夢か現か幻か、大体どれも一緒



 経験則として、水着などを除けばスタイリッシュな恰好をする事が多い碧花だ。今回の待ち合わせにも灰色のパーカーに短パンという、彼女らしい恰好で来ていた。まさか予想が当たるとは思わず、俺は言葉を失ってしまった。まあ着用しやすいという意味で言えばこれくらいの格好が正しいのだろうが、実はミニスカートとか履いて欲しかったりしたので、期待が外れたと思えばそうなのだが。


「お前、いつから来てたんだよ」


「んーそうだね。大体一時間前かな」


「早ッ! 暇じゃなかったのかッ?」


「待つ時間の楽しさというものもあるのさ。君には分かりにくいかな」


「まあ、動いてる方が楽しいからな」


 発言だけ見ると明らかな陽キャだが、俺は陰キャだ。単に無為な時間が嫌いというだけである。やはり人間というものは、交流にこそ楽しさを見出さなければいけない訳で……



 やめた。哲学的な事を言おうとするとボロが出る。



「とは言ったものの、一時間前に着いてしまったのは計算外なんだよ」


「ん? どういう事だ?」


「たまにはイメージチェンジのつもりでワンピースとか着て行こうと思っていたりしたんだ。でも君と行くのは海とかではなく、プールだからね。やっぱりやめたよ。慣れた格好の方が、下に水着を着ていても違和感が無いしね」


「え……着てるのか、水着」


 俺が碧花のへそから胸付近をガン見していると、不意に俺の額にチョップが叩き付けられた。上目で見ると、碧花が目を細めて俺を見据えていた。


「君の視力がどれだけ良くたって、透けてないよ。そういうのを選んできたんだから」


「うー……何でシースルーじゃないんだよ! 今、夏だぞッ」


 思い返すと、中々どうして酷い変態発言だが、碧花は「あのね」と続けて言った。


「海だったらそれでも良かったかもしれないけど、今回は待ち合わせをして、一緒に行くんだろ? 生地が透けてたら、道中でどれだけ見られる事か想像したことはないのかい?」


「いや……別に良くね? お前って綺麗な体してるし」


 これは本当に分からない。隠す、という事は見られて恥ずかしいから隠すのだ。言い換えると、その隠したいものを醜いと思っているから隠すとも。つまり、本来隠される様なものというのはセルライトの出ている足とか、肉割れの出たお腹とか、そういうものである筈だ。くびれがないというのも……女子的には、隠したいかもしれない。


 所が碧花はどうだ。同年代とはとても思えない様な抜群のスタイルに、隠すべき場所があるとは思えない。セルライトなんて顕微鏡を使っても見えないし、肉割れのあるお腹というよりかは、程々に引き締まった美しいお腹。そして有名な画家が描いたのかと疑う程に美しいくびれ。というか全体の曲線美。


 もう一度言わせてもらう。何が恥ずかしいのか分からない。


「そう言ってくれるのは有難いけど。私は露出狂でもなければナンパ待ちの女子でもないんだ。水着はお洒落だから幾ら見られても別に構わないけど、こうして服を着ている以上、内側を見られるというのは下着を覗かれている事と変わりない。恥ずかしいじゃないか」


「そういうもんなのか……」


「そういうものだよ。それとも、君は透けている方が好みだったかな?」


「え…………いやあッ? 俺は別に」


 完全に期待通りという訳ではないが、碧花が俺の彼女でもない以上、好みを押し通すというのも気が引ける。いや、彼女でも気が引けるけど。それにパーカーに短パンというスタイリッシュな格好も、それはそれで見るべき所があるのだ。短パンによって強調されている肉付きの良い太腿とか、服越しにすら擬音が聞こえてきそうなお尻とか。どこぞのオカルト部と違って体型マジックショーでもないので、何の服を着てもやはり胸は特に膨らんでいる。これはこれで、目が幸せだ。




 それに……独り占めできるものなら、していたいという気持ちがある。




 先程はどうして透けないのかと嘆いたが、逆に考えるのだ。プール内ではともかく、俺だけが碧花の水着姿を見られると考えれば、透けていない方がむしろお得感が強い。しかしそれを言えば間違いなく変態扱いされるので、俺は口は災いの元という事で、黙っておく事にした。


「そ、それじゃあ……七時にはまだ早いけど。行くか?」


「君に主導権がある。いつでもどうぞ」


「―――じゃあ、行くぞ!」


 碧花の手を取った瞬間、陶器にも似た滑らかな肌が俺の指に馴染んだ。それでいて夏だからか、柔らかい体温が伝わってくる。


 デートの始まりは、取り敢えず順調だった。

















 



 歩き続けて何時間か。俺が社会人なら手っ取り早く車を使っただろうが、碧花と二人きりで歩く時間は、下校を除き今まであったようで無かったので、俺としては時間が長いとは感じなかった。相も変わらぬ澄まし顔だが、それでも何処か、今日の碧花は明るい気がしたのだ。


 そして辿り着いた。天奈のアドバイスを丸ごと受けた場所……ではなく、幾つものアドバイスを受けて、俺なりに思いついたデート場所。


 碧花のワンピース姿等の件もあり、実は海の方が良かったのではないかと思ったが、それではいつも彼女に連れ回してもらっている時と変わらない。これは俺のデートだ。そう不安にならずとも、ここは水族館とホテルのついたプール。



 普通のプールとは訳が違う。



「おや、中々空いているみたいだね」


「幸運だなッ!」


 これが夏休みとかであれば、もっと人がいたかもしれない。只の休日にこんな所へ出向く俺の勇気だ。休日には変わりないので、空いているとは言っても、行列はあるが。


「まあこのくらいの行列だったら小一時間で済みそうだね……って何してるんだい?」


「ふっふっふ。碧花よ。これを見るが良い!」


 俺は鞄をその場に下ろすと、猫型ロボットよろしく高々と掲げた。通称無料入場券。またの名をフリーパス。これには碧花も驚きを隠せない様だった。眉が少し上がっただけだが、多分驚いた。


「……ここには、良く来るの?」


「いいや! この日の為だけに買ったとでも思ってくれ!」


 そして買ったのは俺ではなく妹だ。約束をしてから当日までの間に、彼女が買ってきてくれた。流石にお金は払っておいたが、彼女が購入してきてくれなければまずこうしてドヤ顔を繰り広げる事は出来なかったので、妹よ、感謝する。


 俺の渾身のドヤ顔に、碧花は開いた口が塞がらない。


「……君って、時々頭が残念だよね」


「ひでえ! でもこれで待たずに済むぞ!」


 しかしこれは団体入場には使えないので、俺はもう一つのパスを碧花に渡して、早速入場口へと向かう。待つのは嫌いだ。待っているだけなのは退屈が極まって死にかける。碧花がトイレに行ったらどうしようかと思ったが、流石にそんな事はないようで。






 施設の中に入ると、俺達の目の前に立ちはだかったのはこの施設全体のマップだ。入り口から見て左側がプール。上の方がホテル、右の方が水族館。真ん中は色々販売している所。ただ食事に関しては道中に碧花が持ってきている旨の事を言っていたので、間食程度にしか利用しないだろう。


「意外と広いんだな…………」


 ホテルに泊まりたい気持ちはあったのだが、如何せんお金が無かった。仮に泊まったとしても何も無かったとは思うが、それが可能性を潰していい道理にはならない。俺は人知れず肩を落とす。


「どうする?」


 後ろから碧花が尋ねてくる。大丈夫だ、落ち着くのだ。


「……そうだなー。取り敢えずレジャーシートを敷ける所を探そうぜ! 見た所エリア自体にも空白地点があるから、そこに敷いて、拠点にする感じでッ」


「ホテルは無視するという事で大丈夫かい?」


「お金がないんです済みません」


「……フフ。いいや、気にしていないよ。隣の芝生は青く見えるなんて諺があるけれど、私にしてみれば、君と一枚シートの上で過ごすのも、悪くない状況だ」


「そ、そうか? ならいいんだけど」


 何故か分からないがご機嫌なので、良しとする。


 プールのエリアに足を運ぶと、そこそこの人数が既に居座っていた。テントを張る親子も見えるし、俺と同じ……ではない、カップルが、レジャーシートの上でイチャイチャしていた。照り付ける太陽へのケアか、背中にサンオイルを塗っている。羨ましい。


 それとはまた違った意味だが、別の場所では年配の夫婦が仲睦まじそうに会話している。これは嫉妬とかそういう負の感情を抜きに、羨ましい。俺も誰かと結婚する事になったら、あの様にいつまでも仲良くしたいものだ。


「何処にしようか」


 イチャイチャカップルの隣は俺の精神が絶えられないので、俺は子連れ親子と年配夫婦の中間あたりを選択し、そこを拠点とする事にした。ここまで背負ってきた重い荷物を地面に下ろす。剣道部の荷物にしか見えなかった。中には防具など無いが。


「狩也君。私は少し用があるから、一旦離れるよ」


「用って……ああ」


 わざわざ聞くのは野暮である。


「じゃあやっとくよ。直ぐ戻ってきてくれよ」


「悪いね」


 碧花はそのまま休憩エリアの方へと歩き去ってしまった。もうすぐ彼女の水着姿が見られると思うと、何だか焦らされている感じがして、俺は微妙に気分が高揚してきた。この気分を維持できれば、デートの成功など容易いだろう。











「あれ、先輩? 奇遇ですね!」



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