幻惑世界に陶酔す
残るは御影だけだが、妹側のゲストは揃ったので、一足先にあちらだけで始めてもらう事にした。香撫は碧花と話したそうにしていたが、肝心の碧花が彼女に一切興味を示さないので、やり取りが成立しない。かなり粘っていたが、どうやら諦めた様だ。
因みに会話をこっそり聞いていた所、萌に関しては『自分の方が可愛い』と思っているらしい。敢えて何も言うまい。彼女の事を知らず、萌の事を知る俺では、どうしても偏った意見で判断してしまうからだ。
ただまあ、可能な限り客観的に判断すると、身長は香撫の方が勝っている。胸さえなければ萌は本当にちんちくりんなので、そこは間違いない。胸部に関しては萌に対して逆立ちしても勝てそうにないので、その辺りで勝負は……出来そうもない。碧花が異常すぎるだけで、彼女を抜きに語れば萌が校内で一番スタイルが良い気がする。
この事に気付いている人間は果たしてどれくらい居るのだろうか。同級生であれば体型マジックショーの事も了解していそうだが(スク水なんかでは発動しないだろう)、それでも碧花と同じくらいモテないのは……いつかも似た様な事を考えたが、やはりオカルト部という肩書のせいだろうか。
飽くまで憶測に過ぎないので何とも言えないが、もしも俺の憶測が当たっているのだとしたら、オカルト部という肩書はこの世で最も凄まじいバッドステータスに違いない。明るくて行動力もあって間違いなく可愛いのに、そんな子がモテなくなるなんてどう考えても間違っている。
本人は俺とは違ってがっついていないので、モテようがモテまいがかなりどうでもよく思ってる節がある。
俺が恋人を欲しているのはイチャイチャしたいと言うか、イチャイチャしたいと言うか、ラブラブしたいと言うか、まあ不純な動機なのだが、それは言い換えれば刺激が欲しいという事だ。普段の生活に退屈を欲しているからこそ、愛しい人との時間に刺激を求めて価値を見出す。萌ががっつかないのは、オカルト部とかいう、生と死の狭間を歩いていそうな部活に所属する事で、その刺激を死の恐怖で代替しているからなのかもしれない。
こんな事を言い出すと俺の『首狩り族』はどうなるのという話だが、あれは殆どの場合俺以外に被害が及んでいるだけで俺には何の被害も無い上に、萌や御影やクオン部長などと縁を繋げたという意味ではメリットにすらなっている。死の恐怖が俺に適用されないのでは、話が繋がらないので除外させてもらう。
「君の家には初めて来たが、あれだな。意外と普通なんだな」
「いや、ウチを何だと思ってんですか」
「てっきり幸運を引き寄せるアイテムが壁中に貼ってあるのかと思っていたのだが、実は『首狩り族』には悩んでいなかったりするのか?」
俺は一足先にパーティーを始めた天奈に代わり、俺達用に料理を作ってくれている碧花を一瞥してから、呟いた。
「そんな訳無いでしょ。俺のせい……何て言うとアイツに怒られますけど、俺と関わったせいで多くの人が死んでるんです。直接手を下した訳じゃないですけど、もしかしたら何か出来たかもしれないって考えたら、いつも罪悪感が凄くて」
「ふむ。そういう考えか。なら多くは言わないが、幸運を引き寄せるアイテムなんてモノは大体嘘っぱちだからこれからも買わない方が良いだろう」
「あ、やっぱりそうなんですか」
「大体な。本当にそういう効果を持つ物体は、俺達素人では手が出せない所にある。金の無駄遣いなんてして欲しくないから一応言っておくぞ」
部長の忠告に俺が内心で感謝していると、萌が会話に割り込んできた。
「え? って事は部長。この前、私に売りつけてきたお守りも嘘なんですか?」
そんな事していたのか。しかも部員に。只、俺も彼が萌を大切にしている事は知っているので、恐らく本当に効果のあるものを―――
「あの時はお金が無かった。許せ」
「―――酷いです!」
萌が口を尖らせながら詰め寄るが、部長は反省の色を見せなかった。金が無いからと後輩からせびるのは格好悪いとかそんな理由だろうが、最低な部長だった。女の子から金を騙し取るなんて、男の風上にも置けない奴だ。
かつて俺は萌の命を守った事があるが、金銭面も俺が守るべきなのだろうか。
「……そう言えば部長。七不思議を調査した時の話なんですけど」
「何だ、御影の話か?」
「いや、あの時、部長言ってたじゃないですか。俺の『首狩り族』は超絶的不運じゃなくて、意図的に起こされたものだって」
あれが俺の心の中にずっと引っかかっている。あの時に居たもう一人の参加者というのも、結局明らかになっていないし、意図的という割には、あの後も俺から超絶的不運は離れてくれなかった。これも分からない。
意図的という事はつまり、犯人が居るという事だ。それなのにあれ以降も『首狩り族』が発動しているという事は、犯人が俺に粘着しているという事でもある。
言い換えれば、犯人が俺を離してくれないのだ。
その理由とは一体? 俺が何をしたというのか。学校で孤立している俺がする事と言えば、碧花との交流だけだが、それが犯人の動機になっているとでもいうのだろうか。そうなると犯人は、彼女の事が好きな人物…………校内殆ど全ての男子が碧花を好き放題犯す妄想をしている以上、その情報だけで絞る事は困難に近い。部長が情報を提供してくれればその限りではないが、彼の表情を見る限り、そう簡単に答えは教えてくれなさそうだった……いや、表情など読み取りようがないが。
顎に手を当ててじっと見つめれば、何か見破っている雰囲気が出せるに違いない。彼を威圧する目的でも、俺は机に肘を立てて実践した。
「……今はまだ言えない」
しかし部長には効果が無かった。俺は直ぐにおふざけをやめて、真面目に問い詰める。
「いや、そういう探偵モノのテンプレート台詞みたいなのいいですよ。教えてくださいって」
「部長ッ。私も聞きたいです! 先輩の不運が無くなるんだったら、良いじゃないですかッ」
「……お前までそんな事を言うのか、萌」
クオン部長の骸顔に怯む事なく、萌は顔を近づけた。
「当たり前ですよ。だって部長、私が先輩とデートしたいって言ったら、『首狩り族』だから駄目って言うじゃないですか。でもそれが消えたら、先輩とはいっぱいデート出来ますし……! 教えて下さいよ部長ッ」
「……お前達二人は、何も分かっていない」
萌の発言に死ぬ程動揺していた俺を尻目に、部長は語調を強めて叱りつける様に言った。
「今はとても重要な時期だ。ここでお前達にネタばらしをすれば、危ないのはお前達、というか萌。お前だ」
「私ですか?」
「ああ、俺はお前を死なせたくない。お願いだから言う事を聞いて欲しいな。特に今は…………かなり不味いぞ」
仮面のせいで表情は分からないが、部長の口調は真剣そのものだった。普段はふざけた態度の部長がここまで真剣になった時は、決まって本当に不味い時だ。そして大体、不味い時というのは命に係わる。
俺達が密かに息を呑んだ所で、インターホンが鳴った。予定の限りでは最後の来訪者である。
「はーい」
扉を開けなくても分かる。来訪者は御影だ、理由は無いが、ここに来て想定外の来訪という事も無いだろう。天奈も含めて首藤家の友人関係は狭く深くだ。謎のパーリーピーポーが来る道理はない。答え合わせをするべく扉を開けると―――
正解。
御影由利が、立っていた。
「…………御影、だよな」
「うん……そう」
彼女は所謂魔女の格好をしており、先の折れたとんがり帽子に、肘程まである黒手袋、肩と上腕部分がレースになったワンピースドレスを着用しており、とてもセクシーだ。レースは胸元まであるので、控えめながら存在する胸の谷間が見えている。俺が煩悩をかき消す為に視線を逸らす為には十分だった。
それ以外の露出は足くらいしか無いので、俺の目線は必然的に胸元へと吸い寄せられてしまう。足は足で滅茶苦茶綺麗なので、逸らすにしても上しかないと言うのが、また辛い。
「……似合ってるかな」
御影は玄関に無駄に凝ったデザインの箒を置き、帽子を取った。とんがり帽子が取れると何だか急に彼女が小さくなったような気がした。
元々俺と彼女の身長関係は俺の方が上なのだが、直前に印象が変わったせいで、何でもない上目遣いが今の俺にとってはとんでもない破壊力になっていた。
「に、似合ってるよ。凄いエ……違う。可愛いよ」
彼女は碧花とは違う。碧花だから素直にぶちまけてしまったし、碧花だからその流れが許容されたのであって、他の女子に同じ事をすればドン引き間違いなしである。
「…………!」
御影は何も言わなかったが、その頬はほんのり桜色に染まっていた。
「も、もう二人共来てるから。上がれよ。お前が来れば始まるんだ」
「…………首藤君」
「何だ?」
「今日は、誘ってくれて…………有難う」
その言葉は人づきあいが苦手らしい御影から出た、精一杯の感謝の様に思えた。この短い人生の中でも、お礼を言われる事は幾度もあった。お礼に慣れるくらいにはあった。
これは俺の気のせいかもしれないが、お礼とは言えば言う程中身の割合が違ってくる様な気がする。土下座みたいなもので、お礼はすればする程、その中に真なる感謝が無くなる気がしたのだ。そういう意味で言うと、御影のこれは、まだまだ真なる感謝の残った、本当のお礼なのだと思う。
俺はそのお礼に応えるべく、彼女の手を恭しく取った。
「今日は愉しもうぜ、御影―――いや、由利ッ!」
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