誓いの×××
お前は既に死んでいる。
碧花から真実を告白された時の俺は、正にそれを言われた様な気分だった。自分事にも拘らず、まるで実感が湧かない。
―――俺が死んでる?
確かに、その件については引っかかっている事があったから、そう言われれば合点がいくというか、彼女の発言の真意は分かった。だが、それはそれとして俺は生きている。俺自身がそう言うのだから間違いない……と思っていた。
いや、生きている事には違いないのだろう。他の生者と違う点は、一度死んでいるという事だけ。では尋ねたいが、一度死んで生き返った人間は、果たして『人間』と言えるのだろうか。その生き返っているという事実すら、厳密には『死体に魂が入っている』だけ。
もう一度聞くが、そんな状態が『人間』と言えるだろうか。
「…………君はあの訳の分からん奴に刺されて、瀕死の状態だった。いつ死んでもおかしくなかったし、まだ小学生の私にはどうしようもなかった。だから……ああするしか無かったんだ。君を助ける為には」
「……初めて俺を殺した時、お前はどう感じた?」
「まともな感性じゃ人なんて殺せない。私もそうだった。包丁で君を刺そうとしても、今にも消えてしまいそうなくらい弱っている君を見ている内に手が震えてきて。震えを無理やり抑え込んだら、今度は涙が出てきちゃった。でも、だからって君が緩やかに死んでいく様子なんて見ていられなかったから……頑張った」
涙こそ見せないが、その時の彼女の心情たるや、察するに余りあるものがある。やはり彼女も一般人だ。殺しに抵抗がある。萌や由利は自分達を殺そうとしていたと言うが、俺を殺す事にここまで抵抗を感じる彼女が、二人を殺せるだろうか。
いや、無理だろう。
「何で隠してたんだ?」
方法がどうあれ、彼女は死ぬだけだった俺を助けた事に変わりはない。あの場で俺が死んでいたら天奈は一人ぼっちになっていただろうし、後々の事まで考えると、萌も藤浪にレイプされていた可能性が高い。結果論ではあるものの、碧花は善行をしているのだ。後ろめたい事では決してない。
なら、隠す理由も無い筈である。
「君は……さ。自分が半分化け物になっているという事実を、受け入れられたのかい? 今はどうか知らないけれど、当時は、そんな風には見えなかった。教えていたらきっと、君は発狂して、自殺していたんじゃないかとすら思うよ」
「―――じゃあ、俺の為に?」
「君には楽しい人生を送ってもらいたかった。それを妨げる様な障害は排除しなきゃいけない。本当はこれからもずっと隠し通すつもりだったんだけど……最近、変な事が続くだろ? 変に隠して君に疑われてしまうくらいなら、嫌われる覚悟で、殺される覚悟で話した方が良いかなって思ったんだ」
俺に限った話ではないが、特別な訓練でも受けない限り、嘘を見抜くという行為は中々難しい。だが何故だろう。根拠は無いが、彼女が嘘を吐いていないという事だけは分かった。水鏡碧花という女性は、紛れもなく俺の為だけに、今まで罪を背負ってきたのだ。
全てを話し終えて、碧花は鷹揚に手を広げた。
「以上だ。君の答えを聞かせてもらいたいな」
「俺の……答えか」
「うん。安心してくれ。私は抵抗なんてしない。君が殺したいと言うなら大人しく殺されるし、顔も見たくないなら学校だってやめる。君の為だったとはいえ、私はそれくらいの事をした。君を化け物にしてしまった。受けて当然の報いだ」
俺は足元のナイフを拾い上げて、何となく空を仰いだ。こんな隠し事があったんじゃ、確かにクリスマス会なんて楽しめない。俺は楽しめても、碧花はずっと罪の意識に苛まれていただろう。
それはパーティとは言わない。パーティは参加者全員が楽しめて初めて成立するものだ。誰か一人でも嫌な思いをしたら、パーティの雰囲気はぶち壊しである。丁度、俺の家で行われたパーティが正にそんな感じだったが。
碧花は一向に動かない。俺が答えを出してやるまでは、一歩も動かないだろう。ナイフを持った手を固く握りしめながら、一歩。また一歩と、俺は碧花に接近していく。
「碧花。目、瞑れ」
俺に言われた通り、彼女はあっさり目を瞑った。こちらの出した答えが何であれ、彼女は全てを受け入れるつもりでいる。気のせいかもしれないが、目を瞑った彼女は肩の重荷が下りたみたいに、穏やかな表情を浮かべていた―――
「これが、俺の答えだ」
俺は彼女の後頭部と背中を抱きしめると、躊躇う事なく唇を重ねた。
「………………ッ?」
どんな答えであろうと受け入れる準備をしていたであろう碧花も、突然唇を重ねられる事は想像していなかった様だ。暫く無反応だったのがそれを証明している。キスされていると気が付くや、直ぐに俺を突き離そうとするが、今度ばかりは離れない。渾身の力で彼女を抱きしめて、その唇を貪り続ける。
「んッ……んぐ……! ん…………んん!」
由利の時とは訳が違う。これは俺が、自らの意思で、望んで行ったキスだ。本気度が違う。答えと呼ぶに差し支えない覚悟を込めている。
五分以上も唇を重ねた後、俺はようやく唇を離した。碧花の顔が赤くなっていたが、きっと俺の顔も同じように変わっているに違いない。これ程、顔が熱いと感じた事は今まで無かった。
「…………ん! ……はあ……はあ…………はあ。な、何、どうしたの急に」
「あの時は出来なかった……だろ。だから―――その。次する時は、俺からしたかった。これが、俺の答えだよ……俺はお前と離れたくないし、お前みたいに生き返らせる事が出来る訳でもないから殺さない。俺は――――――お前と一緒に居たい!」
「……私を、許すって言うのかい? そんなの、君らしくないよ。君は人殺しが嫌い―――」
「俺はお前と約束した! どんな時でも味方でいるって、傍に居るって! お前から破らせようとするなよ! あの時ちゃんと約束しただろッ? 死ぬまでじゃない。死んでも―――約束は守る。そうやって指切りげんまんしたじゃないか」
「確かにそう言ったけどッ! 私は……君を殺してるんだよ? 自分を殺した奴を恨まないって言うの?」
「恨まない!」
碧花を失いたくなかった。今後の関係がどうあろうと、俺の人生を語る上で彼女の存在は外せない。その存在があるだけで、それは生きる理由になる。碧花の居ない世界なんて、考えられない。
「何で……君は、躊躇いなくそんな事が言えるのさ」
明日も明後日も、俺は『遊び相手』として碧花の傍に居る。そして彼女と共に生き続ける。救ってもらったこの命が尽きる、その日まで。
ああ、そんな関係を何と言うのだったか。いや、それは考えるまでも無い。俺はその答えを知っているし、今後忘れる事も無いからだ。
俺が俺である限り。『俺』が『オレ』であったとしても。
「…………だって俺達。友達だろ?」
俺の答えを聞いた碧花は、とても嬉しそうに微笑んで、
「…………そうだね。私達は、『トモダチ』だったね」
奇しくも、俺の出した答えは、あの日交わした約束に対する答えと全く同一のものだったし、碧花の反応も全く同一のものだった。
あの日から俺達の関係は、何も変わっていない。けれども今日、少しだけ俺達の関係は前進したのかもしれない。
二度目のキスをする。今度はお互いの気持ちを確かめる様に。お互いの繋がりを……深める様に。
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