ギャルゲーだったら遭遇していた


 開始時間を聞いたことが何の布石になっているかって?



 答えを言ってしまうと、別に布石でも何でもない。俺が開始時刻を知りたかっただけである……いや、それはそれで間違っているが、布石とも言えない様な意図なので、嘘を吐いているとも言い難い。嘘でもないが全く正しくないと言えば、一番間違いは無いか。

 俺は走っていた。帰宅部らしからぬ全力疾走で、この町内を走り回っていた。人によっては陸上部の練習にも見えるかもしれないが、違う。俺は御影を探しているのだ。開始時刻を聞いたのはこの為で、開始時刻までに見つけて戻れば良いだろうという狙いだ。


 ほら、布石でも何でもない。


 そんなお洒落な物体は俺が取り扱える代物ではない。使えたらモテるというのなら、寝る間も惜しんで修行するのだが、そんな訳でもあるまい。ここに来て俺は今まで身体を鍛えてこなかった事(碧花にだらしない身体は見せたくないのでスタイルは維持しているが、それでも運動部なんかに比べれば全然運動していない)を後悔した。直ぐに息が切れて、歩き出してしまう。

 おかしい。これだけ走っているのに、御影と出会えないなんて。

 俺の持っているゲームでは、道を歩いているだけでヒロインと遭遇するというのに、現実とはここまで上手く行かないものなのか。しかし待って欲しい。俺は何もゲームだけを証拠にこんな作戦を始めた訳ではない。ちゃんとした証拠がある。

 今日の俺の運勢は大吉だ。テレビでそう言っていた。これで証拠は十分だろう。

「はあ……はあああ…………!」

 しかしどうした事だろうか。今日が大吉の男とは思えない位、御影が見つからない。やはりラッキーアイテム『タワシ』を持ってこなかった事が災いしたのか。幾らラッキーアイテムと言えどもタワシを片手に歩き出す度胸が無かったから持ってこなかったのだが、こんな事になるのなら恥を忍んで持ってくるべきだった。女性関係以外でも失敗するとは思わなかったので、虚を突かれた気分である。

―――部長達、何か忙しそうだしなあ。

 あの二人が忙しいとなると、下手すれば命に関わっていたり、また不可思議の存在が関わっていそうなので、出来れば会いたくない。失敗した。文化祭準備の際に、彼女と交換しておくべきだった。

「クソだ…………何でこんな地球は広いんですか神様……」

 居るかどうかも分からない神様に文句を垂れつつ、俺は引き続き町内を歩き回る。地球がもう少し狭ければ、もう少し簡単に会えるだろうに。どうして地球はこんなに広いのか。どうして俺はこんなに息が切れるのが早いのか。どうして俺はこんなに不運なのか。

 『首狩り族』は周りに被害を与える程の超絶的不運だが、ここに来て単なる不運の能力も兼ね備えてくるとは予想外だ。やはり不運というものは俺には制御出来ないらしい。

 この世界、少なくともこの社会は安定を好む傾向にあるから、運に任せる行為を嫌う者も多く居るだろう。だが俺の場合、不運の振れ方が極端なので、そういう者とは違った意味で宝くじとかやらない方が良い気がする。当たる時は文字通り億万長者になれるかもしれないが、外してしまった場合、俺の事だから国家予算レベルの借金を抱えてしまってもおかしくない。どういう理屈でそうなるかまでは想像出来ないが、俺ならそうなりそうだという妙な確信がある。

 何だか町内一周をした気もするが、それは俺の気のせいだ。錯覚した理由は、俺自身の体力がぼやく事もままならないくらいに尽きてしまったからである。どんだけ体力ないんだ俺。こればかりは運とかそれ以前に俺が身体を鍛えていなかった事が悪いので、大人しく休憩タイムとさせてもらう。近くの空き地に座り込んで、道の方に身体を向けた。この間に御影が俺の前を通り過ぎてくれればよかったが、やはりゲームとは違って出会えない。

―――やっぱタワシ持ってくるべきだったなあ、これ。

 冗談抜きでそう思い始めた。タワシで全てが解決しそうな状況だ。


 具体的には、タワシをわらしべ長者における藁だとして、タワシ→太郎君(誰?)→警察→おばあちゃん→犬→猫→御影みたいな感じで、繋がる気がする。より詳細な説明をすると、タワシを欲しがる太郎君が警察に連行されて…………何かもう面倒になってきた。身体的疲労が精神にも影響してくるとは、俺は余程疲れているのだろう。または普段考え事をしない分、今は一人だから必然的に考え事をしてしまうので、疲れが溜まりやすいのか。

 そうだとするなら碧花一人居るだけでも大分状況は好転してくれるが、そんな都合よく碧花……に限らず、俺の知り合いが来る筈がない―――

 俺の意識が一旦現実に引き戻された瞬間、目の前をゆっくり通り過ぎる人影に、俺の視線は釘付けになった。




「―――奈々」




 入院している筈の奈々の姿が、そこにあったのだから。








 



 奈々の事を片時も忘れた事はない。俺は個人的に彼女の事を友達だと思っているのだ。かつて交換した連絡先も、どうにも消す事が出来ず、残っている。そして今も、あの時俺が送った文章には、既読が付いていない。

 だからまだ寝た切りなのかと思っていたが、俺の目の前を通り過ぎようとする女性は、紛れもなく奈々である。

 一目見た時は夢か何かと勘違いしたが、どう考えたって彼女だ。その足取りは不自然なくらい遅いし、制服も着ていないが、だからと言って間違える訳がない。一度は知り合った仲だ。

「な…………奈々ッ?」

 疲労しきった喉を振り絞ってどうにか声を出すも、彼女は俺に反応しなかった。聞こえなかったとは考えにくい。記憶喪失になっていた事を考えると、もしかしたらまだそれは治っていないのかもしれない。或いは、別の名前を医者か保護者に教えられて、それを自分と認識しているか。

「……おーい。そこのゆっくり歩いてる人。こっち、こっち向いて!」

 言い方を変えたら、今度は反応してくれた。奈々は動きをすっと止めて、そしてこちらをゆっくりと振り返る。

「…………誰ですか?」

「あっと……えー、俺の名前は首藤狩也。君は?」

「―――分かりません」

「え?」

「分からないんです。誰も、教えてくれません。でも、何だかベッドから出たら何か分かる気がしたんです。私は誰なんですか? 狩也さん」

 分からないのに外出…………脱走したという事だろうか。ならパーティーには誘えそうもないが、本人からそう尋ねられたのでは、こちらも真摯に対応する必要があるだろう。




「君の名前は近江奈々。この近くにある学校に通っていた子で―――首藤狩也の友達だよ」




 精一杯格好つけてはみたが、背筋を伸ばそうとすると腹筋が痛い。情けなくも、俺はどうしたって前傾姿勢を維持しなくてはならないのだった。

  

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