好きな女の子くらい守って見せる
「えええええええええええええええええええええええええええええ!」
碧花がマギャク部長とした賭けの内容に、俺は今世紀最大の驚愕をした。何で驚愕したって、そんなの分かり切ってるだろう。退学を条件に快諾したマギャク部長の異常さと、見返りの交際を快諾した碧花の異常さに、である。
「お、お前何でそんな賭け、受けたんだよ。断れよ! 断ればいいだろ!」
「いやあ、呼びだしてきたのはあっちだし、諦めさせるにはこうするしか無かったし。それに……」
「それに?」
「君が守ってくれるって―――言ったから」
碧花に言われて、俺はハッとした。そうだ、確かに俺はそう言った。虐めはしていた側に覚えがないとは良く言われるが、こういう言葉も、言った側は良く覚えていないらしい。ただ、決して無責任に言った訳ではないのは分かって欲しい。すっかり忘れていたのは事実だが、あの発言は俺が俺という『矜持』に誓って放った言葉である。誰にでもあんな事は言わない。言わされたならともかく、碧花だから、俺から言ったのだ。
「お前、覚えてたのか」
「君の発言は全て覚えているよ。トモダチとして当然の事だろう?」
「お、おう。俺は全部覚えてないんだけどな」
「それはそれだよ。私は押し付けるつもりなんて無い。飽くまで私としての価値観だ。まあ、そんな事より……さっさと行動しないと、負けてしまうよ?」
「知り合いを使っても良いんだったよな?」
「『首狩り族』のせいで同級生からは完全に化け物扱いされてるしね。君の場合知り合いを禁止すると、いよいよ誰ともツーショットを撮れなくなる」
「ひでえ言われ様だぜ。連絡先じゃあるまいし、ツーショットくらいなら少し頼めばいいだけだよ。という訳でまずは一人目だ」
「え?」
「碧花。俺とのツーショット撮らせてくれ」
ポク。ポク。ポク。ポク。ポク。ポク。ポク。ポク。チーン。
「え?」
「え?」
何だ、今の音。木魚? 別に何もないし、お坊さんも居ないし。俺の気のせいだったのだろうか。
「撮らせてくれないか?」
「………………な、何で私?」
「いや、知り合い使って良いんだろ。俺とお前は友達だし。お前を使っちゃ駄目なんて一言も言われてないし。それとも……俺とのツーショットは、嫌か?」
仮にそう言われた所で、納得は行く。美人に合うのは美人であり、俺みたいな奴はお呼びじゃない。思い返してみると彼女とのツーショット写真なんて一回も撮った事無かったし、拒否されたとしたら、そういう理由だ。
今までの無表情は何処へやら、碧花はぶんぶんと首を振った。
「そんな訳無いだろ。いいよ、いい、いい。良いに決まってる」
「え、お前テンションおかしいぞ。急にどうしたんだよ」
「―――別に普通じゃないかな。…………あ。待って。少々化粧を……」
「今までした事ねえだろ! ほら撮るぞ。もっとこっちに来いッ」
「あッ」
そう言って退室し、なんやかんやと理由を付けて戻ってこない気だろう。その手には乗らない。俺は碧花の腕をぐいと引っ張り、強引に腕を組んだ。
「き、君。何だって今日はそんなに強気なんだい?」
「お前との初めてのツーショット写真だし、気合い入れなきゃ損だろ。しかしどういう感じで撮るか……」
二度と逃げられない様にがっしり腕を組んで、携帯を俺達の側に向ける。感覚としては自撮りに近いが、存在がSNS映えしない俺は自撮りに慣れていない。ピントがズレている。自動修正されるとはいえ、撮影にはもう少し時間が掛かりそうだ。
「……狩也君、申し訳ないけど、体勢を変えても良いかな」
「え? ああ、別にいいけど。何か良い体勢があるのか?」
「無いなら提案しないよ。じゃあ、ちょっと力抜いてて」
言われた通り力を抜く。当然拘束は緩まるので、碧花はすんなりと俺の片腕から脱出。力なく垂れ下がる俺の片腕を暫く見つめていると、何か思いついた様だ。携帯越しにその光景を見ているが、今の所俺は何も発想出来ていない。
「目、瞑っててくれないかな。驚かせたいんだ」
「どんな体勢でやるつもりだよ」
断る理由もないので目を瞑る。人間の感覚は五感からなるが、一方が塞がれれば一方が鋭敏になる。碧花の居る方向に耳を傾けると、何故か深呼吸が聞こえてきた。
―――写真で撮られるのが初めてって訳じゃないと思うんだけどな。
そこまで緊張する事だろうか。ハリウッドスターとツーショットならまだしも、相手は俺だ。それでも他人であればまだ話は通用したが、彼女と俺は友達である。一体何処に緊張する必要があるというのか。
深呼吸が途絶える。暫く無音になったが、何故足音を殺しているのだろう。ひょっとしてこの機会に乗じて俺を暗殺しようとしているのだろうか。まるっきり冗談のつもりで言ったのに、碧花ならやりかねないと、何故か俺はそう思った。
むにゅり。
柔らかい感触を、腕の辺りから感じる。それも片側が接しているというよりかは、まるで挟まれている様な感覚だ。
「…………なあ、碧花。今お前、何処に居る?」
「…………」
何も言ってくれないので目を開けて携帯を確認すると―――
碧花は俺の背中の方に回り込み、俺の片腕を胸に挟んだ状態で、ピースをしていた。
「ブフッ!」
漫画だったら鼻血を出している頃だろうが、俺は違う。性欲処理を引き受けてやろうと自ら言い出すくらいには、碧花は下ネタに慣れているのだ。これくらいやってくると予想出来なくて……いや、予想出来なかったが!
「…………俺的には良いけどな! こんなもんマギャク部長に見せたら殺意抱かれるに決まってんだろ! 後、もしお前二人目以降の人に『どんなふうに撮るの』なんて言われて、これ見せてみろ。大炎上だこの野郎! 夜道で刺される!」
「…………」
「大体お前も、良くそんなポーズ知ってるなッ。あれか? ん? 前に一度やった事あるってか?」
「…………」
「―――碧花ッ?」
何かおかしい。俺は肩越しに彼女の方を振り返った。胸に腕が挟まれている事自体は、ぶっちゃけ腕が天国なので、動くつもりはない。服越しとはいえ彼女の胸の柔らかさは隠しきれるものではないのだ。
さて、全く返事をしない件についてだが、これは直接振り返ってようやく分かった。携帯のピントが合わなかったから(自撮りの才能が無いのだろう)さっきまで分からなかったが、碧花の全身が固まっていたのだ。
目も、口も、呼吸も。全てが止まっている。
これでは何の反応も返してくれないのは、当然であろう。
「えええええええええええええええ!」
遅まきながら、事態の深刻さを理解した俺は、来世紀分の驚愕をした。碧花とこんなエッチなツーショットを撮ろうとする俺が硬直するのは分かる。童貞だから。だが当の本人が固まるというのは、一体どういう理屈があって成立する事象なのだ。
双眸の前方で手を振って見るが、反応が無い。流石に心配になって振り返り、肩をゆすって見たが、それでも固まっている。
手遅れ!?
いっそ動かないのを良い事におっぱいでも揉んでみるというのも……いや胸を擦ってみるというのも……いや乳房をしゃぶってみるというのも…………まあしないが。
そんな度胸があったらとっくに俺は童貞じゃなくなってる。妄想だけが一丁前なのが、童貞たる証だ。手の打ちようがなくなったので、暫く眺める事、十分程度。昼休みが終わりかける頃に、ようやく碧花が動いた。
「……あれ。撮影は終わったの?」
キョトンとした表情でそう言ってきやがった彼女を見て、遂に俺の堪忍袋の緒が切れた。
「いや、終わる訳ねえだろ。何言ってんだよお前!」
碧花は俺がキレている理由が分からない様だった。
「何言ってるって、ちゃんと体勢は変えたじゃないか。後は君が撮れば、それで完璧だったんだ」
「だったんだ、じゃないだろ! お前ロボットかよ! 尻尾でも引っ張ったら電源落ちるのかよ! 滅茶苦茶心配して損したぞこの野郎!」
「いや。だってこういうの初めてだし…………初めてだけど……」
「だけど?」
碧花は頬を紅潮させながら、手元で指を弄りつつ言った。
「ほ、ほら。君だってこういうの初めてだろ? だから笑顔を……出してやろうかな、なんて」
「余計なお世話だ! それにお前だって笑ってなかったしッ!」
「え、笑ってなかった?」
「おう。表情が歪んでただけだ。あれを笑顔って呼ぶと、俺は全人類を敵に回す事になる。もう固まるなよ」
全く。無駄な時間を過ごしたし、心配して損した。碧花に主導権を渡すと碌な事にならないのを学習したので、もう頼まれようと主導権を渡す気はない。
また深呼吸から始めようとした碧花の腰を強引に引き寄せ、シャッターを切ると同時に、俺は渾身の笑顔を披露した。
一人目、完了。
「狩也君」
「何だ?」
「その写真、後で私にもくれないかな。お互いに、初めてのツーショットだし。大切にしたいんだ」
「おう、いいぞ。しっかし初めての割には上手くいったなあ、流石は俺。自撮りの才能に満ち溢れてやがるぜ!」
出だしは好調と言った所だが、撮影の瞬間、碧花が俺の方を向いていたのが少し残念だ。意味ありげに俺の笑顔を見つめて、微笑んでいる。それに俺はピースをしていたが、碧花の手は何処をどう見たってピースサインを―――
あ。
していた。俺の首の横から二本の指がちょこんと顔を出している。位置関係とこの綺麗な指から察するに、どう見たってこれは碧花のピースサインだ。
「…………へへッ」
俺みたいに堂々とピースサインをするのが恥ずかしかったのだろうか。そうだとするなら、俺は久しぶりに彼女の女の子らしい所を見た気がする。
部屋を出る直前、俺は碧花の方へ振り返り、意味ありげに笑いかけた。勿論意味なんて無いのだが、何を感じ取ったか彼女はハッと目を見開いて。
恥ずかしそうに、視線を泳がせた。
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