妖しき美しき



 五時間など、本当に夢中になったゲームをやっていれば一瞬の時間である。そもそも長い時間というものは、時間そのものを意識するから長く感じるのだ。五時間は秒数に換算すれば一万以上もの秒数になる。それを意識すれば、そりゃ長いだろう。


 しかし逆に考えてみて欲しい。ゲームに意識を囚える事が出来れば秒数換算の法は適用されない。その瞬間だけ意識は存在を追放され、時間という者を感じなくなる。


 この感覚はゲームが好きであればあるほど、顕著に表れる。碧花との約束の時まで五時間と分かった時、俺は『まだ』と考えていたが、一時間を計測するつもりで時計を見た時、猶予は一時間を切っていた。


「あ…………やべッ」


 このままゲームを続けていると確実に遅れる。しかしどうした事だろうか。時間の見積もりが上手く行かなかったがばかりに、俺は1ゲームの最大ターン数を無駄に長くしてしまった。後十ターン以上残っている。二人プレイならばそれでもまだ短く済んだが、今回は最大人数でのプレイだ。一ターン自体長くなるのは必然の理。十ターンも経過すれば、小難しい計算などするまでもなく一時間程度は経過する。


 俺は猛烈にゲームをやめたくなったが、パーティーゲームは開始時点からイレギュラー的に人数が変動すると成立しなくなるのが欠点だ。特にデジタルゲームは、途中からCPUに交代なんて出来っこないので、猶更成立しなくなる。ひょっとすると俺が知らないだけで簡単に交代出来るゲームはあるのかもしれないが、今大切なのはそんなあるかもしれないゲームに配慮する事じゃない。少なくとも俺達のやっているゲームにはそんな機能が無いという事だ。


「むー。ここからどう動こうかなー」


 離脱機能の無いゲームにおいて他者に迷惑がかからない様に離脱するというのは非常に難しい。ほぼ脱出不可能と言っても良いだろう。お人好しの俺には無理だ。妹も、萌も、由利も。皆楽しそうにゲームに没頭している。この和やかな雰囲気を、俺一人の行動で何もかもぶち壊しにはしたくない。だがぶち壊しにしないと、約束に間に合わない。



 ―――最悪だなあ。



 ゲーム中の順位は二位と中々好調だが、約束に遅刻しない様にする算段は一切整っていない。『もうすぐ待ち合わせがあるから抜けるわ』は最終手段だ。何せ確実に雰囲気を壊す。


「蝶のように舞い、蜂のように刺すとはいかないよなー」


 これは格闘技じゃない。かの有名な言葉を引用したとしても、打開策とはなり得ない。追い詰められた事で無意識から出た独り言だったが、自分に話しかけてきたと思ったのだろう。天奈が返事を返してきた。


「お兄ちゃん分かってるじゃん。確かにここで派手に動くと二人に狙われる恐れがある。でも派手に動かないと一位は取れなくて、現状一位の由利さんに手が届かない。要は勝負の出所が大事なんだけど……今なのかなあ」


「どうだろうなあ…………」


 相手がどうだろうと俺にはそんなつもりは微塵もない。曖昧な返事を返しているが、これは思考を邪魔されたら困るからだ。時間は刻一刻と迫ってきている。この数十ターンをどう乗り切る。


 ゲームを終わらせれば、それが一番穏便ではあるが、時間に間に合わない。


 かと言って時間に間に合うように動くと、この雰囲気が壊れる。



 要は勝負の出所―――いつに、どう動くかが大事なのだ。そしてそれは、多分今じゃない。 



 タイミングが訪れるとすれば、それは一度きりのものだろう。今の所狙えるチャンスは一つだけ。俺が主体的に動くと考えつく限りではあらゆる方法が到底失敗に終わるので、狙えるとすればゲームに動いてもらう方法―――即ち、アイテム。


 俺達のプレイしているゲームはプレイヤーの所有する総資産の合計にて順位が決められるが、所持金が資産とされている点からも分かる通り、一種の経営シミュレーションである。ではそういったゲームにおいてのゲームオーバーとは何か。


 そう。借金だ。ゲーム的に言えばゼロ円を下回った所持金。マイナスと言えば分かるだろうか。現実で借金を多額抱えた会社がやがて潰れる様に、このゲームもまた、借金の持ちすぎは良くないものとされている。ボーダーラインはマイナス一億円。ここを一円でも超えた瞬間、プレイヤーは脱落する。




 ああ。俺はそれを狙っている。




 問題点が無い訳ではない。パッと思いつく限りでも二つ程ある。


 まず俺はそのリセットアイテム(強制的に終わらせる効力を持っているので便宜上そう呼ぶ)を持っていない。因みにそのリセットアイテム『黙示録』はルーレットで指名された相手の資産全額をそのままマイナスに反転するというクソアイテムで、後半になるにつれて資産がインフレしていくこのゲームにおいて確実に一人を殺せるアイテムだ。


 避けるには資産を少なく持っておくしかないが、それでは勝負に勝てない。これをクソアイテムと言わずして何と呼ぼう。これの入手方法はアイテムマスに止まって運よく手に入れるしかないが、抽選の枠に入る事すら稀なこのアイテムを残り十ターンで手に入れられるかは疑問である。


 次にルーレットという性質上、狙った人物を当てられないという事。俺はこのアイテムで自爆を図り、ゲームを降りる事で約束に間に合わせようとしている訳だが、目押しには自信がないもし他の人を脱落させようものなら、尚の事争いは激化して……俺はいよいよ脱出不可能と化す。


 ここまで言えばもう分かっただろう。俺は二つの運ゲーをクリアしなくてはならない。そしてその果てに碧花との蜜月の時がある。たとえ可能性が何パーセントだろうと、俺はやらなくてはならない。彼女と正真正銘二人きり―――恋人のように過ごせる時なんて、そう無いだろうから。


「あ、アイテムゲット~て。今更『借金取り』なんて要らないのよね」


 『借金取り』は相手の資産をマイナス一〇〇万円持っていく。序盤では最強クラスのアイテムだが、終盤まで来るとゴミカスも良い所だ。使われた所で蚊ほども痛くないし、何なら行動権を消費している分、使った側が損を被っているとすら思える。『黙示録』を引いて使わないプレイヤーは居ないので、出来ればここで引いてほしかった。そしてルーレットで俺を当てて、退場させてほしかった。


―――やはり俺がやるしか無いのか。


 アイテムマスは幾つもあるが、一ターンに二回行動出来るアイテムは大分前に使ってしまった。運ゲーの試行回数は残りターン数と同数。様子見などと甘い事を言ってはいけない。俺の目論見がバレようがバレまいが、全力でそれを狙うのだ。


「……俺の番か。」


 アイテムマス目掛けて、俺はサイコロを振った。


 一回、二回、三回、四回。何処のタイミングでも良い。



 只一度だけ、奇跡を掴めれば。






















 私は神など信じない。


 私は世界を愛さない。


 私は現実を受け入れない。


 私は罪を解さない。


 そうやって否定し続けた先に得た、私と彼の未来。彼だけを信じ続けた、私と彼の世界。彼と共に生き続けた、私と彼の現実。彼の為だけに犯した、私だけの罪。


「……後、三〇分」


 落ち着かない。一秒一秒を贔屓なく刻む秒針が鬱陶しく思って、先程から私は秒針を自分で回し続ける奇行に走り始めている。その自覚はある。が、辞めるつもりは毛頭ない。残り三〇分は、このくらいの速度で刻んでもらいたい。私が彼の事を一文字考えた瞬間に五分。そうなってくれれば、どれだけ楽か。



 あいしている。その一言だけで、三十分。



 これが丁度良い。私に時間など要らない。彼に全ての時間を、どうか渡してほしい。この身体は彼の為に育み、彼の為に使い、彼の為に生きているのだ。元よりこの身体は、彼に全てをオカされる事を前提に動いている。


―――君を私だけのものに、とは言わない。


 それは高望みと呼ばれるものになる。そうなればどれだけ嬉しいかは語るに語り尽くせぬが、縛るのは嫌いだ。強いるのは嫌いだ。好きな人には、せめて自由で居てもらいたい。


―――でも。


 逆で構わない。私を縛り、強いて、抑圧して欲しい。君の両手が届く範囲から永久に出られない様に幽閉して欲しい。そして君という闇で食らい尽くして欲しい。


 心まで喰らって、私を、君以外の煩わしい事を考えられなくなるくらいの廃人に…………こんな下らない現実なんて忘れてしまうくらい、壊してほしい。  


「…………早く、来ないかな……♪」


 秒針を弄るのにも飽き、私はそろそろ出迎える支度を始める事にした。この私を見たら、彼はどう思うだろうか。似合っていると、そう言ってくれるだろうか。


 だとしたら嬉しい。とても、嬉しい。 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る