あいたい会いたいアイタイ

 碧花に対する罪悪感はあったが、俺は俺でこの空間に居るのを悪くないと感じていた。オカルト部の奴等は大体変人(というと萌や御影に失礼かもしれないが)のお蔭で、一緒に居ても退屈になるという事が無いのだ。頬を抓る抓らないのどうでもいい騒ぎはあるが、それもまた俺達の仲が良好である証と言えるだろう。


 所で、俺は何故碧花に罪悪感を覚えているのだろうか。彼女が勝手に電話を掛けてきて、応対しただけだ。むしろ彼女の方が俺に合わせるべきで、こちらが罪悪感を覚える道理はない筈だ。俺は自分の思考が自分でも分からなくなってしまった。レストランでここまで難しい顔をするのも俺くらいなものだろう。目の前では実に平和な光景が繰り広げられてる。


「あー部長、酷いですよ! 何で一番早く来るんですかッ」


「いや、お前らが如何にも調理に手間が掛かりそうな料理を頼むから悪いんだろ。その辺りを俺は弁えている。これが部長と部員の隔絶たる差だ。まだまだ部長になるには程遠いようだな、萌?」


「う~! 今に見ててください! 一回でも部長をぎゃふんと言わせて見せますから! そうしたら部長も私を認めざるを得ない筈ですッ」


「さて、俺をぎゃふんと言わせられる日は来るのかどうか…………」


 暫く輪の中に俺は居なかった。それもその筈、メンバーの内三人はオカルト部。俺が自らの手で目立とうとしなければ、これは只のオカルト部の集会になるのである。寂しい思いを抱く結果となったが、お蔭で俺は碧花に罪悪感を覚える理由が分かった。





 俺が覚えた違和感。彼女の言った『楽しそう』という言葉。最初俺は気のせいだと断定したが、違った。





 あれはきっと、寂しい事を俺に示していたのだ。思い返してみれば碧花は俺以外に友達が居ないので、このように俺が別の輪に居ると、必然的に一人となってしまう。孤独を嘆く様な女性ではない事は長い付き合いの俺が良く知っているが、それでも……やり手のビジネスマンが外国に出張した際、日本の味噌汁が恋しくなるのと同じように、彼女だってたまには、誰かと過ごしたいのだろう。だから俺に電話してきたのだ。


 陰キャもといボッチの俺なら、暇だろうと思って。


 しかし実際は御覧の通り。現時点でのみ俺はボッチではないので、彼女の頼みには応えられそうもなかった。碧花はそれに気が付いてしまい、だから……俺は違和感を覚えたのだ。違和感というより、まあ罪悪感なのだが。どっちでもいい。どっちにしても俺は彼女を傷つけてしまった事に変わりはない。


 居ても経っても居られなくなり、俺は電話を掛けようとしたが、それと同時に俺はつい先程の会話を思い出した。



『あ、終わったら折り返すよ。何か、ごめんな』



 まだ食事は終わっていない。こんな所で掛けたら終わっても無いのに掛けたことになって、意味も無くまた迷惑を掛ける事になってしまう。謝罪出来ない事がこれだけもどかしいとは思わなかった。携帯を取り出しかけた手を、再び収める。今の俺がすべきことは、これに付き合う事である。終わったら掛けると言ったのだから、それ以外の時に掛けるべきではない。ぬか喜びさせようものなら、それこそ彼女を傷つける事になってしまう。


「……何か、料理遅いな。何でクオン部長だけ早いんだ?」


 愚痴っぽくそう言うと、部長に続いて萌までも動きを止めて俺を見た。俺の発言に何らかの間違いがあったとは思えない。何てことのない発言だ。全ての発言を古語化しているならまだしも、こんなの日常会話における基礎だ。もし間違っていたら極刑行きでもおかしくない。


「な、何だよ」


「…………いや、さっきの会話聞いてなかったのか?」


「さっきの会話? ああ、はい。全然」


「部長ったらここの店長の人とのコネを使って自分だけ早く料理を運んでもらってるんですよ! 肝心の食事もいつの間にか全部終わらせちゃうしッ。先輩見てなかったんですか?」


「すまん。ちょっと考え事をしていてな」


 萌の言う通り、彼の前に運ばれた料理は全て空になっていた。仮面が汚れている様子もなく、口に穴が開いている訳でもないので、普通に仮面を下から掬い上げて食べたのだろうが、だとしてもいつ食べたのだろうか。俺が幾ら碧花の件で考え込んでいたからって、食事シーンをまるっきり見逃す程盲目な筈はないが。


「―――って待て。流すな。狩也君に変な事教えるな。俺とこの店にコネなんか無いし、あったとしたら世界一安っぽいコネの使い方としてギネス記録取れるだろうよ」


「え、だったら取りに行きましょうよ! そうしたら部員増えますよッ」


「素直かお前。そんなんでギネス取って誰が入りたいって思うんだよ」


「先輩とか」


「俺は入らねえって」


「狩也君はもうウチの部員みたいなものだろ」


「違いますよッ!?」


 どさくさに紛れて入部した事にされるのは勘弁願いたい。俺はもうオカルトなんてコリゴリなのだ。嫌な目にしか遭った記憶がない。何故かあの時俺は助かったが、次に腹でも刺されたら生きていられる自信がない。


「首藤君は、入る気は無いの」


 隣の御影を見ようとしたが、思ったより顔が近かった。光の失われた瞳が何処か頽廃的な美しさを醸し、束の間俺を魅了する。雰囲気的には碧花に近く、またそれなりに美人…………どれくらい美人かというと、碧花がぶっちぎり過ぎて誰も狙わないと仮定すれば(実際は結構狙ってる)、一番彼女が欲しい男子に狙われるくらい美人だ。クラスだったら三番手とか二番手とかそのくらい…………なので、俺は窓側に背中を押し付け、ドギマギする。




 二人に唯一決定的な違いがあるとすれば、体型だ。




 碧花は絵に描いたボンキュッポンというかグラマラスというか、とにかくとても煩悩を刺激するが、御影にはそれがない。貧乳と馬鹿にする気は決してないが、とてもスレンダーなのだ。


 なので彼女を相手にする際に一番気を付けなければならないのは足。今回は制服のまま入店している事もあり、スカートから伸びる足は俺に邪な感情を抱かせた。あまりに純朴な男であれば、そのまま持て余した所だろうが―――この首藤狩也を舐めないで欲しい。


 仮にも俺は水鏡碧花の唯一の友人。彼女と一緒に過ごしていて邪な感情を覚えなかった時など片手で数えた方が早いくらいの回数しかない。脳内では既に三桁を超える回数押し倒していると言えば、俺が如何に己の煩悩に振り回されているか分かるだろう。


 女性諸君はどうかこんな俺を罵らないで欲しい。あんなワガママボディが近くにあって何も感じるなという方が無理がある。菩薩でも無ければ如来でもない。別に仏教には詳しくないが、ともかくエロスに耐性は無い。俺の抱える煩悩が一〇八で済むものか。除夜の鐘なんぞにとり払われる清らかな欲は持ち合わせていないのだ。


 既に開き直り始めていたお蔭で、相手に悟られぬ程度には素早く平常に戻れたが、実はそれを可能にさせた要因はもう一つある。それはこの学校の制服だ。俺は萌に焦点を合わせて、さりげなくその胸に視線を落とした。


 今の見た目こそ胸は御影と同じくらいかそれ以下に見えるが、プールで会った時の彼女はそれはそれは立派なものをお持ちだった。発言が変態親父のそれだが、それくらい衝撃的だったと理解してもらいたい。ちんちくりんだと思っていたのに、まさかトランジスタグラマーという奴だったなんて誰が思うだろうか。


 この変化を俺は勝手に体型マジックショーと呼んでいるが、それを可能とさせている制服は、本当に不思議な構造をしている。学校七不思議に加えても個人的には異議なしだ。


「入る気……は、無いよ。酷い目に遭ったし。お前だってそうなんじゃないのか? 七不思議関連で一番酷い目に遭ったのはお前だろ…………その、生きてる中でさ」


「それは、そうなんだけど」


「そうなんだけど?」


 御影はそっぽを向きながら、机の下で俺の手を握ってきた。


「………………」


 何でもいいから、何か言ってほしかった。ここで沈黙されると、俺は勘違いしてしまいそうになるのだ。



 『もしかして、こいつ俺の事が好きなんじゃないか?』と。



 答えは分かっている。二年間の内に学んだ。恋愛慣れしていない陰キャは少し優しくされたり近寄られるだけで勘違いするのだと、嫌という程理解した。何度恋愛相談する度に、俺が碧花に切り伏せられたと思っている。



『勘違いだよ』


『脈無しだろうね』


『それは無いと思うよ』


『それだけで好きかどうかを判断出来たら……苦労しないよね』



 だから何か言ってほしかった。言ってくれない上に表情まで見せてくれないと、本当に勘違いしてしまうではないか。



―――え?



 まさか?


 まさか?


 まさかなのか?


 何も言ってないけど、まさかなのか?


「―――いいの」


「いい?」


 答えを知るべく、或は勘違いを正すべく、俺は彼女に投げかける。今は部長の視線も気にならなかった。


「首藤君と、こうして友達になれたから……部長は信用ならないけど、これからも続ける」


 御影の手が、離れる。狙ってか狙わずか、丁度その時、俺や萌の頼んだ料理が運ばれてきた。



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