そんな優しさは伝わらない

 私は、水鏡碧花の事を何よりも嫌っていた。恐らく、彼女の事をどれだけ嫌いかで世界大会を開けば、一位を取れる。

 何が嫌いかを語り出すとキリがない。まずあのスタイルが気に食わない。何だあのスタイルは。明らかに男子を誘っている癖に、その顔はまるで男子に興味がないとでも言わんばかり。ああいう『自分は特別だ』と勘違いしているのが、私は嫌いだった。

 私が彼女と出会ったのは、中学生の頃だった。小学校の頃、私こと笹雪菜雲は学年で一番の美人と称され、人気だった。あらゆる男子が私の虜になっていく様は、見てて気分が良かった。

 たとえ同性に虐められても男子達が守ってくれるから、私は傷つかなかった。その優越感にいつまでも浸りたくて、私は特定の誰かと付き合う事をやめていた。その気になればいつでも出来ると、そう思っていたから。

 そんな私が女子の玉座から陥落したのは、偏に彼女が同じ学校に居たからに他ならない。彼女が同じ学校に来た瞬間、今まで私に惚れていた男子達は一瞬で彼女の下へ。最初は同じ男子に追い回される者同士、仲良くしようと思っていたのだ。けれど、彼女は。



『……悪いけど。私にはもう好きな人が居るから』

『好きな人? 貴方だったら告白すればオーケーがもらえるんじゃないの?』

『オーケーか……どうだろうね。彼とはトモダチだから…………気は進まない。色々、訳ありでね』

『因みに、誰なの?』

『教える義理は無いよ。何はともあれ、男子に追い回される快感について君と語り合う事は出来ない。そういうの、私はにわかでね。オタクが一番嫌うのって、そういう人種だろ?』



 明確な敵意で、私を見下してきたのだ。その瞬間、私は彼女を敵と認定し、あらゆる手段を使って彼女を引き摺り下ろそうとしたが、何もかもが空回り。私の動きに気付いているのかどうなのか、気づいていないとしたら超絶的な幸運が彼女に訪れている。

 物理的に彼女を封じようと不良達を使って襲わせれば、私が様子を見にいった時には全員がスタンガンで気絶させられていて。

 校則違反による取り締まりで彼女の悪評を立たせようとすれば、欠片も校則違反が認められず失敗。

 私と同じで彼女に嫉妬している女性達を使って陰口を叩こうにも、元々誰かと交流するつもりがないという彼女には一切効果なし。それどころか、彼女に惚れている男子に怒られる始末。その気になればいつでもできると思われていた彼氏は、私が彼女の魅力を超えられないらしく、多くの男子に振られてきた。

 この時点で、私のプライドは最低値に堕ちた。今の私に持て囃されていた頃の輝きはなく、只、遥か天上に位置する同級生の美貌に膝を屈する他なかった。それでも諦めず彼女について調査をしていたら、ある一人の友人が浮かび上がった。


 その人間こそ『首狩り族』首藤狩也。私の所属するクラスに存在する、癌だった。


 彼に関わった者、或いは友人は、例外なく首を狩られた様な目に遭う事から、小学校の頃よりそう呼ばれているらしい。休日まで費やして調べた限りでは、その被害人数は総計八一人。その内六四人が不慮の事故で死亡し、七人が精神崩壊。八人は自殺し、二人は生き残りながらも記憶喪失、隔離病棟行き、と、つくづく結末に恵まれていない。彼とは腐れ縁らしい男子達が彼を敬遠するのも分かった。殆どは彼自身の無害な性格から冗談半分、本気半分くらいの認識だが、一部では本気でそう信じている者も居るそうな。

 この彼だが、誠に不思議な事に、今の所、唯一彼女と親しい人物なのである。当初は私も近づこうと思ったが、如何せん 彼の『首狩り』が恐ろしくて近づけない。その上、私が世界一嫌いなあの女と仲良くしているという点で、私は彼の事も嫌っていた。クラス委員なんぞにならなければ、口も聞きたくないくらいだ。

「あの男、またさぼってるのね……!」

 邪魔はするわ仕事はしないわ、最低の男である。どうやら、碧花には男を見る目が無いらしい。あんな男と友達になるなんて、私だったら死んでも嫌だ。ああいう男は将来成功しないし、元々のスペックなんてものも最底辺だし、いざという時にも全く頼りにならない、駄目な男なのは明らかだ。クラス委員としては連帯感云々の問題で彼を連れ戻さなくてはならないが、何だか自分から探すのが凄く癪に思えてくる。

 以前は男子の方から私の所に来たというのに、これではまるで、自分が彼の事を好きみたいではないか。

 考えれば考える程腹が立ったので、死んでも探さない。彼の事は後で「サボった」と先生に報告し、然るべき処置を施してもらおう。退学にでもなってくれれば、あの女に嫌な思いを味わわせる事が出来る。

「菜雲ッ! この装飾ってどうする?」

「え……? あ、ああ、それね。それは―――」

 あの女が居るクラスには、絶対負けない。













 彼女が見た文字とやらに心当たりがある筈もない。『マダアソビタリナイノ?』とはどういう事だろうか。クオン部長辺りに聞けば、ひょっとしたら教えてくれるかもしれない。俺が抱き締めている内に御影の気分も落ち着いたようなので、可及的速やかに俺は彼女から距離を取った。真っ暗闇なので、転びかける。

「ありが、とう」

「気にするな。これでも同級生だろ。まあ……気になる事はあるけど、もうオカルトは腹いっぱいだ。暫く忘れる事にする。お前は文化祭に参加しないのか?」

「…………オカルト部、休部になったから。参加する意味が無い」

「いや、普通に回ろうぜ? 「文化祭なんて所詮は学生達のお遊び』なんて気取ってる訳じゃないんだろ?」

 たまーに、そういう奴がいる。中学生の頃に見た事がある。『自分には感情が無い』とか言い出して、見るもの聴くものあらゆるものに対して冷めた事しか言わない奴。そいつの口癖は『つまらない』だったが、俺は努めてツッコまない様にした。そいつは厨二を嫌っていたが、俺にしてみればそいつも同じくらい恥ずかしい言動をしていた。

 だって、つまらないと感じている時点で、感情が存在しているのだから。

 ああいう奴にはならない様にしようと思わせる人物を反面教師と言うが、あの男は教師ならぬ生徒と言ってもいいかもしれない。


 碧花に告白して大泣きして以来姿を見ていないが、果たして元気にやっているのだろうか。


「―――怖い」

「は?」

「部長が、学校に広めた嘘を知ってる。私が学校を歩いたら、奇異の目で見られる」

「あー…………そういうな。じゃあ俺と一緒に歩くか? そうしたら皆、お前じゃなくて俺の方を見るし、それなら怖くないだろ」

「…………何で?」

「そりゃあ勿論、俺がダンディーでクールでクレバーだからな! 一目見れば誰もが振り返るこの美しさ、分かるだろうッ?」

 俺は暗闇の中で前髪を流し、無駄に格好つけた。

「―――そうじゃなくて」

「ツッコめよ!」

 ツッコみ不在のボケがどれだけ見苦しいかは言うまでもあるまい。これを解決する方法があるとすれば、一人でノリツッコミとかいう、これまた素人がやると見苦しくなるものしか存在しない。碧花なら乗ってくれただろうに……

「どうして、そんな風に接してくれるの。首藤君」

 多分、どれだけ待っても彼女はツッコまないので、俺は黒歴史という事にして、一連の流れを闇に葬った。丁度ここは真っ暗闇なので、手間が省けて助かる。

「いや、別にお前から嫌がらせを受けた覚えは無いし、嫌う理由も避ける理由もないだろ。首狩り族の俺は常日頃奇異の目で見られてる節があるからな。お前がそれを嫌だっていうなら、俺だけでも普通に接さないと駄目だろ」

 まあ、俺だけでもというか、オカルト部の部員であればまず普通に接してくれるだろう。何せ部長がぶっちぎりの変人だ。あんなのと接しているならば御影など何の問題ではない。


 あんなの扱いは申し訳ないと思っているが、実際、『あんなの』だ。


「まあしかし、よく考えたら、俺と一緒に歩いたら余計に都合が悪くなりそうだな」

 男子と女子が仲睦まじいと、それを恋仲と勘違いする野郎が一定数居る。それは、彼女にとって本意では無いだろうし、俺も本意でないと言えば、本意ではない。御影の事は、まだ微妙に苦手なのだ。

「―――部長にでも連れ回してもらえ。あの変人だったら都合が悪くなりようがないだろ」

「……言えてる」


 数秒の沈黙。顔も見えない中、俺達は互いに笑いあった。


「ふふふ、ふふ」

「あっはははははは! だよな! やっぱり部長って変人だよな!」

「中々、居ない」

「分かるよ、それ。あんなのが十人も二〇人もいたらこの世の終わりだよな! あっははは…………おい、空しいからやめろ! 俺が馬鹿みたいじゃないか!」

 ほとんどの人間が文化祭準備をする中でこんな風に駄弁るなど、傍から見ればどう考えてもサボりである。それも根本的に相性の悪い者と過ごすなんて正気の沙汰ではない。それなのに俺達がそれを一向にやめなかったのは、お互い輪の外に居る自覚があったからだろう。それと、この暗闇があったからか。

 狼と山羊の関係ではないが、暗闇の中で行われる会話は、何故だかとても楽しいのである。

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