夜は墓場で……



 ここまでべらぼうに墓場が広いなんて聞いていないのですが。


 心の中で悪態を吐いて三十分くらい。俺は未だに奈々を見つけられずに居た。何処歩いても鐘楼なんて見えないし、決して俺の身長が小さいからとか、そういう理由ではないと思うのだが。仕方がないので、俺は再び奈々に電話を掛ける事にする。今度繋がらなかったらどうしようかと思ったが、何をした訳でもない俺達にそんな怪異は起こり得ない。間もなく、電波が繋がった。


「あ、くびっちー? なあに、私の事心配してくれたの?」


「そりゃ心配するだろう、急にいなくなったし。なあ、鐘楼ってのは本当にあるのか?」


「あるってー! 青銅色って言うのかな、古臭い鐘があるんだから! 嘘なんか吐かないよ、私も不安で不安で……早くくびっちが来てくれないと、寂しさでおっちんじゃうかも……」


「ウサギか! 墓石から墓石ぴょんぴょんしとけよ! それで旅館まで帰れるじゃねえか!」


「あ、くびっち。言い忘れてたんだけど」


「何だ? 何か目印が他にあったのか?」


 それならば話は変わってくる。鐘楼より分かりやすい目印があるのかは考え物だが、あるというのならそれを探すに越した事はない。俺は真面目に奈々を探しているのに、返ってきた答えは嫌いな先生の物真似をする友人以下のふざけた答えだった。


「ううん。ウサギは別に寂しくて死ぬ訳じゃないって事を言いたかっただけなんだけどー……」


「おっそ! いや、はっや! 別に付け足す程の事じゃねえよ!」


「そう~? でも教えとかないと、テストに出たらくびっちが困るよ?」


「高校で『寂しさのあまり死んでしまう生物はどれでしょう』なんて頭の悪い問題が出たら世も末だな! 生物の授業でも出る事はないと思うぞ? だってウサギって答えるだけだし!」


「だからウサギじゃない―――」


「はいはい分かりました僕が悪かったです。ってか、そんな話じゃなくてな。その鐘楼、鳴らせないか?」


 そう。俺は最初からこの話をしたかった。ウサギが寂しさで死ぬとか死なないとかどうでもいい。『パンツとスカートどっちが良い?』とかいう、結局意見の尊重されない質問くらいどうでもいい。妻はおろか彼女すら居た事のない自分がこの喩えを出すのは気が引けるが、それこそやはりどうでもいい。鐘楼さえ鳴らす事が出来れば、音源からおおよその位置を特定出来る。頭の悪い俺にしてはとても合理的な案だと思う。碧花も褒めてくれるに違いない。


「んーどうやって鳴らすの? 殴ればいいかな?」


「女子のする発想じゃねえな! お前は格闘漫画のキャラクターか何かか? あれか? それとも俺より強い奴に会いに行くとか言うのか?」


「…………その話、詳しく聞いても」


「聞かなくていいわ! 今そんな話してる場合じゃねえし! それで、鳴らせるのか?」


「……無理っぽいな~。ちょっと鐘楼の周りを見てみたんだけどお、あの丸太みたいなものが無いしー」


「そうか…………」


 詰んだ。完全に詰んだ。狐に化かされているのを疑うくらい墓場は広いし、視界の隅々まで見渡しても鐘楼なんて一個も見当たらないし、最悪である。奈々との通話を切り、思考の行き詰った俺は散々考えた末に、碧花へ連絡する事にした。奈々の発言から電話に出てくれるかは怪しかったが、どうやら碧花も無事な様で、滞りなく通話が開始された。


「もしもし?」


「はいはい。何だい、君。デリヘルの番号と間違えて掛けてくるなんて」


「だーれがデリシャスなヘルスか。間違えようがないだろ!」


「ふむ。直接発言する事が恥ずかしくて言い換えた気持ちは理解出来るけどね、甘美な性風俗は本来の言葉よりも不味い言い回しじゃないかい。美味だけに」


「うるせえ! なあ碧花。一つ相談があるんだけど。お前が居る場所から、鐘楼って見えるか?」


「鐘楼? 君、私が何処に居るのか分かってるのかい? まあ見えるけどさ」


「そうか! じゃあ俺の事は見えるか? 因みに俺からは見えないぞ」


「私からも見えないよ。何だい、鐘楼に行きたいのかい?」


「ああ。そっちに奈々が居るみたいだから合流しておきたいんだ」


 何の気も無い発言だったが、妙な間が挟まれた。携帯越しに耳を澄ましてみると、『まあいいか』という言葉が微かに聞こえた。


「分かった。君が何処に居るかは知らないけれど、案内しよう。旅館を目印にすれば行けるだろうから、ちゃんと私の言う事を聞いてくれよ?」


「え、何だお前。旅館に居たのか?」


「君より一足早く起きたものでね。少しばかり探索していたのさ。ああそうそう。どうやら神崎君達は知らなかったみたいだけど」


「何だ?」


「私は中途半端な心霊スポットを調べたつもりは毛頭なくてね。私のピックアップに引っかかった場所は、全部本格的に危険な所さ。強力な御札を貼らないと抑え込む事も出来ないから、そう言う意味で言えばここは一番危険だと言えるだろうね。怖い話をすると霊が寄ってくるとも云うし、付いてきた私もそうだけど、随分危険な場所に入り込んでしまったよね」


 話が見えない。つまり彼女は何が言いたいのか。俺が返答に困りかねていると、第六感的にその事を察してくれたらしい碧花が、勝手に答えを出してくれた。


「鉄門扉の前にあった綱。あそこには本来御札が貼ってあったんだよ。でも君が見た通り、無かったろ? まあ元々踏み込んだ時点で心霊現象に遭うのは仕方ないのかもしれないけど、それでも御札があれば外まで逃げればいいだけの話だ。でも無かったとしたら…………とにかく、早く皆を見つけて、判断を仰ごうか。私の見た限りじゃ肝試しなんかしても百害あってという奴だし、あ、もしかして今が肝試しなのかな。フフフフフ」


「何笑ってんだよ! 俺とお前は連絡出来るからいいけど、他の奴とは出来ないんだぞっ?」


「人が突然消えるなんてある訳ないだろ? 普通に考えれば肝試し、もしくは君を脅かす為に仕掛け人の側に回ったのかもしれない。考えてもみたまえ、本当に消えるんだとしたら、どうして私や君が消えず、こうして動けているのかな? まあ、いずれにしても私の知る所ではないけどね。それじゃあ、そろそろ案内するよ。夜は墓場で運動会と言うだろう。ドタバタやっていれば一人くらいは無事に見つかるさ」


 演技でもない事をさりげなく言い放ちつつ、碧花は一旦言葉を切った。


「それじゃあ、案内するよ―――まず、旅館の方を向いて…………」




 












「…………それから右に行って、後は直進。私と君の情報共有に齟齬が無ければ、これで問題なく辿り着ける筈さ。一旦切るよ。私も他の人を探してみるから」


 気に食わない。もっと言えば不快だった。彼は随分な幸せ者だから気付いていないけど、これは飽くまで合コン。どんな手段を使っても男達はお目当ての女性を落とす事に執心し、女性は女性で、気になる男性と交流するイベントだ。


 彼が私以外の女子と交流しようとするのは、まあ千歩譲って認めよう。私は嫉妬深い一面があるけれど、別に彼を縛りたい訳じゃない。そもそも一定の人数と交流をしておいた方が、その関係性がどう途切れたとしても、コミュニケーション能力の糧となるから無駄ではない。私が不快に思っているのは、合コンに参加する他の男子達の手口だ。


 私は随分前から知っている。彼らが狩也君を誘い、合コンという舞台の中で、徹底的に辱めてやろうと計画していた事を。それは決して女性の前で局部を曝させるなどの横暴ではないけれども、狩也君は思い出もスペックも決して恵まれた男性とは言えない。彼等は、そんな狩也君がひた隠しにする弱みを、女子の前でバラして嫌わせようとしていたのだった。


 彼の為、とは言うまい。単にこれは、私が気に入らないからやるだけの事。そこまでしないと自分を魅力的に見せられない男子達に呆れてしまっただけの事。私的には、たとえ自分が魅力的でないと分かっていても、魅力的になるべく必死に努力する人間の方が、何倍も好ましいのだけど。


 それが理解出来ない男子と、私と意見の合いそうもない女子には、少し痛い目に遭ってもらう。少しとは言ったけど、その度合いはこれから決めるつもりだ。


「そろそろ合流出来たかな」


 簡易交流アプリの方にメッセージを残してから、私は次の行動に移る。試されているのは肝ではなく、人間性である事を、果たして他の人はいつ気が付くのだろうね。

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