人知れぬ攻防



 御影といつまでも駄弁るのもそれはそれで楽しかったが、どうも俺は生理的に暗闇というものが嫌い……というか、苦手だ。お化け屋敷が嫌なのもそれが理由でもある。更に遡るならばお化け屋敷が苦手になったのは碧花と出会ったあの事件以降の話なので、あの事件で碧花と出会わなければ、多分俺はお化け屋敷が平気だった。多分。自信なさげなのは、臆病なのは生来のものだという自覚がある為。


 部室を出た後、俺は訳もなく校舎を歩き回る事にした。何度も言うが、手伝おうとしても俺の『首狩り』に気の弱い女子は怖がり、女子の好感度を稼ぎたい男子はそんな俺を餌と思いつつ、嫌悪する。彼女が誰よりも欲しいのは未だに変わらぬ思いだが、そんな俺にも悪性と呼ぶに相応しい性質は存在する。俺をダシに彼女を作ろうとするなんて気に食わない。


 なので俺は、手伝わない。手伝えない。俺一人は文化祭の達人でも何でもないので、たとえば俺一人が作業する代わりに十人が機能停止するならば、俺は手伝わない方が良い。こういう何もしない気遣いは殆どの場合怠慢と受け取られるが、俺にしてみれば、もうどうでも良かった。女子を泣かせてまで文化祭に関わろうとは思わない。俺が外れて皆が幸せになるのなら、それはそれで。



 とはいえ、先生に怒られるのだけは勘弁願いたいので、やはり部室を出るべきでは無かったかなとも思った。



 萌の手伝いでもしていれば色々な意味で幸せになれるだろうが、学年の壁を越えて協力など聞いたことが無い。俺と萌が良くても、萌を狙っていると思われる(あの可愛さとスタイルで狙っている者が一人としていないのなら、俺は驚愕するだろう。まあスタイルは見えないが)者は全く良くない。やめておいた方がいい。かと言って碧花も、俺には秘密にしておきたいらしいので、行けば通せんぼを喰らう。クオン部長は顔が分からないので論外。


 もうどうしようもない事が判明してしまった俺は、大人しく昇降口で暇を潰す事にした。ここは特に隠れていたり、人の隠せるスペースは無いが、滅多な事が無い限り先生は来ない。暇を潰すにはもってこいである。



―――っていうか、完全にこれ、サボりだよな。



 先生の来ない場所を把握してのサボりは、幽霊部員や帰宅部の暇潰しに通ずるものがある。同じ事を考えている輩が一人は居そうなものだったが、俺の視界に映らなかった時点で、俺はこの学校で一番のサボり野郎という事が判明してしまった。悲しい。


「…………はあ」


 誰一人として俺の隣に居ない今、俺は自身の所有する根本的な問題について向き合わなければならなくなってしまった。もう、散々言っているので、今更言う事でもないが…………





 どうすれば彼女が出来るのか!





 告白しない事には始まらないのは分かっているが、脈無しの女子に告白しても、簡易通話アプリでネタにされるだけだ。脈があると判断出来た女子にのみ、告白はする。そういう意味で言うと、脈があるのは今の所萌だけに思える。


 だが、もしも告白が失敗したら?


 俺は長いことクオン部長に弄られるだろう。それと一年生に恨まれる可能性がある。それをぬきにしても『首狩り』が彼女に作用しない可能性はゼロではなく、事実、俺と萌は宣告階段で死にかけた。それを思うと、どうにも告白は出来ない。



「悩ましきは己の不運かな、狩也君」



 聞き逃す道理はない。声の方向を見遣ると、俺に背中を向ける形で、昇降口前、つまり入り口にクオン部長が立っていた。ポケットに手を突っ込み、こちらも見ずに会話をするその様には、不思議な貫禄がある。


 サボりの。


「クオン部長? 何サボってんですかッ!」


「サボりとは失礼な。俺は買い出しから戻ってきたんだ。これでもクラスには貢献している。君よりかはな」


 嫌味な一言に、俺はムッとして答える。


「部長って何処のクラス所属何ですか? 教えてくださいよ」


「俺はオカルトと部員の為ならば命すら張る覚悟があるが、自ら脅威を呼び込む物好きではない。どうしてわざわざ死ぬリスクを作り出さなくてはならないんだ」


「死ぬリスク? どういう事ですか?」


「さてな、俺にもよく分からん。だが真相までもう一歩だ。判明すれば、君にも教えてやる」


「…………そうですか。でも俺、部長の素顔を見る方法、分かっちゃいましたよ」


 因みに今は狐面を着けていない。背中を向けているのはそういう理由であろう。


「聞かせてもらおう」


「先生に聞くんですよ。三年生でクオンっていう人知りませんかって。どうですか?」


 基本的に先生というものは生徒の顔をよく覚えている筈なので、俺がクオン部長のフルネームを知らなくても、先生ならば分かる筈だ。クオンという名字にどんな漢字が使われていたとしても、その苗字は一般的ではない。必然、被る事はない。


「成程。確かに俺とてこの学校の生徒だ。断じて幽霊などではないから、お前の案は名案だと言えるだろうな」


「でしょうでしょう! 教えてくれないと、その手段を使っちゃいますよ?」


「勝手にしてくれ。どうせお前に俺は見つけられない」


 怯まずに答える部長の反応を、俺は決して『強がり』とは思わなかった。


 注目するべきなのは、反応の種類。クオン部長は俺の案を前面的に肯定しているにも拘らず、その上で自分を見つけられないと語ったのだ。これを強がりと語る程、俺は部長の事を知らない訳ではない。この部長のスペックが尋常でない程高い事を、俺は体育祭にて知ってしまった。今更無知になるな事など、俺が人間である限りあり得ない。


「じゃあ今からそっちに行って、顔を見るとか」


「お前は暫く天を仰ぎ見る事になるだろう」


 ぶん殴る気満々である。体勢的に裏拳が俺の顔に叩き込まれるだろうから、そうやって予め脅迫されると俺も動けない。諦めよう―――


 そう思ったのも束の間、部長は俺の方に翻ると、そのまま横切った。



「…………え」



 ここまで顔を隠す事に固執する彼が、まさかそんな行動を取ってくるとは思わなかった。顔を上げれば見えただろうに、俺は暫く硬直し、俺の目の前を横切った部長の背中を見届けるしか無かった。


「ど、何処に行くんですか!」


「言っただろう。俺は買い出しから戻って来ただけだ。その一時を君の為に割いてやっただけで、サボり魔の君とは訳が違う」


「さっきから言う事辛辣ですね……俺だってサボりたくてサボってるんじゃ」


「分かってる。暇ならばもう少し時間を作ってもいいが、そうして欲しければそこでもう少し待つ事だ」


 部長は昇降口を過ぎてすぐの階段に足を掛けて、一瞬だけ立ち止まった。




「御影の相手をしてくれて、有難う。アイツの精神はまだ不安定なままだ。出来れば度々あんな風に接してやってくれ。首藤狩也君」




 お礼を言い残して、今度こそ本当に去ってしまった。変人ではあるが、俺は彼の事を嫌いではない。萌にしろ御影にしろ、彼は部員を本当に大切にしている事が窺える。特別萌の事は大切にしているからか、彼女からも信頼されているし、根は良い人なのだろう。変人だけど。


 ふと思ったが、ひょっとしてあんな変人と付き合っているから、俺に彼女が出来ないのではないだろうか。それは本当にふと思っただけで、直ぐに俺自身が否定した。俺に彼女が出来ないのは俺に人間的魅力が欠落しているからだ。これを他人のせいにしてはいけない。客観的事実として、俺に友達は少ないのだ。それは悪くも悪くも、俺に魅力が無いという事。


 この分析は自信の無さに基づいているが、それもまた俺の短所だ。自信のないチキン野郎は嫌われる。俺が勇敢だった事が一度だってあっただろうか。いや、無い。だから俺は特に仲良くしてくれている碧花にも告白出来ないし、良いムードになっても、押し倒す事だって出来ない。


 自信と言えば、クオン部長は自分にかなりの自信を持っているみたいだった。それが何を理由にして生まれた自信かはさておき、暇を持て余した陰キャラは性質が悪い。これを契機に、本格的に俺は謎の究明に努めるのだった。


 素顔を謎と言われるクオン部長の気分とは一体。俺は意を決して立ち上がり、部長が上った階段を駆け上がるのだった。










「キャッ!」

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