基本的に女性は怖い
保健室まで足を運んだ所で、俺は痛恨のミスをした事に気が付いた。那峰先輩の事だから保健室に居るだろうと思っていたが、放課後に保健室に留まっている奴は居ない。会うなら、昼休みに会うべきだった。
「…………」
苦笑いを浮かべて、思考が停止する。碧花の膝枕を使って眠るべきでは無かったのだろうか。いや、それはないか。睡眠不足でまともに思考を回せなかっただろうし、ぶっちゃけあれだけ間近で彼女の巨乳を眺める事が出来たのなら、それだけでやり得というか、役得というか。
って違う違う。そこまで嬉しかったならまたしてもらえば良い話だ。今はツーショット写真を集める為に行動しなきゃならない。予定が狂ったとはいえ、それは変わらない。
―――また病院に行くのか。
嫌という訳じゃないが、果たしてノアを捌きながら奈々とツーショットを撮れるだろうか。スリーショットになったら多分無効写真になるだろうから、そこは気を付けたい。幸先が良いとはとても言えない出だしだが、前向きに動いていこうではないか。
もしも俺が勝ったら、碧花もご褒美の一つや二つくれるだろう。その時にはあんな事やそんな事を……むふふ。あの仏頂面が羞恥で崩れる様を見てやるぜ。
いやまあ、実際にそれをするかどうかは置いといて。俺は単純な人間なので、餌を用意しておけばそれを原動力として動く事が出来る。
と言う訳で思い立ったが吉日。病院に向かうとしよう。
今日は碧花が居ない。クリスマス会に向けての準備があるから。
今日は萌が居ない。俺の家で安静にしている筈。
今日は由利が居ない。俺の家で……萌以上に安静にしていてもらいたい。どうやってあれだけの負傷を西園寺部長が治したのかは不明だが、包帯を外せない程度にはまだ重傷である。マジで動き回らないで欲しい。
こういう時間はあまり好きではない。俺が何よりも拒みたい時間。病院へ向かえば、記憶喪失中とはいえ友人関係にある奈々と、幼女版碧花ことノアが迎えてくれる。でもその間は一人ぼっちだ。
―――今更なのは分かってるんだがな。
人が死んで、居なくなって、傷ついて、壊れて。決定的だったのは二人の負傷か。あれを見てから、どうにも俺は、信じられなくなってしまった。いつか碧花も萌も由利も、全員俺の傍から姿を消してしまうんじゃないかと思う様になってしまった。俺には、何も守れないのではないかと考えてしまう様になってしまった。
力が欲しい。
そんな事を願っても、俺は悪の大総統にもならないし、正義の味方にもならない。世の中はそう上手くいかない事を俺は知っている。上手くいくのなら、俺は『首狩り族』の被害に遭った全ての人間を助けているだろう。または早々に碧花をメロメロにして、今頃ラブラブで甘々な生活を送っているに違いない。
童貞なんぞ、とっくに卒業していて。
「…………そんな事、無いよな」
強いと思い込む事すら、今の俺には困難を極める。本当に強い人を……クオン部長や西園寺部長を知っているから。喧嘩も出来ない、勉強も出来ない。そんな俺の何処が強いと言うのだ。明らかな偏見と受け取ってもらって構わないが、パッとしないクラスメイトでも、俺よりは強いだろう。きっと、何かしら強みは持っている。
ネガティブ思考の悪循環に気付き、俺は一時的に思考を中断した。悪い癖だ。本当に中々直らない。ポジティブシンキングを特別意識していても居なくても、結局はここに行きついてしまう。今でさえ、『本当にこの道を進んだら病院に辿り着くのか』という不安に駆られている。当然、到着するというのに。
この方針で考え続けると、終いには心が壊れてしまいそうだ。一旦変えた方が良いだろう。
病院に到着したら、ノアに膝枕でもしてもらおうか、それとも奈々に甘えようか。
後ろ向きの思考を切り替えるべく、下らない妄想に手を出した俺が道の続くままに歩いていると、前方約一〇〇メートル先で、暴動が起きていた。
「どけよ神乃かんの! お前には関係ないだろ?」
暴動、というのは少々誇張表現だった。正確に言えば男女の痴話喧嘩……も少し違うかもしれない。
全体の人数が五人、内、男子三人、女子二人。神乃と呼ばれた女子の後ろに、見るからに内向的な女子が一人。その女子に何か用があるらしい男子が弧の形に展開している。穏やかな雰囲気では無さそうだが、俺が首を突っ込むべき事件とも思えない。
制服も、他校―――九蘭高校のものだし。
だからと言ってあそこを無言で通り抜ける度胸は無い。道を塞ぐ形で何やら口論しているあっちが悪いのだとしても、あれを通り抜けるにはよっぽど急ぎの用があるか、車を使うかくらいしないと無理だ。
俺は近くの自販機に身を寄せて、様子を窺ってみる事にした。他の道を通る事も考えたが、この口論が十分以内に決着するなら、その選択はかえって遠回りになる。一度立ち止まるのも、悪手とは言えない。
「関係ないのはアンタ等も同じだよね? 私のダチを三人で襲おうなんて良い度胸してやがるよ。これはよ、コイツとコイツの彼氏の問題であって、お前等みたいな腰巾着が首突っ込んで良い問題じゃねえんだよ! 分かったらさっさと帰れ。そうしたら私も帰ってやる」
神乃と呼ばれた女子は、見た目こそエアリーボブの可愛らしい女子だが、聞いての通り相当口が悪い。その圧力と言ったら、チンピラのそれと全く同一ではないかと思われる。
「んだとお!?」
あーこれは終わらない。十分で決着するなら待った方が得だという判断だったが、結果的には悪手となってしまった様だ。反省反省。
今ならまだロスも少ないだろうから、俺は潔く待つのを止め、遠回りな道を選ぶ事にした。決して、神乃とかいう女性が怖い訳ではない。いや、本当に。あの女子を恐れている訳ではないのだ。あんなのよりも、碧花がマジ切れした時の方がよっぽど恐ろしい。この国自体は至って平和なのに、彼女のお陰で俺は本物の殺意というものを知った。
それに比べればあんなの、カスみたいなものだ…………と。
進路を変える直前に、俺は足を止めた。
―――これ、チャンスじゃね?
あの二人を助けてやれば、ツーショットの写真を二枚増やす事が出来る。おおよそ一名、見ず知らずの高校生の頼みなんか聞いてくれそうには見えないが、物は試しだ。それに、俺があの女子を本当に怖がっていないと証明したいなら、不本意で無粋だが、割って入った方が良いだろう。神乃とかいう女子に対して今にも殴りかかりそうな男子三名も、見ず知らずの相手に殴りかかる程常識がない訳じゃあるまい。
俺は深呼吸をした。蝋燭歩きと一度は対決した者が何を怯える。相手は只の人間だ。俺と全く同じ、普通の。
怖がる必要は無い。要はいつもの調子で、救済のヒーローを気取らずに割り込めばいいのだ!
……いつもの調子って、どんなんだっけ。
「グッドイブニング! やあ健全なる高校生諸君ッ、元気かなッ?」
自分のいつもの調子という奴が思い出せなかった結果、俺は盛大にスベり、絶対零度の視線を貰う事となった。
物理法則に基づき俺の細胞も活動を停止するが、貰った視線の温度は概念的なものである事に気付き、再び動き出す。恐らくは二人以上に関係のない人物の乱入に、この場に居る全員が考えただろう。『誰、こいつ』と。
それもその筈、俺の『首狩り族』は飽くまで俺が居る場所での噂に過ぎない。頭のおかしい奴等しか居ないオカルト部なら他校だとしても知っているかもしれないが、一般高校生は流石に知らないだろう。被害なんて別に無いし。
これ以上そんな視線を向けられると、いよいよ概念的な話では問題が片付かなくなるので、俺は早々に暑苦しくてうざい感じのキャラを捨てた。
「ああ、ごめん。俺は首藤狩也ってんだけどさ……ここ、道のど真ん中なんだよ」
「おおん? それがどうかしたってのかッ?」
訳の分からない奴に乱入された(自分で言うな)せいで、男達の気は先程の何倍もピリピリしていた。でも全然怖くない。碧花はこんなもんじゃない。壮一の方がまだ迫力があった。
「いやだからさ、病院とか行きたい人にとっては邪魔なんだよ」
「だからどうしたつってんだろ!」
「何だテメエ!」
「神乃の彼氏かッ?」
背後から断固たる拒絶が聞こえた。
「違うし、誰かも分からん」
助けに入ったのにあんまりな言い草だが、二人にしてみても俺は『誰?』と言われて仕方ない存在なので、恩を着せるつもりは毛頭ない。恩着せがましい男は嫌われると、随分前に学習している。
相手に恩を感じさせたければ、まずは結果を見せなくては。それを見て相手がこちらを信用する事で、初めてそこに恩が生まれるのだから。
「部外者はすっこんでろ!」
「確かに部外者だけど、さっきも言った様にここは道路で、公共の場所だ。いつまで経っても喧嘩されてちゃ迷惑だから、仲裁に来た」
「仲裁だあ?」
「そういう事。と言う訳で君達。初対面でいきなり悪いけどさ―――」
「取り敢えず、今日の所はどっか行かないと、警察呼ぶぞ」
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