放課後ストリーム

 萌が来るまで暇なので、俺は携帯越しに碧花と会話していた。

「―――お前、嘘だろ。流石に可哀想だよ、それ」

「いや、思わせぶりな態度をとる方がどうかと思うね。そう言う事ですから、悪いですけど、その告白には応じられません、先生」

 何と碧花、告白を受けながら俺と電話しているのである。幾ら何でも失礼過ぎるが、曰く「真面目に聞く気にもならない告白」らしいので……それがどういう告白かは想像もつかないが。


 そんな事より、先生だと?


「先生!? え……何。誰先生よ」

「この校舎の全域は記者もどきの新聞部に張られてるからね。何処に耳があるか分かったものじゃないから言わないよ」

「……ってかマジだったんだな。先生の中でもお前の事を性的に見てる奴が居るって」

 今までそんな様子が無かったから、碧花の美貌に尾ひれが付いただけだと思っていたが。しかしよく考えてみたら小学校の頃にも似た様な事があったので、最初から真実だったか。

「大丈夫。高校生とは違って、フラれたからって顔に出す先生じゃないよ。大人の余裕という奴だね。だから私が言わない限り、君は気付かないだろう」

「その言い方は、マジで教えてくれない感じだな」

「うん。まあ君がどうしてもって言うなら教えてあげなくもないけど、そんな暇ないでしょ。ツーショットは順調なの?」

「今の所お前と撮った奴だけだが」

「…………まあ、そんな事だろうと思っていたけどね。私が一人十役くらい演じようか? 案外角度を変えれば、別人に思われるかも」

 ……いや。

 顔をどうにか出来たとしても、あのスタイルの良さばかりは誤魔化せない気がするが。碧花は体型マジックショーではなく、まんまだ。胸にしろ、うなじにしろ、脚にしろ、腕にしろ、指にしろ、何処をとっても碧花は碧花。彼女にベタ惚れの俺なら絶対に見分けられる自信があるし、同じ様にベタ惚れの末逆部長が気付かない筈はない。

「大いに無理があるから遠慮しとくぜ」

「そう? でもまあ待ってよ。写真を見てからでも遅くないんじゃないかな」

「写真?」

「うん、写真。何かリクエストある? 応えられる限りなら応えてあげるよ」

 碧花の発言には悪意も他意もない事は分かっているのだが、男子高校生はそういった発言を全てエロい方向に考える生き物。瞬間的に脳裏を過ったのは、下衆の考えだった。



「じゃあ―――――」



 俺のリクエストを聞いた碧花は電話越しからでも分かるくらい困惑していたが、自分の発言を取り消そうとしない頑固さが仇となった。普段の話声の半分以下の声で、「分かった」と言った。

「……君ってさ」

「ん?」

「ピュアなのか、変態なのか、よく分からないよね」

「ば、馬鹿野郎! 俺はそういうエッチな目的で頼んだんじゃないぞッ? お前がどうしてもリクエストが欲しいっていうから、くれてやっただけで……」

 目に見える嘘というのはこういう事を言うのであり、これが素で出ている時点で俺は詐欺師には向いていない事が分かる。進路先が一つ減ったのは悲しいが、端から人を悲しませる詐欺師になるつもりはないので、むしろ幸運だったと喜ぶべきか。

 まるで今まで嘘を吐いた事が無い人みたいな反応を聞き、碧花は電話越しに微笑んだ。

「……フッ。そう動揺しなくても、私は君のそう言う所も素敵だと思ってるよ。でも一つ守ってほしい事がある」

「何だ?」

「今から君のリクエストに応える訳だけど、こんなはしたない姿、君以外には見せたくない。見たら直ぐに消してくれよ?」

「…………おう、分かった! 男と男の約束だ!」

「女だよ」

 撮影をする為/画像を送る為、通話が切れる。同時に俺は、我に返ってしまった。

 校門前で俺達は何つう会話をしているのだろうか。碧花が何を言ってるかは分からないだろうが、俺の言葉のチョイスが非常に不味い。既に何人かの女子から掃き溜めの中のミミズを見ているかのような視線を向けられて、実は結構辛かったりする。碧花との会話を続ければ続ける程、ツーショットの機会が減っていくというのはどういう理屈なのか。

 はたまたそれが、学校一の美人と友人付き合いをする代償なのか。


『送ったよ』


 リクエストがリクエストなので、校門前で見るには細心の注意が必要となる。俺は背後が壁であり、監視カメラなどの入り込む余地が微塵もない事を触って確認してから、恐る恐る送られてきた画像を覗き込んだ。

 俺が送ったリクエストはリボンを外して襟を緩めた状態で前かがみになりながら、誘っているかの様な表情でカメラに視線を向けるというものだ。



 多くは言うまい。完璧だった。



 碧花の豊満な胸を俯瞰して眺める事が出来る男子は俺だけだ。これが画像で無ければ、迷わず手を突っ込んでいるだろう。

 ただ、あちらからすれば携帯で自分の谷間を映しているのみに過ぎない。別に碧花は下ネタを振っても大丈夫というだけで、痴女ではない。流石に恥ずかしいらしく、誘っているかのような表情を作りながらも、見せたくないという羞恥が画像からでもひしひしと伝わってきた。


 滅茶苦茶そそる。下手なエロ本よりも興奮出来る。


 実はもう一つリクエストしていたのだが、『流石に学校ではしたくない』とのメッセージ付きで、丁重にお断りされた。因みにそのリクエストとは、


 女の子座りの状態で制服を持ち上げて口で咥えてもらい、ヘソを露出した状態。


 断られたのは別にいいとしても、その件についてついさっき似た様な事を言われたから、同じ事を返してやろう。

 碧花も碧花で、ピュアなのかそうでないのかが分からない。

 性欲処理が云々言ってきたり、自分の身体が性的な目で見られてる事を意にも介していない割には、こういう時、乙女すぎやしないだろうか。

 ―――実は押しに弱い?

 いや、まさか。あれだけ強気な彼女が実は押しに弱いなんて事があり得るだろうか。もしあり得たら、俺の煩悩は暴走する。ギャップ萌えという奴だ。キスを求められた時も感じたが、ギャップというのは素晴らしい。他人の知らない碧花を知れている様な気分になれるから。


『直ぐ消してね』

『おう、分かった』


 消す訳ない。こんな風に俺の頼みごとを聞いてくれるなんて滅多にないのだ。頼まれたって消してやるものか。

「………………フフフフフフ、フフフ」

 初めてエロ本を読んだ中学生みたいな反応をした自覚はある。校門を通る学生達が例外なく俺を見てドン引きしている事も気付いていた。それでも見るのをやめられない。無限に見ていられそうだ。




「せーんぱい!」




「どわあああああああああああああああ!」

 校門からひょこっと顔を出した後輩を見て、俺はすぐさま後ろ手に携帯を隠しつつ、スリープモードにした。俺が気味の悪い笑い声をあげている理由を知れば間違いなく幻滅するので、そうではないという事は、見られていないという事なのだろう。

 これが由利であれば真実がハッキリするまで問い詰めるのをやめなかったかもしれないが、萌は阿呆なので、特に疑う事もしなかった。阿呆とは失礼な言い方だが、今の素振りを見て怪しいとすら思わなかった女子は、阿呆としか言いようがない。

「どうかしました?」

「い、いや、何でも!」

 いつ萌に見られるか分かったもんじゃないので、俺は画面を見もせずに後ろ手のまま画面を操作。迅速に画像を消し、証拠隠滅を図る。

「お待たせしちゃって、本当にすみません! レクリエーションを御影先輩と一緒に考えていて……」

「レクリエーション?」

「はい! えっと、来年私は二年生になりますし、一年生を引き込むのって二年生の役目なんですよ」

「三年生サボってんのかよ」

「いや、クオン部長がサボってただけなんですけど! 三年生は飽くまでサポートで、主導するのは二年生なんです」

「不思議なルールだな。普通そういうのって、三年生がリードするもんだと思ってたが」

 帰宅部の俺が何を言ってもニワカにしかならないので、この辺りでやめておこう。レクリエーションという事は……成程、つまりはあれか。レクる事でオカルト部を親しみやすい存在にしようとしているのか。

 部員を増やすというだけなら、中々良い案ではある。

「それを考えてたので、遅くなっちゃいました! 本当にすみませんッ。先輩、怒ってませんか?」

「怒ってねえよ」

「私が行きたいから、先輩が待っててくれたのに。本当に、本当にすみませんッ」

「やめろ。本当に怒ってないから」

 ここまで謝られると、彼女が来るまで俺が行っていた行為が、どれだけ恥ずべき行動だったかが分かる。彼女が俺を待たせまいと一挙手一投足を一秒でも早くと努力していたその一方で、俺はエッチな写真を見てニヤニヤしていたのだ。怒られるべきはむしろ俺なのだから、むしろ怒って欲しかった。

 こうやって謝罪ばかりされると、終いには罪悪感に押し潰されてしまいそうで。

「俺の方こそ、ごめん」

 そう間を置かずに罪悪感に敗北した俺は、気づけば謝罪の言葉を口にしていた。



 萌は首を傾げた。

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