死人に口なし、そう言った
御影が戻ってきた事が、俺達にとってどれだけ大切な事なのか、それは七不思議に命をつけ狙われない限りは理解出来ないだろう。あんな思いをするのは二度と御免だ。もう萌を守れる自信が無い。特に禁忌を破っていない筈の宣告階段に襲われたのは、今でも謎である。
これ以上話そうとすると、単なる俺の愚痴になってしまうのでやめておくが、何にせよ彼女が戻ってきてくれた事は嬉しかった。あの場に居たなら誰でも分かっているだろうが、御影は第零階にて発狂していた。その原因を俺達が最後まで知る由は無かったが、彼女の意識が戻ったというのならば話は早い。何があってあったのか、これで全てが判明する。
萌の邪魔をする訳にもいかなかったので、俺は彼女と別れ、一人オカルト部の部室へ向かう事にした。多分、教室には居ない。居たら俺が真っ先に気付いていると思うし、部活は休止中だが、部室自体は開いている筈だ。クオン部長が健在な限り。
俺の予想は、やはり当たっていた。部室の鍵は開いており、中からは人の気配を感じる。文化祭準備を尻目にこんな事をしていてはサボりと取られても仕方ないが、俺は心の中で努めて自分のせいではないと納得しようとしていた。全ては俺の異名が俺をこんな風にさせたのだと、未熟ながら強引にそう言って、勝手に納得していた。たとえ『首狩り族』と呼ばれようとも、俺自身は良識的な教育を受けた一般的な人間だ。こんな風に人の頑張っているのをよそに動くのは気分を良く出来ない。何だか自分だけ不正に楽をしている気分になる。
「失礼しまーす…………」
小声でそう言いつつ部室に入ると、相変わらず電気が点いていなくて暗かった。来訪が初めてであれば、俺はこの漆黒の中に佇む人影に気付く事は無かっただろう。そいつは暗闇の中で、ジッとこちらを見つめていた。
「……………よ、よう。御影」
何せ面識が生まれたのは学校侵入の時だ。馴れ馴れしく接するのもどうかと思ったが、同い年なので敬語を使う必要も無いかと思い、結果として今の発言が生まれた。言った後に気付いたが、そう言えば俺は御影を苦手にしていた事を思い出し、後悔した。
暫くしてから、暗闇の人物が掠れた声を出した。
「……首狩り族。いいえ、首藤君」
「お、おう!?」
「……まずは、謝罪する。ごめんなさい」
突然謝られても、普通に困る。
人には謝罪を求めている場合とそうでない場合がある。謝罪を求めている場合とは、まあ喧嘩の直後だったり、陰口を聞いていたりと様々だが、俺はここ最近というか全然喧嘩をしないし、陰口なんていつもの事だから一々目くじらは立てたりしない。自分で言うのも何だが、俺が謝罪を求めている時なんて果たしてあったのだろうかと、真面目に思っている。
そんな俺に対して突然謝られても、許す許さないの問題ではなく、訳が分からない。特に御影なんて、今まで何処かに居たというのだから、俺に何かをする暇など無いだろう。
「え? 急にどうしたんだ?」
「貴方に…………辛辣な態度を取ってしまった。あの時は本当に……ごめんなさい」
「あの時? 辛辣? ………………ああーああああああああん?」
心当たりがない訳でも無い。俺と彼女の唯一の接点は侵入前の一瞬だ。あの時に俺は彼女に苦手意識を抱いた訳だが、もしかしなくてもそれの事を言っているのだろうか。だとするなら、謝ってくれなくても別に良かったのだが。
御覧の通り、俺がピンと来ていない。あんな一瞬の出来事なんて一々気にするものか。俺を好きになってくれる人なんて非常に限られているのだ。
いじめはされた側がよく覚えているものだが、これに関してはされた側の俺がよく覚えていない。した側が覚えているというのも、珍しい話である。
あまりにもしょうもない心当たりに、流石の俺も自信が持てなかった。
「ああー別にいいよ。うん。あの時の事なんて、気にしてないし、うん」
どう考えてもあの時とはあそこしかない。あれ以降で彼女と会えたのは第零階であり、その時には既に発狂していた。心の中では分かってる。
けれど自信が持てない。
今まで蔑まれてきたのに比べれば、本当に些細な事だった。というかむしろ俺は、別の部分に確かな変化を感じていた。
それこそ正にあの時の話で、彼女は声音の落ち着きぶりに反して、俺に対して凄く刺々しかった。しかし今は、あの時の刺々しさが無い。まるで人が変わったみたいに穏やかになって、こちらに対する微塵の敵意も見えない。牙が抜けるとはこの事を言うのだろうか。
「本当に……そう思ってる?」
「ああ。だって全然覚えてねえし。そうだったかなーくらいの認識だから怒るも何もな。そんな事より、俺はお前に聞きたい事があるんだよ」
「―――閉めて」
「え?」
「部室の扉―――閉めて」
良く分からないが、オカルト部は萌以外顔を隠したい病気にでもかかっているのか。かつての彼女と比べると随分なキャラの変わり様に、俺は戸惑いを覚えていた。反抗の道理も無いので、言う事には従う。
「閉めたぞ」
「鍵……かけて」
「…………え?」
声音から暗闇の人物が御影以外であるなんて事はあり得ないのだが、だとするならば耳を疑った。このご時世に彼女は何と言った?
鍵をかけて、だと?
男と女が二人っきりで、しかも真っ暗闇の状況で、鍵をかけて? それはこちらにその気があろうがあるまいが、中々どうして不味い状況では無いだろうか。
「な、何でだ?」
「邪魔…………されたくない」
彼女と話して少しだけ分かった事がある。言葉足らずが過ぎるのだ。これではいよいよ誰かに誤解を与えかねない。特に俺とか。
「じゃ、邪魔なんて来ないだろ! こんな所に誰が来るんだよッ」
「部長」
……仰る通りで。
「いや、部長は良いだろッ」
「駄目。部長は…………何かを隠してる」
「顔か?」
「違う。もっと重要な何か」
何度か冗談っぽくしようとしている努力は分かっただろうか。しかし彼女の発言は一向にぶれないので、俺も真面目に聞かざるを得なかった。部長が何かを隠しているというのは、俺も心の底で何となく感じている事なのだ。
下心抜きに俺は鍵を掛けて、位置関係をハッキリさせるべく、近くの椅子に腰かけた。これで誰も邪魔しようがない。鍵を開けられたとしても、入ってくるまでのタイムラグがあるので、それまでに対処すれば良いだけだ。
「なあ御影。あの時お前に何があったのか、教えてくれないか?」
我妻にしろ、藤浪にしろ、既に死んだ人物に事情を聴く事は出来ない。しかし彼女にならば、聞く事が出来る。あの謎だらけの学校で何が起きたのか。第零階に、どうして居たのか。
御影は沈黙を保ったままだったが、ここに来る暇人の足音はない。ようやく、重い口を開いた。
「あの時私は…………いや、私も第零階を発見した。下り階段に出現してたからおかしいとは思ってたけど、調査の為に入ったの。そうしたら、中に女の子が居て」
「女の子? 『血濡れ赤ずきん』か?」
「ううん。違う。赤ずきんって感じじゃなかった。でも直ぐに危険だと思って、逃げようとしたら―――いつの間にか、血濡れ赤ずきんが後ろに立ってた。振り返った瞬間に私は何かで殴られて…………!」
暗闇でお互いの顔も見えぬ中、それでも俺は理解した。彼女が頭を抱えた事を。
「それから全然頭を離れないの私は何処に居るの私は何処に居るのってずっと今でも言われててその度に気が狂いそうになって家では電話の音を聞くのが嫌になって夢では変な女の化け物に襲われるしいつも一人になると私の事を腕とか足とかが滅茶苦茶な事になった変なのが―――!」
「お、おい! 落ち着け!」
俺は手探りで彼女の位置を探り当て、その手を握りしめる。それでも彼女の錯乱は、止まらなかった。
「いつもいつも気が狂いそうになる死にたくなる何もかもが私に襲い掛かってくる怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い―――!」
「御影!」
オカルト部の部室が学校の端にあるのを俺は初めて幸運に思った。それくらい大きな声を上げて、俺はかつて碧花が俺にしてくれた様に、彼女を抱きしめたから。相手が女性なのを理解しての行動だ。有罪と思うならどうぞ裁いてもらいたい。俺にとっては天の裁きよりも、発狂する同級生を放置する事の方がずっと恐ろしい。利己的に考えてみても、目の前で常に発狂されると気分が悪くなるであろう。
「…………首藤君が私を見つけた時、私、何してた?」
「……壁に、クレヨンでグチャグチャな絵を描いてた」
「―――私が女の子を見つけた時。壁に、こんな文字が描かれてたの」
「マダアソビタリナイノ? ―――って」
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