遊び続けなくちゃいけない

「そういえばさ」

「ん? どうかしたの」

「なんでクラッカーなんか構えてたんだ?」

 再会に喜んでいてすっかり忘れていたが、それのせいで俺は尻が痛くなった。妹には説明の義務がある。

「別に構えてた訳じゃないんだけど。碧花さんにね、ちゃんと機能するかどうか確かめてほしいって言われてて」

「なるほど。扉の方を向いていたのは?」

「特に意味はないよ」 

 あっさりそう言った妹の顔に反省の色は無かったが、それで俺が怒る、という事は無かった。あれはどちらかと言うと、俺に責任がある話だから。

「私からも一つ聞いていい?」

「お? 兄貴に質問たあ珍しいな。どうかしたか?」

「……私ってさ。どうして小さいんだろうね」

「ん? いや、それを俺に聞かれてもな……モデルみたいな長身って日本じゃ中々いないし、小さいのは当たり前というか」

「そっちじゃない! こっち!」

 天奈は自らの胸を指して、自嘲した。

「碧花さんと一緒にお風呂入った時にね、思ったの。女性として負けたっていうか、勝ち目を感じなかったっていうか」

「何の勝負してんだよ!」

「だからって豊胸とかするつもりはないけどさ。あれくらい大きかったら、私もリア充になれたのかなあって思っちゃって」

 内容そのものは実に下らないが、それは男である事に加えて他人である俺から見た深刻さだ。本人にすれば、もしかしたら生きるか死ぬかに等しい問題かもしれない。

 俺は直ぐにふざけるのをやめた。真面目な話かどうかはともかく、妹がせっかく言い出してくれた悩みに真摯に向き合うのが理想の兄貴というものだ。

「彼氏欲しいのか?」

「私だって女の子だもん。彼氏くらい欲しいわよ」

「お前可愛いんだからその気になりゃ出来るだろ。いいか? 全人類の男性が巨乳好きなんて事はないんだぞ?」

「でもお兄ちゃん、大っきいのが好きでしょ?」

 俺と天奈を囲む空間が、一瞬凍結する。オープンにしていた性癖だから今更どうという訳では無いのだが、知られているのと言われるのでは大差がある。取り敢えず反論としてその事実を用意されると、当人である俺には返しようが無いのでやめてほしい。

「……否定はしないが、俺を全男性の基準にするな。夜道で刺される。いいか、胸が女性の価値の全てじゃないんだ。それにお前が碧花に勝ったとか負けたとか、そういうのは下らない争いなんだぞ?」

「どういう事?」

「競う必要なんて無いって事だ。十人十色とあるように、人の魅力も千差万別。お前は、お前の魅力を高めていけばいいんだよ」

 少しは兄貴らしい事が言えたかな。本心からの言葉ではあるので、どうか彼女の心境に影響がある事を願う。事実として天奈は可愛いのだ。勝手に碧花へ挑んで自信を失うなんてもったいない。

 妹は頬を染めて、俺の腕にくっついた。

「…………ふふ。ありがとッ。お兄ちゃんもかっこいいから、自信持ちなよ」 

「サンキュー。じゃあ卒業までに彼女出来なかったら、お前が責任取ってくれよな?」

「ええ……お兄ちゃんはちょっと……異性としては」

「だろうな」

 生活サイクルが違えば、こうして触れ合う機会も少なくなる。久しぶりに妹と下らない事を言い合った気がして、楽しかった。やはり家族とは良いものだ。唯一の肉親という補正はあるだろうが、それを差し引いても、家族とは、良い。恋人や友達とはまた違った関係性が、たまらなく心地よい。

「あ、そうだ。ねえお兄ちゃん、私料理上手になったんだ! 夜ご飯任せてくれない?」

「任せるも何も、俺は簡単なのしか出来ないし、そのつもりだったが。因みに何作ってくれるんだ?」

「…………残り物次第?」

「料理上達関係なさそうだな……」

 下らない事を喋りながら歩いていると、一瞬で我が家まで到着した様に感じた。脳がこの一時を楽しい時間だと認識したから起きた現象である。


 夢中になってゲームで遊んだら、時間が直ぐに経過しただろう? 


 友達とふざけてたら、直ぐに暗くなっただろう?


 楽しければ、俺達は幾らでも異能力者になれる。時を加速し、超越し、時には停止させる事さえ出来る。『首狩り族』と呼ばれる俺でさえ、例外では無かった。



「狩也君」



 俺達が我が家の扉に手を掛けた時、丁度背後から碧花が声を掛けてきた。ただしその声は、いつになく真剣で、その面持ちは、いつになく神妙だった。

「碧花……準備は終わったのか?」

「その一環でここに来た。クリスマス会を最大限楽しむ為には、この件を片付けておかなきゃならないと思ってね。ちょっと時間をくれないかな?」

「俺はいいけど、天奈は…………」

「あ、大丈夫だよ。行って来れば?」

 いつもの碧花は確かに鉄面皮だが、話してみれば以外と愉快だったりする。しかし今の碧花にユーモアは欠片も感じない。本当に真面目な話をするつもりで来た事は、直ぐに分かった。


 天奈の後押しも受けて、俺を躊躇わせる要素は、一つも無くなった。背中で同行を求めてきた碧花に従い、俺達は何処かへと向かい始めた。


「一つ、言っておくよ。これは私の、罪の告白だ。君が許せないと言うのなら、金輪際君には関わらないようにする」

「罪の……告白?」

「私は、君に許されない事をした。オミカドサマの一件を経て……どうも、隠し通せる気がしなくなってね。いつか誰かにその情報を流されて、君からの信用を失いたくないからさ。なら、先にバラしちゃおうって思って」

「―――待て。何の話だ? マジで何を言いたいのかサッパリなんだが」

 天奈が生存していた時点で、碧花が頭のおかしい殺人鬼という線は無くなっている。妹がまさか俺に出鱈目を言う筈も無いし、そこは信用していいだろう。だからこそ碧花の言う『罪』とやらが分からなかった。

 俺の疑問には答えず、碧花はまたこちらに尋ねてきた。

「―――君はさ、一度でも疑った事は無かったの?」

「何をだよ」

「私の事だよ。君と関わった殆どの人間は、君も含めて何かしらの被害を受けている。その中で私だけが、無傷。普通の人なら、私が何かしてると考えたっておかしくない。でも君には、そんな素振りは一切見られなかった」

 …………話の流れで、理解した。これは真面目も真面目。大真面目な話だ。この話の行方次第で、俺と碧花の関係性には間違いなく変化が訪れる。良かれ悪しかれ、それは間違いないだろう。

 俺もすっとぼけている場合では無さそうだ。

「…………疑わなかったんじゃない。疑いたくなかったんだ」

「それはどうして?」

「お前との約束だ。どんな時も味方でいるって誓ったろ。それを誓ったからには、果たさなきゃな。つっても少しは流石に疑ったりしたが……きつかった。信じる為に疑う事すら、したくなかった。それは、本当に味方なのかなって思ってさ」

「……そう」

「それに俺はさ。お前に依存してるんだよ。小学校からここまで俺に寄り添ってくれたのはお前だけだから。下手に疑って何かすれば、俺はお前を失う事になる。それが怖くて怖くて―――だから、疑おうとは思わなかった。目を瞑ったままでいれば、このままの関係が続くと信じていたから。後……」

「まだあるんだ」

「動機が無い。被害に遭った奴等は俺と接点こそあれ、お前とは接点が一切ない奴だって居た。そう言う奴等に手を出すには動機が必要だ。今までの付き合いで、お前が動機無しに動くような奴じゃない事は分かった。まあ、そのくらいだな。お前を疑わない理由は」

 俺は自分の目で見た事しか信じない。そうでなければ、要らぬ邪推でいつか一人ぼっちになる気がした。彼女には言っていないが、そういう理由もあって、俺は碧花を疑わない。疑いたくないから疑わない。

 ほら、これっぽっちの事でも動機が必要なのだから、やはり動機は必要だろう。



「この辺りで話そうか」



 気が付けば、俺達は河原の中に足を踏み入れていた。別段楽しい時間とは言えなかったが、時間が加速した様に感じたのは、空気が張り詰めていたからだろう。高校生的に例えれば……テストを解いている時が、それに近い。

 頭の良い奴には分からないだろうが、頭の悪い奴が問題に取り組み、ふと時計を見ると、制限時間がギリギリだったりするのだ。

「これ、渡しておくよ」

 碧花が無造作に俺の足元に投げつけてきたそれは、刃渡り十センチ程度のナイフだった。

「……これを、俺にどうしろと?」

「今から罪を懺悔するけど。どうしても許せなかったら、それで私を殺してほしい」

「は? いやいやいや。俺がそんな事しないって、分かってるだろ?」

「さてどうだろうね。君次第だよ、それは」


 意味深な言い方で碧花は一旦言葉を切ると、改めて、本題を切り出した。


「私がどうして君の『首狩り族』を嘘っぱちと言ったか、分かるかい?」

「慰めてくれてたからだろ」

「……もう一つ聞こうか。君の『首狩り族』は時たま君自身に牙を剥くね。七不思議の件も、オミカドサマの件も、八尺様の件も。それは何故かな?」

「………俺の運がクソ悪いからだろ」

「成程、そういう認識だったんだ。なら今からその認識は変わる―――私はね、一度だけ殺人を犯した事があるんだ。その人を助ける為に、法を犯したんだ」

「―――誰を殺したんだ? 死体は」

 尋ねはしたが、俺にはその答えが薄々分かっていた様な気がした。何故ならそれは、出来るだけ彼女を疑おうとしなかった俺でさえも、引っかかった所だったから。

 答え合わせを待つかの如く、俺は唾を呑み込んで、答えを待った。

「…………オミカドサマでは緋々巡りにて死体を魂に吹き込んだ理由は、彼女の遊び相手とする為だったね。同様に、私も死体に魂を吹き込んだ。目的上は救う為で、ルールの上では遊び相手を作る為にね」

 俺の脳裏にオミカドサマの言葉がフラッシュバックする。


『マダアソビアタリナイノ?』


 一人かくれんぼは一定時間内に終わらせないと霊が帰ってくれなくなる。そしてその霊は霊道となり連鎖的に他の霊を繫ぎ止め、あの世とこの世を曖昧にしてしまう。


 緋々巡りの流れを一部受け継いだ降霊術が、一人かくれんぼ。


 一人かくれんぼではぬいぐるみを遊び相手として使うが、緋々巡りから派生した以上、それと同じ性質を持っている事に変わりはない。


 俺の『首狩り族』は時に俺自身に、そして俺に関わりある者へ牙を剥き、甚大な被害を与え、時には死に至らしめる。犯人を捜そうにも証拠はなく、警察も手掛かりを掴めない。もし、それが霊の影響によるものだったら? 全て、非現実の存在が行っていたとしたら?


 それに加えて、クオン部長は言っていた。


『一人かくれんぼが何処かで行われ、今も続いているせいで他の怪異にまで影響が及ぼされている』


『全ての元凶は君なんだよ』


 これらの要素から、そして碧花とオミカドサマの発言から総合するに、つまり―――


















「私が殺した唯一の人間。それはね―――君なんだよ。狩也君」


 ―――そして。


「今まで起きた全ての事件、元凶が君だったとしても、発端は私にあるんだ」

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