私と君と、後は誰?

とかなるのではないかとも思っているが、ここで俺は、過去に気付いた事を思い出した。


 碧花だって、この状況が不安なのだ。いつ見ても表情の変化は微々たるもので、冷静沈着に見えるかもしれないが、彼女は彼女なりに不安に思っている。そうに違いない。先程の発言は何て事の無い様に思えるが、あれは彼女なりの『取り残さないで欲しい』という意思の表れである。


 そんな女性を置き去りにするなんて、誰がどう考えても男らしいとは言えない。俺は後ろに倒れ込み、そのままやる気を失ったみたいにぐったりとした。


「じゃあ、どうすればいいんだよ。央乃もカイトも神崎もリュウジも居ねえし、せっかく奈々が見つかったのに、これじゃあ誰も彼も居なくなっちまうよ……」


「そう悲観しなくても、私だけは君の傍に居るさ。取り敢えず元気出しなよ。負のエネルギーなんか出してても寄ってくるのは彼女じゃなくて幽霊だけだよ?」


「無茶言うな! こんな立て続けに人が消えて明るくなれるかよ! さっきは奈々が居たから明るくなれたけど、今は―――!」


 俺は喉を限界まで酷使して声を荒げたが、その直後。俺を軽く凌駕する声が、山中に響き渡った。






「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」






 今のは…………奈々ッ?


 勢いよく飛び起きたかったが、身体能力が高くもない俺がやろうとすると、只普通に起き上がる流れが少しばかり早くなるだけだった。それでも構わず、俺は足がもたつくのを無視して強引に身体を走らせた。


「ちょ―――君。そんな走り方をしてたら間違いなく転ぶよ?」


 いつの間にか並走する形で碧花が話しかけてきた。本来なら足の速さで女子に負けた事を嘆いているが、今の俺にはまるで些細な事だと感じられていた。


「関係あるか! ここで助けられなきゃ男じゃねえ!」


 とにかく俺は走った。フォームから息遣いに至るまで滅茶苦茶だったが、声のした方向は声が途絶えた今となっても把握している。小屋とは反対側の森に飛び込んで走り続けると、腰を抜かした様子の奈々が、口をパクパクさせながら何処かを指さしている。


「奈々ッ、大丈夫か?」


 直ぐに駆け寄って、背中を抱き起こす。彼女の指が向けられた方向を見遣ると、一本の木に、全身をぐるぐる巻きにされた物体がぶら下がっていた。それだけでも十分気味が悪いのに、その物体の下端からは黒色の液体が水滴となって地面を濡らしていた。程なく、碧花がその物体を携帯のライトで照らす。その液体は黒色ではなく、どちらかと言えば濃い赤色の液体だった。


「お、おい。それって…………」


「……そうだね。一応確認してみるけど、見ない事を推奨するよ。私の推測が正しければ―――いいや、今回ばかりは誤ってくれないと困るかな。君は奈々の眼を塞いでおいてくれ」


「わ、分かった」


 こんな状況でもやけに落ち着いている碧花は、そのまま物体の方へと近づいて、巻き付けられた方向とは逆方向にそれを回した。縄の端は軽く引っ掛けられていただけなので、それさえ解けば後は力の方向に従ってゆっくりと解けていった。そこで俺は目を閉じて、碧花の言葉を待つ事にした。今だけは、アイツと俺の予想は一致している。それがもし当たっていたらと思うと、とてもではないが直視出来なかった。


 ひゅるひゅると解けていく音が聞こえる。暫く経つと、何かがドサリと落ちた。それでも何かを見てしまいそうな予感がしていた俺は目を開けられず、彼女の反応を待っていた。


「…………警察に、連絡した方が良いかもしれないね」


 たった一言。その言葉には、諦めの様なものを感じられた。俺は目を開けて、直ぐに下を向いた。


「だ、誰なんだ?」


「カイト君だね。確認しておくかい?」


「い、いややめとく。あ、あ、後、は。警察に任せよう」


 ただ居なくなっただけだから俺は警察を呼ばなかった訳で。現に奈々は見つかったし碧花も居たし、蘭子も見つけた。その前例があったから、他の皆も何処かに居るだろうと思っていたから、俺は警察に連絡した事で起きるデメリット―――反省文の提出だったり、最悪特別指導だってあるかもしれない―――を被らない事を優先していた。


 けど、もう駄目だ。メリットやデメリットを語っている場合ではない。死人が出てしまったのだ。その原因が心霊であれそうでなかれ、死者を確認した時点で一般人である俺達が手出しの必要はない。行方不明の者達も、警察に探してもらえばいい。


 俺達がすべき事は只一つ。それは今回の事を警察に全て話し、確認出来た者達とだけでも安全に帰宅する事だ。


「賢明な判断だね。私もそう思うよ。それじゃあ私は少しやる事があるから、君が連絡してくれるかな?」


「分かった。ちょっと待ってろ……」


「ね、ねえ…………」


 俺が携帯に手を掛けた瞬間、身体を震わせながら奈々が声を掛けてきた。


「何だ?」


「私達も、カイトみたいになるのかな…………死んじゃうのかな…………!」


「だ―――大丈夫だよ! 今警察を呼ぶ。そうしたら後は下りるだけだ。だから今は落ち着いて、深呼吸を…………」


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 死にたくない! 死にたくないよお…………!」


「お、おいちょっと……!」


「私帰る! もうこんな所なんかに居たくない!」


「おい!」


 出し抜けに駆け出した奈々を引き留めようと彼女の身体を掴んだが、女性とは思えない位奈々の力は凄まじく、簡単に振り解かれてしまった。錯乱状態に陥った奈々は、携帯のライトで足元を照らす事もなく、何処かへと走り去ってしまった。とてもじゃないが、振り解かれて派手に倒れた俺では追えそうにない。それでも立ち上がって追いかけようとすると、俺の肩に手が置かれた。


「私が行くよ」


「お……お前がか?」


「さっき走って分かった。君より私の方が速い。君よりかは追いつける可能性があるだろう。君は自分の携帯で警察に連絡しておいてくれ。電池は大丈夫だよね」


「わ、分かった。足元に気を付けろよ!」


 俺は碧花の俊足を信じて、警察に繋がる番号を打ち込んだ。


















 少し予定が変わったけれど、まあいいか。


 それなりの速度で下山ルートに差し掛かる所まで行くと、先程の錯乱状態とは一転して、非常に落ち着いた様子の奈々が携帯を片手に立っていた。適当な所で私も足を止めると、彼女はこちらに振り返って、ドスの利いた声で尋ねてきた。


「話が違う!」


 私は走ってきた距離から逆算し、今の彼女の言葉が彼に届くか否かを計算。多分、大丈夫だ。彼も錯乱しているだろうから、聞こえる事はないだろう。


「話が違うとは?」


「とぼけないでよ! 男子達に問題行動を起こさせて、それを写真に収めて学校にばら撒けば学校から男子を追い出せる……そこまでいかなくても恥を掻いて居場所を失った筈なのに、全部台無しじゃん!」


「台無しとは失礼だね。私は君達の計画を邪魔したつもりはないよ」


「アンタが殺さなかったら、こうはならなかった!」


「憶測で人殺し呼ばわりは感心しないね。現行犯を見たって言うのなら話は別だけど」


 まず現行犯なんて見られる訳が無いから、たとえここで「見た」と言われても、私には一瞬でハッタリだと見抜けるんだけど。流石に彼女も、そんな見苦しい言い訳はしなかった。その点は評価するけど、今更処分を変える気は無いね。


 他の男子にその作戦を適用させるのは結構だけど、彼まで巻き込んじゃうんだから。


「確かに、私は君達の計画に協力をした。私と狩也君がこれに参加する旨も伝えたじゃないか、口頭で。でも君達は、彼まで巻き込んでしまった」


「それは……アンタも、学校から消し去りたい男子を誘ったんだって思ったんだって!」


「私はそんな事を一言も言っていないよ。それにね、君達の遊び―――『裏風紀委員』だっけ? そんなの、風紀を守る名目のストレス発散じゃないか。見たいんだろう、バレないと思ってやった行動がきっかけで痛い目を見る男達の顔がさ。協力はしたけど、私個人としては下らない遊びだね」


 実に下らない。そんな事をする人間を周りは偽善者と言うのだろうね。全く、自分の事を善人と信じて疑わない偽善者はこれだから困る。コミュニケーションの一環として黙認されている行為をわざわざ悪として報告する何て。やってはいけない事を叱る事自体は良い事だが、果たしてその意義は今もあるのかな? やり過ぎて、単なる愉快的活動になってはいないかな?


「文句でもあるの?」


「いいや。単に気に食わないだけの事さ。合コンという名目で集める事で、男子達の自制心を緩ませて、そこを突く。良い作戦だと思ったから協力はしたけど―――もう一度言おう。実に下らないね。一人の冴えない男子を利用する彼らも、風紀を守るなんて正義ぶって好き放題する君達も、何もかも下らない。私が風紀委員だったら、君達を取り締まるよね」


「うるさい! 大体、人殺しのアンタが言えた事じゃないでしょ! ―――この事、学校で言わせてもらうから。私達の計画を邪魔した罰だから、恨まないでよ?」


「だから、君は見ていないじゃないか。死人にくちなし。死んでしまったカイト君が喋りでもしない限り、それは憶測に過ぎない事だよ」


「ふん! うちの新聞部がどれだけ校内で影響力を持ってるか知らない訳じゃないでしょ? ある事無い事書いて、アンタの人気をどん底まで落としてやるんだから!」


 これだけ怒りを煽っておけば十分かな。私は身を翻して、彼の所まで歩き出した。背後では、無視された事による怒りからか、何かを喚きたてる奈々の声が聞こえた。


 耳障りなので一度振り返って、ナイフを見せつけながら接近していくと、奈々は二歩も後ずさりして、それから一目散に背後へ走り出した。


「……その澄まし顔、絶対に崩してやるから!」


 捨て台詞なんて吐く暇があったら、携帯のライトで足元を照らせばいいものを。


 私は再び身を翻して、今度こそ彼の下へと戻っていった。








「足元には気をつけて帰る事だね。そうやって勝った気でいると、今に足元を掬われるよ」


 変に手を下しても、痕跡が残るだけだからね。私は決して露骨に手を下したりはしないよ。  

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