本物の死神

 次の来訪者は萌と部長だった。俺の危惧はどうやら杞憂に終わったらしく、萌も部長も、傷一つない状態で来訪した。


「お邪魔するぞ」


「先輩ッ! 来ちゃいましたッ!」


 二人はそれぞれ死神、ミイラの姿だった。俺のコスプレ催促に大人しく従ってくれた事を感謝しよう。お蔭で俺は萌のエロ……可愛い姿を見る事が出来て満足だ。


「どうです、先輩? 似合いますか?」


「…………めっちゃ似合ってるぞ。凄い可愛い」


「有難うございますッ! 先輩がそう言ってくれるなら、ちょっと恥ずかしいけど、着た甲斐がありました!」


 萌のミイラ姿は無駄に凝っており、包帯というか白い布を本当に全身へ巻いていた。ただし、本当に全身ぐるぐる巻きにしている訳ではなく、露出は流石に控えめだが、ちゃんとお洒落にはなっている。


 太腿から腰付近にガーターベルトの如く掛けられた帯(そういう風に掛けられているだけで、まんまガーターではない事に留意したい)を見れば分かるが、本当にいい加減な服装とは言い難い。いい加減にやってもあんな風にはならないので、相当気を遣ったのだろう。また、包帯だけで作られたボロボロのスカート部分が足の片側を隠しているが、正直何も隠れていない。むしろ何を隠している。


 加えてスカート部分はチャイナドレスみたいに深いスリットが入れ込まれており、スリットから露出する足には何の装飾も施されていない。





 正真正銘の、生足である。





 そこには最早下着すら無い。肉付きの良い太腿がありのままの姿をスリットから覗かせている。目の前で会話している状態だが、それでも俺は生唾を呑まずにはいられなかった。碧花とは違い、『俺が好きだからやってみた』なんて事は無いだろうが、それでもここまで的確に俺の性癖を刺激してくると、いっそのことかぶりつきたくなってくる。


 流石に腰から膣に掛けては厳重に帯掛けされているが、それでも太腿の付け根まで一切の隠しが無く露わになっているというのは、高校生たる俺にとっては中々刺激の強いモノだった。上半身については流石に寒かったのか胸が僅かでも見えているという事は無いが、それでも十分である。


 何故なら包帯が巻き付けられているせいで胸の形がくっきりはっきり見えるので、それはそれでまた別の味が出ているから。へそ出しが最高だったが、流石にこの季節にへそ出しは季節感が無いか、もしくは温度を感じないのかと疑う事になるので、端から期待していない。


 帯に隠されているのはそれだけではない。ちゃんと死人感を出す為か、萌の片目には包帯が巻き付けられていた。


 ここまでやってくれると、むしろ靴を履いている事が違和感になる。


「お前、これ……自分で巻いたのか?」


「はい。こう見えても私、身体柔らかいんですよ? でも背中は本当に苦労しましたねー。部長にも手伝ってもらおうかなって思ってたくらいですから」


「え?」


「あ、手伝ってもらってませんよ! 流石に裸は……その、見られたくないので」


 まあそうだろうが。一瞬焦ってしまった。幾ら変人とは言え部長も俺と同じ男だ。こんなけしからん体に包帯を巻く為とはいえ触れる事になれば、きっと煩悩が理性を崩壊させる事だろう。


「道中の人には見られなかったのか?」


「あ、はい! 部長がコートを貸してくれたので、見られてても多分目を怪我してる人くらいにしか認識されてないと思います!」


 足裏にまできっちり巻かれているから、絶対そんな事は無いと思うが。相変わらず能天気というか、楽観的というか。


 ここまで来て俺は一度も部長の格好について詳細な言及をしていないが、その理由というのも、特に驚きが無いからというか。死神の格好が似合い過ぎているのだ。鎌こそ持っていないが、前世が死神だったのかを素直に疑うくらい、あまりにも様になり過ぎている。


「部長はそれ……普段着じゃないんですか?」


 気が付いたら言葉に出ていた。部長の目が細められるのが、一瞬だけ見えた。


「そんな訳無いだろ」


 今となっては死神と一口に言っても様々な恰好があるが、部長のそれはオーソドックスな黒いローブと骸顔だった。フードを目深に被っている癖に、そこから更に仮面を被っているのだから表情が読めない。


 何が怖いって、いつもの狐面ならばいざ知らず、今回被ってきたお面は明らかに作りが乱雑であり、まるで何処かから拾ってきた動物の骨を自分で組み合わせて作り上げたみたいである事だ。偏見が混じるのであまり喩えは出したくないが、マイナー民族が儀式の際に着ける仮面みたいな雰囲気である。


「こんなのが普段着だったら変人扱いされる所だ。だが俺は変人じゃない。違うか?」



「違いますね」


「違います」



「お前らな…………」


 たとえどれだけ心理学に長けていようとも、表情が読めないのでは何も見えてこない。声音的には、それ程不機嫌でも無いが。


「あ、そう言えば部長。電話の時の事なんですけど」


「何だ? 気になるのか?」


 気にならない筈がない。萌に電話を掛けたと思ったら彼が出て、早々にこちらへ隠れ場所を尋ねて来たくらいなのだから。何らかの裏組織に追われているぐらいの想像は無理からぬ事だ。これだけ見ると俺もまだまだ厨二病から脱せていないのだろうと思えてならないが、実際、オカルト部に絡むと非現実的な事ばかり起きるので、厨二病とは言えそうもない。


 下手すれば命にも関わるのだから。


「大した話じゃない。君に誘われるまでフィールドワークに興じていたんだが、その時に調査の一環で聞き込みをする事になったんだが、よりにもよって萌が反社会的奴等に聞きに行ってしまってな」


「……反社会的? それってヤーさんみたいなもんですよね? え、何で部長がそれ見分けられたんですか?」


「黒塗りの高級車を持ってる奴は大体そうだろ」


「偏見ですよッ!」


 とはいえ、言いたい事が分からない訳ではない。俺達の住むここは富裕層の多く在住する地区ではないので、仮に俺が同じ車を見かけたとしても、きっと部長と同じ思いを抱いていただろう。それとこれとは話が違う気もするが、腰を折るのもいただけないので、今は流す。


「まあこの阿呆、ちょっと不味い事を聞いたみたいでな。二人組の内片割れを怒らせてしまってな」


「阿呆とか言わないでくださいよ! 聞けって言ったの部長じゃないですかッ」


「えッ―――」


 最早オカルトとか関係なく、俺は物理的恐怖に戦慄きながら萌を見た。何故か当事者たる萌はきょとんとした表情を浮かべているが、そっち系の人を怒らせておきながらよくそんな間抜け面が出来ると本気で思ってしまった。


 そしてそんな状態で、良くこうもウキウキとウチのパーティーに参加を表明出来たものだ。


「で、車に押し込まれそうになってたから、取り敢えずそいつらのして逃げてきた。隠れ場所が欲しかったってのはそういう事だな」


「は? 殺されますよ?」


「仕方ない。オカルトを追究していくと、こういう事もあるさ」



 控えめに言って頭がおかしいと思う。



 この部長、全然緊張が感じられないが、自分のやった事が本当に分かっているのだろうか。俺達に対して顔を隠すのとは訳が違う。そんな奴等に喧嘩を売って、まともに生活出来るとはとても思えなかった。


「まあそいつらが反社会的勢力かどうかは、飽くまで俺の偏見だから実際はどうか知らん。只、違ったとしても萌に対して誘拐を仕掛けようとした事は事実だ。なあ萌」


「あ、はい。そうですねッ」


 やっぱり萌は他人事みたいに語るのであった。反社会的云々の話は真偽不明だから抜きにしたとしても、それでもこの二人の反応は何かが明らかにズレていた。話を聞いているだけでも俺は『死』を感じているのに、この二人はそれに対して何ら恐怖していない。むしろ当たり前の存在だとすら認知しているみたいに、あっけらかんとしている。


 オカルト部の活動記録から、彼等がどんな目に遭ったのかという一端を俺は知っているが、どうやら一端だけではまだまだ足りない様だ。萌の反応から察するに、どうやらオカルト部―――少なくともこの二人は、現実的恐怖より怪異的恐怖の方が恐ろしい様だ。良くテレビなどでは『結局人間が一番怖い』等と言われているが、この二人はその結論の全く逆を行っている。


 果たしてそこに辿り着くまでにどんな道のりがあったかは、オカルト部のみぞ知る、だ。







「―――って待ってくださいよ! もしかして部長が来た事で俺達も狙われる可能性ありますよね?」







 知り合いを潰していく事で恐怖を煽り、心を屈服させる。ホラー映画でも周りから死んでいくし、多分精神圧迫の常套手段なのだろう。


 俺の危惧に対して、部長は少し考えてから言った。


「それはあり得ないから安心してくれ」


「何でそう言い切れるんですかッ!? 反社会的云々が部長の偏見だったとしても、そういう怖い人って絶対お礼参りにくるじゃないですかッ」


「いや、だってもうその件は終わったしな」



「は?」



 困惑に困惑が重なり、脳細胞が破壊されている予感を覚えつつも、俺は懸命に考える事を続けた。諦めたら、そこで思考終了だ。


「俺は一言もまだ終わってないとは言っていないぞ。君の家にお邪魔するんだから、面倒事は手段を問わず終わらせる。『首狩り族』効果で余計にこんがらがっても困るしな」


 だから萌も部長も全然怖がっていなかったのか。俺は脳内で勝手に現在も続いているもんだと思っていたから、いよいよ気がおかしくなってしまったのかと思っていたが、もう終わった事ならば仕方ない。どんなに酷い体験も、時が過ぎれば思い出となる。


 例えば過去の浮気を武勇伝の様に語る男の様に。


 例えばフラれた時の話を話の肴にする男の様に。


 さっきの今なので、思い出というには早すぎる気もするが、個人差があるのだろう。心の中で俺は本気で安堵した。今度ばかりは怪異もへったくれもないが、それでも生きた心地がしなかった。


「……そう言えば、御影とは会わなかったんですか?」


「あ、その事なんですけど先輩!」


 萌が口を開く。


「御影先輩も誘ったんですよね? 先輩、メッセージの方で凄く喜んでましたよ!」


「……どんな風に?」


 萌が携帯の画面を見せてくる。そこには『首藤君にパーティーへ招待された。凄く嬉しい』から始まり、『何を着てくるべきか迷う』など、傍から見れば彼氏とのデートに浮かれる彼女としか思えないくらい、はしゃいでいた。


 あの御影が。


「…………ネットで人格変わる人ってやっぱり居るんだな」


「ネットに限った話ではないですよ? 御影先輩、文章になるとかなり饒舌ですし、喋るのが苦手なだけなんだと思いますッ」


 世の中分からないものだ。俺の中で御影のイメージが若干変わった。そして彼女があそこまで喜んでくれていた事に、俺も何だか嬉しくなってしまった。


「……所で、そろそろ玄関から移動したいんだが」





「あ、すみません。二人共上がってください」



  

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