恋と幸福の間
「まほろば駅……?」
そんな訳がない。ここがまほろば駅なんていくらなんでも嘘だ。いくら碧花が言っているとしても信じられない。
だって、俺の知るまほろば駅は形容しがたい怪物や化け物がいっぱい居て、人っぽい奴なんて全然居なかった。
それにまほろば駅は電車を介さなければいけない筈。俺が介したのは電車ではなく邂逅の森だ。どう間違っても、ここがまほろば駅なんて有り得ない。
「そ、そんな訳あるかよ! ここがまほろば駅なんて冗談きついぞ碧花。だって俺は、電車を介してない!」
「それには……恐らく『王』が関わってる。君を見つけ次第文句を言いに行こうと思っていた所だ。さあ行こう……と言いたい所だけどね、君は食べ物を口にしてしまったからね。出たくても出られないだろう。あーさて、どうしたものかな……」
「ちょっと待ってくれ。勝手に話を進めないでくれよ!」
「何さ」
「俺……まほろば駅ってのも信じられないけどさ。もしまほろば駅だったとしても、帰りたくない」
気まずそうにそう言うと、碧花は渋面を浮かべて、俺の肩を掴んだ。
「それ、本気で言ってるの?」
「本気だって。そうじゃなきゃ言わない」
「こんな化け物だらけの世界が、君の日常だって言うの?」
「化け物なんかいない! いや、居るのかもしれないけど、俺の周りには良い人ばかりだ! ……最近さ、何かをどんどん忘れてる気がするんだよ。ハッキリ覚えてんのは俺が首狩族だって事と、お前の存在だけでさ。最初は出たいって思ってた。でも何で出たいのかを考えた時、答えが見つからなくて、考えてるうちに、その答えが俺を苦しめる気がして」
「……それで」
「ならもう、忘れたままで良いかなって思うんだ。俺の家族は皆ここに居る。お前も居る。だから……」
「いや、もういいよ」
俺の話を遮って、碧花は人差し指を立てた。
「君の気持ちは分かったが、その判断は早計だ。今、答えを出してしまうと、きっと後悔する事になる」
「どういう事だよ」
意味深な発言に俺が眉を潜めると、突然碧花が包帯の当てられた右目を抑えた。痛がっている様子は見えないが、爪まで立てているので、何か只ならぬ状態ではあるらしい。
「だ、大丈夫か?」
「……判断を下すなら、君の住む家の二階か、墓地を調べる事だ。墓を掘り起こせって意味だから、そこは勘違いしないでね」
「……勘違いも何も意味が分からないんだが」
突然墓荒らしをしろと言われても、やったことも無ければ、出来ればやりたくない。死者への冒涜をこれ以上重ねてしまったら、何か良くない事が起きる気がする。
「しかも家に二階があるってなんで分かったんだ―――」
彼女は決して俺の疑問にはまともに答えず、代わりに返ってきたのは頰へのキスだった。
不意に、しかもそんな雰囲気ですら無かったので、キスされて数秒後に、俺はその事実を受け入れた。
「―――な、何をッ!」
「今、君の心臓はどうなってる?」
「は? どうなってるって……そりゃビックリしてドキドキしてるに決まってるだろ!」
「じゃあ私はどうなってる?」
聞き返す暇もくれず、碧花は俺の手を掴み自らの乳房に押し当てる。服装の問題で露出度こそあまりないが、それでも明らかに丘陵が見えるくらい大きい。
「……や、柔らかい、です」
「それは嬉しいけど、違う。他に何か言う事は?」
「……揉み心地がいい、です」
多分心臓の音を聞かせたいのだろうが、その胸の大きさじゃ無理だと思う。胸に顔を挟めば恐らく聞こえるが、その場合俺は色々と大変な事になる。
碧花は溜息を吐いた。
「……話が成立しなくなった。君のせいだ」
「俺のせいなのッ? 俺が悪いのッ?」
「まあいいよ。私が生きてるか死んでるかなんて些細な事だ。取り敢えず、君は自分にも聞こえるくらいの心音を聞いた。それは間違いなく真実で、この世界で信じられる唯一の事実だ。君は生きている。少なくとも今は」
「何が言いたいんだよ」
「君を肯定する奴とやらに、同じ事をやってみろって言いたいんだよ」
「何だその言い方。気になるだろ。まあ、今のは分かったけど、じゃあ最初のキスはなんなんだ?」
「君に悪い虫がつかない様にっていう……おまじないだね。まあ気にしないでよ。お互いの舌を貪った仲だろ?」
「……嫌な言い方するなよな」
またも碧花はこちらの言葉を無視し、立ち上がった。
「押し倒したりして悪かった。手を貸すよ」
差し伸べられた手を掴むと、女性とは思えぬ膂力で、碧花は見事俺を立ち上がらせた。それから「動かないで」と告げた後、背面についた砂埃を手で払う。
「うん、大丈夫だね」
「なあ」
「何?」
「怒らないのか?」
「何を怒るのさ」
「だって判断を下すのは早計って言うけどさ……結局選ぶのは俺だし、もし墓地とかを見ても、俺がここに居たいって言ったら、お前は……」
ここがまほろば駅という事自体は未だに信じられないが、俺に本気かどうかを問いただしてきたくらいだ。彼女としては帰りたい筈である。
なのに碧花は、敢えて俺に判断を委ねた。俺にはそれがわからなかった。
「ああ。別に私は、あっちに未練がある訳じゃないから。君と一緒に居られるなら、たとえ地獄でも喜んで居座るよ。私は飽くまで君に幸せな日々を過ごして欲しいだけだ。私が教えた場所を見ても考えが変わらなかったなら、話はそれで終わり」
「……なんか、随分とあっさりしてるな」
「最初は驚いたけどね。家族とやらの事を話す君の顔、凄く楽しそうなんだもの。……負い目、感じてそうだし。妹が見たらきっと喜ぶんじゃないかな」
俺はその発言に違和感を覚えた。
碧花に妹なんて、居ないだろう。
しがらみのない世界は、素晴らしい。しがらみとは、私と彼の交流を阻む全てだ。それさえなければどれだけ良いだろう。まほろばがそういう場所ならば、私も留まるのは吝かではなかった。
でも違う。ここにはここなりにしがらみがある。しがらみが電車に運ばれてやってくる。お陰で電車がゴミ回収車にしか見えない。
……じゃあ、そろそろ動かないとね。
何故かオカルト部の面々が居たのには驚いたけど、丁度いい。人数が合わないから殺せないと思ったけど。
人数が溢れるなら、減らさないとね。
「さて、今はどうなってるかな」
次期当主様の方はそろそろ私がどういう立場に居たのかを知る頃かな。そうなったらもう手遅れだから良いとして、問題は狩也君だ。
何で食べてしまったのかは分からないけど、あれは『王』に文句を言ったところでどうにかなる話、なのかな。
……なるな。
その為にはする事があるが……アイツが適任だろう。
狩也君も見つかった事だし、アイツを後回しにする理由は無くなった。元々はどちらかを私の為に連れてきたんだけど、こうなったら仕方がない。
あまり使いたくないけど、正規の脱出方法は諦めて、あれで行こう。
確信を持った足取りで、私は自らの考えを実行すべく、歩き出した。
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