運命的出会いはオカルト


 萌が居た。どうしてこんな所に彼女が居るのやら分からないが、しかし俺はそんな事、どうでも良かった。全く期待していなかったどころか、そもそも出会うとすら思っていなかったのに、萌の水着姿を見る事になって、俺は固まってしまった。碧花と違って、彼女はビキニではなく、所謂半袖のフィットネス水着を着用していた。セパレートタイプでないのが残念だが、仮にセパレート水着だったらそれはもう大変な山が彼女の上半身に現れていた。


 いや、今も大変な事になっているが。


 フィットネス水着は体型が出る水着という事もあって、体型マジックショーにはなっていない様だ。だからこそ彼女の隠れたスタイルの良さが強調されて、何とも言えぬエロスが出ている。幸運にも碧花は居ないが、彼女が居たら機嫌を損ねてしまいそうなくらい、多分俺の鼻の下は伸びている。

「ど、どうしてここに?」

 こんな事を言うのは何だが、オカルト部とプールで出会うとは思ってもみなかった。オカルト部と出会うのは何らかの理由で曰く付きの場所にでも行っているか、学校の行事で絡むのかのどちらかだと思っていたので、俺は彼女の身体全体を見つめていたのを誤魔化す他にも、素直に驚いていた。

「あ、はい! オカルト部としてのフィールドワークの一環でやってきました! もしかして先輩も、そうなんですか?」

「俺は違えよ! ていうかオカルト部じゃねえし!」

 七不思議との戦いを生き残ってからというもの、俺は妙に萌に懐かれていた。それは後輩を一度も持った事が無い俺にしてみれば嬉しい事だったが、如何せん体型が目に悪い。

「萌、ちょっと背中の方を見せてくれ」

「え? いいですけど」

 その場で萌がくるりと周り、その小さなお尻がこちらに向けられる。フィットネス水着が水中運動に適した格好なので、太腿からお尻にかけてが張っている。それがいい。碧花の短パン姿と同様の理由だ。

「何かついてました?」

「ん? ……いいや」

 仮に付いていたとして、背中側にあるのだから俺に見える道理はない。いつも気になっているのだが、どうして人はじろじろ見られている時に、何かついているのかどうかを尋ねてくるのだろうか。何か付いているのなら指摘するだろうし、じろじろ見ているだけで済ませる様な輩は性格が悪いに決まっている……と、俺は思うのだが、実際はどうなのだろう。

 萌に体勢を戻してもらい、俺は改めて尋ねる。

「フィールドワークって言ってたよな? 別にここ、曰く付きの場所とかないだろ」

「ここはそうなんですけど。実はこの地域自体に都市伝説があって」

「都市伝説?」

「八尺様ってご存知ですか?」


 ………………


「知らん」

 一尺の長さが大体三〇センチだから、八尺……二四〇だ。だからどうしたという話だが、俺はオカルト部ではない上にその手の話には疎いのだから許して欲しい。それにこんな所でまでオカルト話とは、心の芯からオカルトが大好きなのだと実感した。

 いや、聞いたのは俺なので、今回に関しては攻めるつもりはない。非があるとすればオカルト話に繋がる様な問い方をした俺である。

「八尺様って言うのは身長が二四〇センチの女性で、特徴的な笑い声の怪異なんですよ。で―――」

「ああー萌! そう言えば、部長は何処なんだ?」

 直感的に話が長くなる事を感じ取った俺は、レジャーシートを手早く敷くと、そこに萌を座らせて、向かい合う形で横になった。こんな俺だが萌にしてみれば先輩だ。彼女は礼儀正しくも、俺の前で正座をした。正に『ちょこん』という擬音の似合う縮まり方である。

「え、部長ですか? 部長は……ホテルにでもいるんじゃないですかね。『俺も泳ぐ』とか言ってましたけど、今は見掛けてないですよ」

「え、あの部長が泳ぐのか? あの部長が?」

 酷い言い方だが、萌も頷いているので別にいいだろう。あの顔を隠すのが趣味と言わんばかりの彼が泳ぐなんて甚だ考えにくいのだが。

 俺は萌に顔を近づけると、誰に聞かれている可能性も無いのに、耳打ちした。

「お前、顔見たのか?」

「それが見えないんですよ? 私と話す時だけいっつも後ろ向くんですッ。他の人ならともかく、部員にくらい顔を見せてもいいと思うんですよ。先輩もそう思いませんかッ?」

「まあ、思うけどさ。ていうか部長ってフィールドワークの時ってやっぱり狐面なのか? 素顔の時とかってないのか?」

「素顔の時はありますよ。けどそう言う時って大体霧がかかって見えなかったり、森の中だから視界が悪かったり、背中向けてたりするんですよッ」

 隠蔽もここまで来ると感心である。何をそこまで隠したいのやら。素顔に余程自信が無いのか、或いは中二病で、自分が何らかの機関に追われていると思い込んでいるのか。クオン部長の謎は深まるばかりだ。

「今回こそって思ってたのに……部長ったら、またどうせ狐のお面付けてきますよ!」

「恥ずかしいだろうな」

 海パンで上半身裸の狐面男。最早字面だけで不審者である。彼本人は恥ずかしくないだろうが、常識人的なポジションにいる萌はかなり恥ずかしい筈である。尤も、今までがこうだったのなら、クオン部長が改善する事は無いだろうが。

「でも……先輩の顔が見れて良かったです」

「え?」

「部長って顔が見えないので、話してる時、不安になるんですよ。本当に私が話してるのは部長なのかなって……だけど、先輩は顔が見えるのでッ」

 その気持ちは分かる気がする。部室に呼ばれ、僅かに見える彼の口元を見た時、俺は心の底から恐怖した。とにかく不気味だったのだ。同じ人間の筈なのに、別世界の住人に見えたのだ。だから俺は、冗談半分ではあるものの、クオン部長はこの世の人物ではないと思っている。何処か別の国の住人で、だからオカルト部なんて怪しい部活をやっているのだと思っている。

 萌は可愛いので、違う。




「さっきから黙って聞いていれば、萌共々、随分好き勝手言ってくれるな?」




 部長を話題に意気投合していた俺達の会話を邪魔したのは、話題の中心に居た人物……クオン部長だった。既にその身体はプールに浸かっており、縁から頭だけ出してこちらを覗く様は、さながら井戸からこちらを見る幽霊の様であった。


 俺の思った通り、部長は狐面を…………被っていないッ?


 被っていたのは狐面ではなく、ガスマスクみたいに無機質な印象を受ける水中ゴーグル……ゴーグル? 目の部分がマジックミラーになっているみたいなので、例によって顔は見えない。しかし狐面が外れた事で不気味さが無くなり、ちゃんと上半身は裸でスパッツ型の海パンも着ている(見えていない。俺の思い込みだ)ので、人間味が生まれている。

 その分、マジの不審者感が増したが。

「ぶ、部長!」

 萌が俺を壁にする形で後退する。彼女の小さな背中が俺の胸にすっぽりと収まった。

「な、何でここに……」

「萌からもう聞いているだろう。フィールドワークの一環だ。ただ、こういう調査は夜に行うのが基本でな。それまでやる事もないから、泳いでしまおうという配慮な訳だ。萌、行くぞ」

「え? 行くって何処に」

「泳ぐんだよ。お前のその水着は水中運動用だろ。狩也君は狩也君で別の用があるんだ。邪魔してやるな」

 こいつ……俺のデートを知っている。

 何故知っている。俺が碧花とデートするなんて、誰かが知る筈は無いのだが。

 萌は一度俺を見た後、立ち上がった。

「それじゃあ先輩、そろそろ失礼しますッ」

「お、おう。じゃあな」

 クオン部長に連れられて、萌もプールにその身を沈めていった。最後にもう一度こちらに手を振って、二人は一緒に潜っていく。昼の前とはいえ、中々の人が既に入っているが、果たしてあの中を潜航する事は可能なのだろうか…………













「やあお待たせ」

 それから間もなく、碧花が戻ってきた。

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