そういえば、いない気がする

 文化祭はクラス毎に出し物をやるので、碧花とは離れ離れになってしまう。因みにあちらのクラスの出し物は決まっているそうだが、


「君を驚かせたいから、出し物は当日まで秘密という事にしておくよ」


 という事らしい。まあ出し物なんて直前の準備を見れば何をするのかなんて明白だと思うが、彼女の意思を尊重して、俺は敢えて見に行かない事にした。物理的にそこを通行しないと帰れないなんて事はない。学校にそんな一方通行な場所がある訳ないだろう。仮にあるとしたら欠陥構造も良い所なので、文句を言ってみても良いかもしれない。

 文化祭準備中、そんな暇な事をしてるんだったら手伝えと、十中八九怒られてしまうだろうが。

 遠足は行く直前が一番楽しいなんて乱暴な話もあるが、文化祭は当日よりも準備中の方が忙しいのは確かな話である。俺は自分のクラスに戻った時、今更の様に出し物を知った。

「め、迷路だと…………!」

 ここ最近、俺がらみで死人がやたら多い為に、首狩り族の異名は半ば本物と化している。だからか知らないが、全く通知されていなかった。俺も俺で話し合いに積極的に参加しなかったのは悪いと思ってるが、皆、俺を輪に入れてくれない。あっちにも二割くらい非があると思う。

 むしろここで教えてくれただけ、俺は幸運に想うべきかもしれない。下手すると俺は、当日まで己のクラスが何をやるか知らなかった恐れがある。

「そうよ。だから貴方も手伝って。狩也」

「いや、手伝えとは言っても、俺は何処を分担されてるんだよ」

 そんな俺を救ってくれたのは、声音からして如何にも気の強そうな目の前の少女だった。彼女の名前は笹雪菜雲ササユキナグモ。俺のクラスにおける文化祭実行委員であり、同時にクラス委員でもある存在だ。碧花とは違ってかなりスレンダーな体型なのが特徴である。これはどこぞの後輩みたいに体型マジックショーな訳でもなく、本当にスレンダーなのだ。その事は三年間クラスが一緒だった俺が分かる。スク水でも体操服でも、彼女の体型が変わる事は無かった。つまりそういう事だ。

「いや、貴方は何処にも当てられてないわよ。だって皆、貴方の事を怖がるんだもの」

「じゃあ手伝いようがないじゃないか!」

「仕事ってのは自分で探すものなの! 首狩り族の貴方でもそれくらい分かるでしょ? いいからさっさと行きなさいよ!」

 これは逆切れと呼ぶべきなのか、それとも怠惰な俺を叱咤する委員長な気質が見えていると呼ぶべきなのか、それは任せる。

 差別はしない主義だと思いたいが、流石にずっとクラスが一緒だっただけはあり、彼女も俺の首狩り族については承知しているし、今までの件を合わせれば真実だと思っているのだろう。実際、彼女の態度からは溢れた者に対する慈悲など欠片も見えなかった。要は俺の事が嫌いなのである。

 菜雲はぽかんと口を開けたまま突っ立っている俺をよそに、分担されている仕事に目を向けていた。御覧の通り、本当に碧花だけが俺にとっては友人である。オカルト部は変人しか居ないからさておき、彼女だけが唯一俺を『首狩り族』のフィルター無しで見てくれる。だから俺は彼女の事が大好きだし、同時に友達で居られる事が奇跡だと思っている。俺みたいなモブなんぞ、彼女にしてみればいつだって縁の切れる男である筈だから。

 クラスに協力したいのは山々だったが、中には俺が見るだけで怯える者も居て、その度に菜雲から「邪魔しないでよ!」と言われるので、俺はクラス準備を手伝う事を放棄する事にした。これなら最近学校に来ていない壮一の方がまだ扱いが良いだろう。

 階段を下りて、萌達の所を見に行く事にする。クオン部長の所でも良かったが、俺はクオン部長の素顔を知らない。多分準備期間は素顔だろうから、彼を探し出す事など不可能に近い。

 一年生の教室は、大体お店をやる事が多い様に思えた。看板や外装の作りから判断しただけだが、お菓子屋なんてのもあり、全体的に仲は良さそうである。俺の異名なんぞ知りようもない一年生は、一度俺の方を見た後、興味を失った様に再び作業に没頭し始めた。

「あ、先輩ッ!」

 その作業の集中ぶりから、俺は萌を探す事を止めようと思った(何度も言うが、俺に悪意はない。作業の邪魔をするつもりなんて何処にもないのだ)が、それよりも早くあちらが俺を見つけてしまった。俺は無視する訳にもいかず、声の方向を振り返る。

 これで人が違ったらびっくり仰天だ。俺の事を『先輩』と呼んでくれる可愛らしい後輩は彼女しか居ない。萌はそのあり得ないぐらいの判断能力で作業の邪魔をせずにこちらまで接近。最終的に足場が無くなったので、俺に向かって飛び込んできた。

 幾ら力が無い俺でも、萌程度の矮躯であれば受け止められる。多少よろめいたが、これで倒れれば絵面が不味い。俺は全力で踏ん張った。

「よう萌。まだオカルト部は活動停止中なのか?」

「あ、はい。そうですね。部長が何とか先生達に訴えかけてるそうですけど、曰く『もう少し時間が掛かる』らしくて。でも学校新聞に掲載される活動記録に問題は無いので、今は張り切って執筆中です!」

 何の話かさっぱり分からなかったが、そう言えばそんな話から、俺はまたも夜の学校に入ったんだったか。かつては良く分からん怪物と死体に追い回され、次は七不思議に殺されかけて……オカルトな分野に足を突っ込むと、碌な目に遭っていない。俺のせいかどうかは疑わしいが、あれのせいで我妻と御影が…………もう一人については、ノーコメントという事にさせてもらう。

 そこまで考えた時、ふと部長の言葉が脳裏に浮かんだ。



『俺は今、とても腹が立っている。首藤狩也、君の『首狩り族』は超絶的不運なんかじゃないんだよ』

『どういう事ですか?』

『意図的に引き起こされている、という事だ。正直に言っておくと……今回の七不思議に対する調査も、君に対する調査も、副次的な目的だったんだ。本当は陽太の意思を確かめる為の企画だった。それなのに、それなのに。君の不運が御影を、我妻を再起不能にした……いや、もう一人の参加者が俺の計画を利用した』

『参加者?』

『今回の調査には、もう一人同行者が居たという訳だ。流石にそこまでは分からないが…………勝手に計画を利用されたのは腹立たしい。まあ…………お蔭で、萌だけは死なずに済んでくれたが』



 あれはどういう意味だったのだろうか。もう一人の参加者と言われても……俺の知り合いの中で言えば、碧花くらいしか考えられないが、彼女は来ていない筈だ。電話で断られたし。

 となると、考えるだけ無駄か。記憶をしまい、改めて俺は萌を見る。

「執筆するの、お前なのか?」

「はい。部長は忙しいらしいので、私が代わりに。これでも、文章には自信があるんですよッ」

 萌は無い様で実はめちゃくちゃある胸を張って言った。制服を着た彼女は何処からどう見ても只のちんちくりんである。あの胸をどうやって隠しているのか、俺は未だにタネが見破れないでいた。

「先輩は準備しなくていいんですか?」

「え? ああ、俺は…………お前が俺に声を掛けた原因が問題で、溢れててな。準備をしようにも、一挙手一投足が邪魔になってしまうみたいなんだよ」

 萌は途端に顔を青ざめさせて、俯いた。

「ご、ごめんなさい。迂闊な事聞きました……」

「いいよ。お前は事情を知っても接してくれるし」

「当然ですッ。先輩の事、大好きですから!」

 好きという言葉に、俺は意識に眩い光が差し込んだのを錯覚したが、よくよく考えればライクである事は言うまでもないので、羞恥心を露わにする必要はない。「有難う」と言って頭を撫でると、萌は嬉しそうに頭を摺り寄せた。

「―――えへへ」


 可愛い。


 自分の事を好きと言ってくれる人を無碍に扱える程、俺は性格が曲がっている訳でも天邪鬼でも無い。場所が場所であれば、全力で抱きしめてしまったかもしれない。一年生の事情については良く分からないが、彼女の隠れファンクラブとかあるのではないだろうか。常識的に考えたマイナス面なんて、オカルト部に所属しているくらいだろうし。

 過激派であれば、スク水の彼女なんかを見て、毎日妄想していたりするかもしれない。

「あ、そうだ! 先輩知ってますか?」

「何を?」

「御影先輩の事ですよ。クオン部長から聞いてませんか?」

「そもそも顔を会わせないからな」

 御影由利。俺と同じ二年生で、気が付けば精神のおかしくなっていた女性だ。確か部長の話では、直ぐに自殺しようとして困るから全身に拘束が掛かっているのだったか。あれ、拘束されていたっけ。まあどうでもいい事だ。

「御影がどうかしたのか?」






「復活したんですよ! 今日から登校してるんです!」

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