コネクション

 キーンコーンカーンコーン。



 寝不足下で行われる睡眠は非常に深い所にまで意識を落とし込むが、高校生の性分か、鐘の音は目覚まし時計の何倍も効力を持っていた。


「うわあっ!」


 鳴り終わるよりも早く俺の上体は跳ねたが、それを受け止めたのは、めちゃくちゃに柔らかい感触だった。



……?



 ちょっと理解が追いつかない。取り敢えず落ち着いて、もう一度頭を下げてみる。するとどうだ。ついさっきまで忘れていた眠る前の記憶が、嘘の様に舞い戻ってきたではないか。その事から、俺が眠っている場所、位置。ついさっき俺の行動を妨げた物体が明らかとなった。


「…………おはよう狩也君。起きたみたいだね」


「碧花……すまん」


「ん、何の事?」


「いや、さっきの……お前の胸に、激突した事」


 そう。碧花に膝枕されている前提がある以上、頭を起こせばそこにあるのは圧倒的巨乳である。下着越しで制服越しでも分かる、その柔らかさ。胸以外にあるものか。碧花ソムリエの俺が言うのだから間違いない。


 というか目の前の質量を持った暗闇が、それを証明してくれている。


「いや、気にしなくていいよ。それより……鐘が鳴っちゃったね」


 何処か名残惜し気に碧花が呟く。俺は眠っていたので一瞬でしかないが、彼女は昼休みが終了するまで、何をするでもなく、俺の枕としてずっとここに居たのだ…………ってあれ。何かおかしい。


 それだとまるで、彼女がこの時間が終わるのを悲しんでいる様ではないか。


「もっと昼休み欲しかったのか?」


「そりゃあね。私だって怠けの好きな高校生だ。授業よりも休み時間の方が好きに決まってる。この時間が永遠に続くなら……それに越した事は無いんだよ」


 流石にこれ以上膝枕のお世話にはなれないので、俺は足を伸ばしている方向に身体を滑らせて、この至福の状態から脱出。碧花はほんのり頬を染めて、俺の方を見ていた。


「もうすぐ、クリスマス会だ。招待した事は覚えてるよね?」


「お、おう! 勿論ドタキャンなんかしないぞ!」


「分かってるよ。その準備の為に、今日は色々と動かなくちゃいけない。君のツーショット写真集めには付き合えないけれど、頑張ってね。応援してるから」


「…………応援してくれてるのか?」 


「最初から応援してるよ。あんな人と交流を持つのはまっぴらごめんだからね。相手が舐めてくれると助かるんだろうけど、そうもいかなそうだ。どうも私にご執心らしいし」


 ご執心も何も、この高校の殆どの男子は碧花にご執心である。ウチの高校の女子レベルが低い訳ではないが、スタイルにおいても学力面においても、碧花が頭一つ飛びぬけているのだから仕方ない。唯一彼女の欠点を挙げるなら無愛想という事くらいだが、それも少し付き合えば、全然無愛想じゃない事が分かる。


 面倒見が良くて、優しくて。辛い時も楽しい時も苦しい時も、傍に居てくれる。こんな女子がモテない筈無いだろう。こんな女子を放っておく男子は居ないだろう。


 だからと言って、この高校に彼女持ちが居ない訳ではない。しかし、それは酷い言い方をすれば妥協であり、俺は教室で、度々そういう話を聞く(話しかけてくる訳ではないので、聞こえてくるという方が正確か)。


 真新しいので言えば、こんなのとか。






『お前最近彼女と上手くいってないらしいじゃん。何かあったの?』 


『いやあそれがさ。どうも体の相性が良くないっつーの? 後性格な。しょっちゅう喧嘩になるしさあ……合わねえんだよなあ、やっぱなあ』


『じゃあ別れるのか?」


『一応考えてる。けど彼女を持たないってのもあれだし、新しい彼女が出来るまでは付き合おうかなって思ってんだよ。理想はやっぱ碧花だけどな」


『え、碧花?」


『やっぱあれくらいエロくないと俺とは合わないだろうし、後ほら、ああいう無愛想な奴って心を開いたらすっげえ優しかったりするじゃん? 実際首狩り族はいつもデレデレしてるし』


『あー、成程』


『碧花とさえ付き合えたら、アイツなんて簡単に捨ててやるのになあ』






 これ以上は聞くに堪えなかったので覚えていない。幾ら何でも、今の彼女が不憫すぎる。性格の合う合わないは仕方ないにしても、あんな言われ方は無いだろう。この話を要約すると、『碧花とさえ付き合えれば今の彼女なんて簡単に捨てられる』という事で、即ち今のクラスメイトA(名前知らない)の彼女は妥協して付き合っているという事になる。


 これは飽くまで一例だが、この様に、碧花という存在は男子にとってエベレストの頂上に咲く花が如き存在なのだ。何もマギャク部長に限った話ではない。


「任せとけ! ありとあらゆる知り合いを辿って、必ず勝ってやるぜ!」


「それだけ聞くと、悪役みたいだね」


 ふと、俺はこんな事をしている場合じゃない事に気付いた。もう昼休み終了の鐘は鳴っているのである。次の授業の担任のやる気具合にもよるが、真面目な先生だったらもうとっくの昔に教室に到着しているだろう。


「―――やべッ!」


 碧花の気持ちが今分かった。確かに、この時間が永遠に続くならそれに越した事はない。だが現実は無情だ。昼休みなんてものには、いつか終わりが来る。


 足早に屋上を出て行こうとする俺の背中を押す様に、碧花は呟いた。




「あの時出来なかったものを、今度こそちゃんと―――」




 言葉は屋上の扉が閉まると同時に、遮られる。



















 やはり何時間受けようが何年受けようが、授業というものはとても怠い。授業を受けようと、しかし抗いきれぬ睡魔に意識を食われる者が数名、開き直って最初から睡魔を受け入れている者が数名。こんな感じで分類していくと、授業を真面目に受けている者は数名程度になってしまうのだが、俺こと首藤狩也もその内の一人だった。


 正確に言うと、俺は『碧花の膝枕が気持ち良過ぎて机を枕にしても眠れる筈がない』に分類されている。どれだけ寝ようと眠いもんは眠いのが高校生という生き物だが、これのお陰で俺は完全なる意識を保てていた。


 優等生さながらの授業態度。『首狩り族』で無かったら、皆の目を引いた事だろう。



 俺がそんなだったからか、特に滞りなく授業及び、一日が終了した。



 この一日というのは、始業のベルから放課後のベルまでの事を指す。これ以降の時間は放課後。学生としてではなく、俺としての時間が始まる。


 ツーショット写真集めの時だ。



―――よっしゃ。行くか。



 大声を出す度胸は無かったので、心の中でそう叫ぶ。昨日はオミカドサマのせいでノアと碧花くらいしか写真を撮れていないので今日は知り合いを全て消費するつもりで行動しよう。数名、行動サイクルの判明していないものも居るので、行動は早い方が良い。


 萌と由利は後回しでも大丈夫だろうから、最初は行動を掴み切れていない、那峰先輩を探すとしようか。彼女が見つけられたら、次は奈々、最後に萌と由利と天奈を尋ねれば、取り敢えず知り合いは全て消化した事になる。


 無論、それだけでマギャク部長に勝てるとは思っていない。知り合い以外からもツーショットを撮る事は必要だ。しかしこの学校でやろうとすればまず俺の通り名が邪魔をしてしまうだろうから、他校でやった方が良いだろう。


 ここから一番近い他校と言うと…………あそこか。


 もし収穫が不十分に思えたら、その時は妹に頼るしかない。流石に妹の学校には俺の悪名は轟いていないだろうから。


「…………人見知りじゃなくて、良かったよ。ほんと」


 俺は席を立ち、行動を開始した。




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