で定員数があるんだよ」


「違えよ。女子も参加するんだけど、数が多い方が怖くないって……へ。まあ実際は肝試しを取り入れただけの合コンみたいなもんなんだけどなあ。ここだけの話…………皆、すっげえ可愛いんだよな。あ、けどお前は来るなよ! お前が来たら不幸が舞い込んでくるから!」


 普段からこんな調子で、そして仲間外れにされるのだが、今回、俺は切札を持っている。携帯の簡易交流アプリで、碧花とのトーク画面を開く。彼女と連絡先を交換しているのは俺だけなので、少しだけお得感を感じている。


 言うまでもないが、こんな手段を使っている時点で彼女とは別のクラスだ。と言っても隣のクラスだが、同じクラスだったら普通に引っ張り出している。



『見つかったか? 心霊スポット』


『まあ三つくらいは。ここから一番近いとなると、山の方にある廃墟だね。早速行くのかい?』


『まあな』



「おい、これを見ろ」


「ん、何だこれ…………はああああああ! 碧花との会話…………ど、どうしてこれを」


「まあ見てろ」


 俺はすいすいと指を動かして、言葉を送る。



『神崎達とそこに行く事になったんだけど、お前も来ないか?』


『誘ってくれると言うのなら、応じるよ。期日はいつ?』



「いつだ?」


 俺が尋ねると、神崎は向かい側の男子と目配せをした。


「えっと……今日の放課後やろうと思ってるんだが、なあ。マジで来てくれるのか? 碧花」


「聞いてやろうか?」


 俺が指を動かそうとするよりも先に、その答えが返ってくる。



『一応言っておくけど。君が休んだら私も休むから』



 俺は得意気になって神崎達を見つめる。首狩り族と呼ばれる程縁起の悪い存在の俺を参加させる事を、かなり悩んだ様子だが、どうやらこのイベントを企画したのは男子らしい。俺の知らないグループで幾らか会話した後、渋々頷いた。


「じゃあお前と碧花で満員な。せっかくお前も入れたんだから、俺の首を刈ってくれるなよ? 酷い目に遭わせたら一生呪ってやるからな!」


「勘弁してくれよ……」


 運を操作するなんて出来ない。夢のポケットを持った狸でも居なければ。

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