窓越しに見えた世界


 オカルト部の活動記録とかいう常軌を逸した活動内容が記されている本は、中身を軽く見るだけでも話題作りをする事が出来る有能な代物だった。気分的にはあれだ。廃墟探索をしている際に見つけた古い書物を読んでいる気分である。

「はえ~…………それにしても、本当に色んな所に行ってるな。お前達」

 普通の学生、という言い方は差別的にも聞こえるからあまり言いたくは無いのだが、少なくとも俺の様な極々普通の一般人であれば、地方へ行く機会なんてそれ程ない。精々修学旅行で何処かに行くくらいで、それ以降も運送業などの仕事に関わらない限りはインターネットかニュースで目にするくらいだろう。

 趣味が一人旅の場合? それであれば確かに機会には恵まれるだろうが、そんな酔狂な奴がこの世に一体どれだけ居るのか。勘違いしないで欲しいが、決して馬鹿にしているつもりはない。只、今のご時世に一人旅を満喫出来るのんびりとした人間が居るとは思えないのだ。


 部活、恋愛、勉強、就職、結婚、終活。


 これが全てとは言わないが、俺に言わせると今の世の中はせっかちである。どうせ長くても百年かそこらの人生なのだから、のんびり行くべきだと個人的には思っているのだが。

「フィールドワークに終わりはない。東に都市伝説ありと聞けばそちらへ行き、西に怪奇現象ありと聞けばそちらに行く。それがオカルト部の信条だからな」

 とっくの昔に食べ終わったクオン部長が得意気になって言った。因みに萌と御影はまだ食べている。調理に手間が掛かっただけはあり、そのボリュームも特大なのだ。二人と違って食事に集中していない俺も食べきれてはいないが、だからどうした。この程度の事が気になるのなら、それこそせっかちというものである。

「狩也君。君には勘違いしないでもらいたいが、都市伝説というものは何も絶対に怖い思いをするものではないんだぞ?」

「言葉的には知ってますけど。でも活動記録を見ると、酷い目にしか遭っていない気がするんですが」

 流し読みながら見えた所だけでも挙げると、『部長の指が全て折れる』、『陽太が首を吊られて意識不明になる』、『御影が転落して重傷を負う』、『萌が木に登って降りれなくなる』、『部長が木に潰される』等、約一名を除いてかなり酷い目に遭っていた。

「…………怖い思いをしているもの、つまり害意を持った何かが居るのなら、俺達は遠慮なく活動記録としてそれを残すが、そうでないのなら、基本的にオカルト部は活動記録に残さない。分かるか?」

「分かる訳無いでしょ。それはあれですか、ポリシーみたいなものですか?」

 俺は頼んだ料理を口に運びつつ、部長から目を離さない。クオン部長は暫く言葉を決めかねていた様に沈黙を保っていたが、やがて首を振った。

「ポリシーじゃない。それは超常的存在に対する礼儀だ。オカルト部でない君に言うのもおかしな話だが、面白半分にその噂を広める事は、時に最悪の結果を招く事になる」

「…………?」

「俺達の出会ったモノを幽霊と一括りにするには無理があるが、便宜上、幽霊としよう。その活動記録に残っているのは、悪霊と対峙したモノばかりだ。悪霊は元々こちらに危害を加えるつもりでそこに居たり、或は生まれていたりする。だがそうじゃない都市伝説は、まだ変質の余地がある。もしも俺達がそれを悪戯に広めたり記録したりすれば、それを見た人間が面白半分で行ってしまうかもしれない。マジの心霊スポットに面白半分……悪意ある状態で行く事は、お勧めしないぞ」

 そのアドバイスはあまりにも遅すぎた。せめてもう少し前にクオン部長と出会っていれば、あの時の結末だって変わったかもしれないが、タイムマシンでもない限りは無理というものだ。そしてタイムマシンなんぞ、今の技術では到底実現不可能。完成する頃に俺は死んでいるだろう。

「―――トイレの花子さん、という有名な話があるな。あれは元々なんでも無い幽霊だったと言われている」

「そうなんですか?」

「そうだ。だが俺達の良く知る花子さんはどうだ? トイレの中に閉じ込められたり、糞を喉に詰まらせたり、首を絞められたり、次の花子さんとして入れ替えられたり。まあ地域によって差はあるが、何かしらの害があるな。元々何もする事のなかった幽霊に、どうしてこんな特性が生まれたと思う?」


 …………。


「面白半分で行ったから?」

「半分正解だ。面白半分で会いに行った奴は居るだろうな。そいつは今まで通り、害のない幽霊に出会えたんだろう。でもそれだけだ。害がないから、会って終わり。きっとそいつはそれが物足りなかったんだろう。だからそいつは、後日友人に多少の尾ひれを付けてその幽霊の事を話した。それによって見る気になった友人も幽霊に会いに行く。物足りない。その友人はまた友人に多少の尾ひれを、最初に付けられたものも加えて話す。これが連鎖的に繋がると、最終的にどうなるか―――花子さんの特性そのものが変わり、悪霊になる」

 部長の顔は至って真剣だった。お互い、隣に居る存在が食事しているせいで緊張感は薄れているが、部長らしからぬ真面目な口調という事もあり、俺も彼の話を真剣に聞いていた。


 何せその説明。俺達人間の間でも適用されるものだからである。


 人に対して悪評を流す事でその人の好感度を下げるなんて良くある事だ。例えば少し荒れているだけの人を対象に、『親を生き埋めにした』とか、『暴走族二〇人を意識不明の重体にした』等の嘘をまき散らす。これは極端でも何でもいい。最悪嘘だとバレてもいい。他の人達に『そんな嘘を言われても仕方ない』と思わせられる事が出来れば良いのだ。

 するとどうなるかというと、必然他の人達はその人を避ける。その人が事態を把握していようがしていまいが、避ける。ここで敢えて最初に『荒れている』と言ったのは、そういう人間であれば事態を把握した瞬間、元凶は誰だと暴れ出すだろうと想定したからだ。



 では暴れ出す。どうなる?



 他の人達に『やはりそういう人間か』というイメージを抱かれる様になる。負の悪循環だ。事態を把握していない場合は噂が独り歩きするのでどっちみち駄目。最初は抵抗していても、遂にその対象者は己の噂に屈服して、無気力になる。

 一応、付け加えておくが、俺の事ではない。噂云々の話は確かにそうだが、俺の場合は全て事実だ。何と言われ様とも、事実なのだから言い返しようがない。実際に俺は関わってきた人達を殆ど再起不能にしてしまっているのだから。

 碧花が居なければ、俺も無気力になっていただろう。

「だから悪霊でないモノとの記録は、飽くまで俺達の心の中に記録されている。その活動記録に乗せる事は一生無いだろう……俺が部長である限りはな」

「二人共いつまで話してるんですか。特に部長ッ、先輩はオカルト部じゃないんですから、そんな話をされても困りますよッ」

 萌が会話に割り込んできたという事は―――食事は終わっていた。後は御影だけだが、黙々と食べている割には随分と終わるのが遅い。人のペースに口を出す気はないが、内心俺は驚いていた。

 部員からの指摘も、部長は全く悪びれなかった。

「悪いが俺は爪先から脳までオカルトで出来ている。この手の話でなければ、うまく舌が廻らないんだ」

「だから部長には彼女が出来ないんですよ!」

「要らん。そもそも女は顔しか見ていないからな。俺に惚れる奴が何処に居るのかという話にもなってくる」

「なんてこと言うんですかッ! 人間は顔じゃありませんよ、中身ですよッ。女性も男性も変わりないですってッ」

「では聞くが萌。お前の前に狩也君とスーパーアイドルのイケメン二人が居るとして、お前はどっちとデートしに行きたい? 当然スーパーアイドルだよな」

「そんな訳ないじゃないですか! 私はそんな人なんかより、先輩の方が大好きです―――よ」

 幾ら鈍い萌でも、自分の発言がどれだけ恥ずかしいかは理解出来たらしい。最後の方は勢いが無くなって、彼女は恥ずかしそうに下を向いていた。公共の場で告白まがいの事をされた俺もたまらず頬を染めて視線を逸らす。部長は俺達を見て、笑っていた。



 どうやら、最初からこれを狙っていた様だ。



「良かったじゃないか、狩也君。君はモテモテなんだな」

「う、嬉しく―――! いや、嬉しい………………んですけど」

「ふん。素直な男だ。やはり君に任せて正解だったかもしれないな―――ん?」

 何かに気付いた部長が、窓から何かを見ていた。視線の方向的には俺の斜め後ろなので、この状態から見るのは少しきつい。

「何か見えたんですか?」
















  



「いや、何でもない」

 そうは言いつつも、何かから目を離さない部長。

 狐面の奥に見える瞳は、終焉を見据えるかの如く、不吉だった。

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