俺達のサプライズドッキリパーティー



 まさか妹がここまで優しい人物だとは思わなかった。


 我ながら酷い言い方だが、俺の為にこんな企画を用意してくれるとは本当にちっとも考えていなかった。だから最近、彼女の夜更かしが酷かった訳だ。俺が寝ろと言っても、



『うっさい! 私にはやらなきゃいけない事があるの!』



 と言って聞かなかったから、てっきり遂に妹が反抗期に入ってしまったものと勘違いしていた。今でも半分反抗期みたいなものだが、あれはあれで愛嬌がある。お兄ちゃんは別に構わなかった。実際の所は俺に対するサプライズの為の反抗期だったので、お兄ちゃんは嬉しい。あまりにも嬉し過ぎて、外出した今でも涙が止まらない。




―――愛してる。天奈。




 碧花や萌にはとても言えそうにない言葉でも、天奈にならすんなりと言える。それは俺が彼女を恋愛対象ではなく家族として見ているからであり、『首狩り族』という事を知っていても尚変わらず接してくれる彼女は、碧花や萌と同様、俺にとっては心の支えみたいなものだった。超絶的不運のお蔭で嫌われ、碌に彼女も出来ない俺にとっては、何者にも代えがたい存在だった。



 だからこそ、俺は彼女の発言がどうにも引っかかっていた。



 違和感を覚えたという事ではなく、彼女の発言自体が気になっているのだ。あの時、天奈は何と言っていた?



『私も数人呼んでるの。お兄ちゃんも友達呼んできていいよ。文化祭には規模もクオリティも負けてるけど……ね! 元気出してよ、お兄ちゃん』



 問題は後半ではなく前半だ。具体的に言うと『私も数人呼んでいる』という所。俺と似て天奈も超絶的不運を持っている……訳ではないが、彼女が家に友達を呼ぶなんて初めての事だ。普段、俺は彼女の学校生活について聞かないので、彼女がどの様に、誰と過ごしているかも知らない。


 初めて妹について知る事が出来る。それは兄として嬉しい反面、不安の種にもなった。


 彼女の友達については、碧花とのデートの際に少しばかり聞いただけだが、その『少し』が問題だ。ラブホテルを使用した事がある中学生なんてどう考えてもまともじゃない。もしも天奈を悪の道に引きずり込もうとしているのなら、俺は兄としてそれを防がなければならない。



 出来る事なら、彼女だけには。幸せになってもらいたいのだ。



「……あー、心理学の勉強しとくべきだったな」


 俺は心理学関連の本を見せられた直後こそ勉強する気にはなるが、それは永続的ではない。次第にどうでもよくなってきて、終いには忘れてしまう。今までその性質に困った事は無かったが、今ほどこの性質を恨んだ事は無い。人の心が手に取るように分かれば、恋愛テクニックにだって応用出来ただろうに。


 タイムマシンがあるなら、過去の俺をぶん殴る所だが、一先ず俺は、脳内に友達と思わしき人々の姿を思い浮かべる。



 碧花、萌、クオン部長、御影。



 少ないとか言うな。これでも随分増えた方なのだ。奈々は…………個人的には友達だと思っているが、どう考えても招待には応じられないので除外する。彼女にも、早く元気になって欲しいものだ。連絡先を知っているのは萌と碧花だけ―――いや、部長が俺の番号を一方的に知っていたお蔭で、それを逆に利用すれば彼にも連絡する事が出来る。まずはその三人から都合を聞いていくとしよう。


 思い立ったら吉日とも云う。まずは碧花に連絡を掛けてみる。


「はい、もしもし?」


 やはり早い。余程の事が無い限り、彼女は一コール以内に出てくる。俺は常にスタンバイしている彼女の姿を思い浮かべて、吹き出してしまった。


「……何笑ってるの?」


「い、いや何でもない。所で碧花。今日予定あるか?」


「予定? 別にないけど、何でまた」


「いや、ほら今日って……別にハロウィンじゃないし、何なら少し過ぎてるけどさ―――」


 俺は天奈が主催のパーティーについて話した。俺自身が参加者の立場に居るので、あまり詳細な事は話せないが、それでも只参加して欲しい旨を告げると、碧花は少しだけ沈黙を挟んでから、快諾してくれた。


「うん、いいよ」


「マジか!」


「聞いてきた側の君がそれを言うかい。文化祭が中止になった事は、私も残念に思っていたんだ。参加させてもらうよ」


「有難う! 俺も天奈も喜ぶよ。じゃあ―――」


 こんなどうでもいい所で言葉に詰まる俺。そこにはあまりにもしょうもない理由……天奈に、何時から始めるかを聞いていなかった……があった。


「後でメッセージに開始時刻残しとくから、見てくれ」


「さては聞いてないね、君」


「そ、そんな事ねえよ? うん。じゃ、また後でな」


 俺の言葉の何処にそんな要素があったのかは不明だが、碧花は度々こちらの状況を電話越しでも見抜いてくる女性だ。原理が分からないので恐ろしくはあるが、怖がるものではない。終了ボタンを押して、まずは一人だ。


 次は萌だが…………彼女にはあまり電話を掛けたことが無いので、少しばかり緊張してしまう。フィールドワークにでも行っていない限りは応じてくれると思うのだが、何度やろうと女の子に電話を掛ける行為自体、ある種の度胸が必要になる。一度深呼吸を挟んでから、俺は二人目の勧誘を開始した。



 ………………。



「はい。もしもし」


「誰ッ!?」


 萌とは思えない低い声が聞こえて戸惑ってしまったが、よく聞いてみれば、その声はクオン部長だった。どうして彼女の携帯から応答してきたかは不明だが、彼も誘う予定だったので、手間が省けたと考えるべきだ。


「く、クオン部長。どうして萌の携帯から?」


「ん。ああ、少し訳ありでな。狩也君、いい隠れ場所を知らないか?」


「隠れ場所―――? そんなの知りませんけど、丁度いい話ならありますよ」


 俺の家を隠れ場所と言い切るのはそこに住む住人として複雑な気分であるが、何やら訳ありらしいので、この際俺の価値観や受け取り方は考慮しない。パーティーの事を部長に話すと、彼は電話の奥で萌と会話し始めた。


 耳を澄まして何とか聞き取ろうと努力したが、どう頑張っても『音は聞こえるが声は聞こえない』微妙な成果に終わったので、諦めた。


「もしもし、狩也君」


「はい、部長」


「その誘い、喜んで応じよう。開始時刻はいつからだ?」


「それは萌とのメッセージに乗せておくので、その時に確認してください」


「ふむ。さては君、開始時刻を聞いていないか、そもそも設定していないな?」


「違いますよ! 二人はグルか何かですかッ?」


「ゲルでない事は確かだな」


「しょうもない事言わなくていいですよ!」



 どうして二人共、見破ってくるのだろうか。俺には不思議で仕方なかった。部長はオカルト的側面から心理学を……とどうにかこじつけられるかもしれないが、碧花はどうなのだろうか。何度か彼女の家にお邪魔した事はあるが、部屋の中にその手の本は見当たらなかった。



「じゃ、後で」


「ああ。萌、行くぞ―――」


 通話が切れる。二人は何らかのトラブルに巻き込まれている様だ。到着する頃には傷だらけなどという笑えない事態は勘弁してほしいが、俺にはどうする事も出来ない。


 二人を誘った時点で、俺は御影も誘いたかったのだが、先ほどの通話から察するに、二人の近くには居ない様だ。かと言って電話番号、自宅を知っている訳でもないので、どうやって誘おうか。五分ほど考えて、俺はある結論に至る。










「あ、もしもし。天奈か? 開始時間っていつだっけ?」


 大丈夫。誰にも迷惑はかけない。 

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