だからオカルト部じゃないって!

「居心地は良くないな」

 俺は現在、オカルト部の面々と共にレストランに来ている。間違っても全員ではない。曰く病弱と引き籠りとはそもそも接点がないので、こうして一緒に来ている面子は、学校七不思議調査の際に出会った者達だ。来てから三回くらい気が進まない旨の発言をしているのはクオン部長である。

 因みに彼がそう言っている理由だが、それは恐らく彼に集中する視線が原因である。

「仮面外せばいいんじゃないですか?」

 ……そう。その通り。部長を最初に見れば誰もがその仮面を見る事になる。居心地が悪い理由になっているのならさっさと外せばいいだろうと俺も思っていた。そんな狐面しているから従業員にも不審者を見る様な目で見られるのだ。萌の発言には正当性しかないので、俺も頷く。隣に居る御影も頷いていた。

 因みに席の座り方だが、俺と部長が窓側で向かい合う様に、萌と御影が通路側で向かい合う様にしている。この時点で分かる事だが、部長の隣には萌が、俺の隣には御影が居る。これは俺や萌、部長が望んだ事ではなく、他でもない御影の要望を通したものだった。


『部長は……信用ならない』


 そう言っていたので仕方ない。まあ気持ちは分からなくもないが、部長は根は良い奴だと俺は信じているので、全員での食事を実現させる為にはこれしかなかった。萌はどうやら俺の隣に座りたかったらしく最初は頬を膨らませていたが、切り替えたのか、今はメニューを見てどうしようかと悩んでいる。

「断る。誰に狙われているとも分からないからな」

「だから部長は誰に狙われてるんですかッ?」

「知らん」

 果たしてこれを厨二病と呼ぶべきかどうか俺は迷った。発言のみを切り取れば明らかな厨二病なのだが、俺達は今までに非現実的なものに遭遇してきている。俺は不運のみでそれに遭遇しているが、部長は自ら遭遇しようとしているのだ。怪異に狙われていても不思議ではないのを考慮すると言い辛いし、俺は実際に狙われていた例を知っている。





 中学校の頃の話だ。別のクラスに自分は特殊工作員の一人であり、常日頃暗殺の恐怖に襲われていると話す男が居た。

 そいつは変人極まるというか、厨二病が極まっており、授業中にも拘らず『奴のライフルが俺を見ている』と言い出して授業をボイコットしていた。特に俺とは接点も無く、知っているというのも変人だったから単に有名だったというだけの話なので(今の俺が首狩り族として有名なのと同じ様に)、俺は名も知らぬ男を笑っていた。「世の中おかしな奴が居るんだな」とどう考えても俺が言うべきでない事を思いながら過ごしていた。

 だって特殊工作員が『自分は特殊工作員です』なんて言う訳ないし、暗殺の恐怖に襲われている割には精神状態はまともだし、それも含めて授業中に狙われているという事は個人情報が割れているという事でもあるので、仮に本当だったとしてどうやって今まで生きてきたのか。十中八九というか確実に嘘だと思っていたから笑えていた。



 そんな男は、ある日死体で見つかったらしい。



 学校では詳しい事は話されなかった(死んだ事くらい)が、後々謎の情報網を持つ碧花によって俺もその詳細を知る事が出来た。

 彼の死体には全身に拷問の痕があり、頭に一発、胸に四十発以上のドングリが撃ち込まれていたそうな。近くには犯人に繋がる痕跡が一切なかったそうなので、犯人は相当殺人をやり慣れていて、更には警察の捜査方法について深い知識を持っているのだろうと碧花は分析していた。撃ち込まれたのが銃弾ではなくドングリなのは、単に持っていなかったか、線条痕を残したくなかったか、どちらかとも言っていた。

 線条痕一つで結構な事が分かるらしいので、その対策としてドングリを使ったのなら随分大胆だとも言っていた。しかしドングリを真っ直ぐ飛ばせる訳が無いから、どうやって撃ち込んだのかは未だに良く分かっていない…………が、ドングリをどうやって撃ち込んだのかはさておいて、俺は彼が死んだ理由について思い当たる節があった。彼の発言だ。

 ひょっとすると、彼は本当に狙われていたのではないだろうか。いや、最初は嘘だったのかもしれない。しかし本物の暗殺者が彼の発言を聞いた事で襲撃されてしまい、死んだのではないか。少なくとも俺はそう思っているし、この件については碧花も、

「まあ、調子に乗り過ぎたよね。何事も身の程を弁えるというのは大切な事だ。本人にどういう発言の意図があれ、それを受け取るのは他人である以上、どういう風に考えるかも他人次第。何にせよ自分が特別だなんて信じて吹聴してる様な奴は長生きしないよ。どういう形であれ、いつか痛い目に遭う」

 と言っていた。





 何が言いたいかというと、部長の発言を俺はあまりいい加減に捉える事は出来なかった。多分ふざけている事は分かっているのだが、それでもそんな例がある以上、本当に馬鹿馬鹿しいという事は出来ない。彼の死に関しては珍しく俺が一切関係ない事柄なので、過去のトラウマを刺激されるという程ではないが、それでも素顔を見せる事を嫌がる部長に対して、この場で強引に取ろうという気にはなれなかった。

 まあ部長の顔が見たくない、と言えば嘘になるので、それとこれとは話が別。今は乗り気ではないというだけで、素顔が見られるなら是非とも拝ませてもらいたい。ここまで隠すのだから、さぞかし凄い顔なのだろう。

 圧倒的ダブルスタンダードに、俺は自分でも溜息を吐いてしまった。けれどもこれは、部長に対する信用の証でもあった。


 彼と部長の最大の違いは、実力である。


 俺と碧花のデート中の話だが、彼は地上からホテルの屋上までをノンストップで駆け抜けて八石様から逃げ切るという何気に凄い事をさらりとやっている。だが彼は、特に喧嘩が強い訳でもないらしかった。喧嘩と怪異との対峙ではジャンルが違うというのならば、体育祭の時に部長は壮一を軽く捻っている。首狩り族と名高い俺と関わっていて尚、首が狩られていないのだから、きっと誰も彼を殺す事は出来ないだろう。俺の不幸の力は並大抵の不幸とは比べ物にならない。それすら跳ねのけている彼に、今更何の障害があるというのか。

「知らんって! 部長、いい加減お顔を拝見させてくださいよー、一回で良いんですって!」

「駄目だ。御影、注文は決まったのか?」

「…………はい。これで」

「そうか。狩也君は……おっと電話中か。仕方ない。俺が適当に頼んでおいてやる」

「いや、ちょっと待ってくださいよ。クオン部長に頼むとおかしな事になりそうなので頼まないで下さい」

「部長~ッ」

 萌はクオン部長の腕を掴んで何度も揺さぶるが、彼はまるで意に介さず、俺を見つめた。

「なら早く電話を終わらせてくれ。とっとと帰るぞ」

 丁度俺も暇していた、とは何だったのか。よっぽど居心地が悪いらしい。あまりにも彼が萌を無視するものだから、終いに彼女は拗ねて俺の方に突っ伏してきた。

「先輩、部長が無視します~! あんまりですよ、これじゃあ私が幽霊部員みたいじゃないですかッ」

「オカルト部の一員なら本望だろう。幽霊になれるのは」

 ぼそりと呟かれた一言を、萌は見逃さなかった。俺に向かって突っ伏していたのに、その一言がきっかけとなり急に姿勢が正される。

「酷い! 私が一番出席率高いのに!」 

「そうだな。とても偉い事だと思うぞ。フィールドワークも一人だと寂しいからな。これからも皆勤してくれ」

「え、本当ですか? まあ部長がそこまで言うなら続けてもっへなんぜつねるんでひゅかー!」

 萌の頬は本当に柔らかくて触り心地が良いので、抓っている時の部長はかなり愉しそうだった。それも本人にすれば不快に違いない。状況も状況だし。ゴムパッチンよろしく放された頬を、萌は必死に捏ねていた。

「褒めてくれたっていいじゃないですかッ」

「褒めただろ」

「抓ったじゃないですか!」

「愛情表現だ」

「そんな国何処にも無いですよ!」 

 微妙にずれた会話を繰り広げる二人はとても微笑ましく、今、この空間に広がっているのは、オカルト部というネームから想像されるものとは、全く正反対に位置するものだった。取り敢えず、注文をしない事には始まらないので、俺は電話でのやり取りを早々に切り上げる事にした。



「もしもし、碧花?」

「うん、何?」

「会えるけど、時間掛かりそうだ。ちょっと今賑やかでな、もしかしたら聞こえたかもしれないけど」

「…………ああ、聞こえたよ。とてもタノシソウだね」

 一瞬、彼女の言葉に違和感を覚えたが、何の事は無い。俺の気のせいだった。

「お前も来るか?」

「遠慮しておくよ。水を差すのは野暮な気がする。邪魔して悪かったね」

「あ、終わったら折り返すよ。何か、ゴメンな」



 特に何事もなく電話を終わらせると、俺は御影の方を見て、向かい側を指さした。

「何か進展あったか?」

「また、抓ってる」

 言われなくても分かる。大して進展は無かったらしい。二人は子供の様にじゃれ合っていた。

「にゃんでこんどはりょうほひょなんでしゅか~!」

「かの有名な預言者は言った。右の頬を抓られたら左の頬も抓りなさい。何なら両方抓りなさいと」

「しょんないいかげんな預言者いませんよッ。もうおこひました、部長にもやってあげましゅから!」

「やってみろ。このお面に抓る所があればな」

 注文の為には店員を呼び出さなければならないが、この二人のやり取りが終わらない内に呼び出すと、連れの俺達まで何やらヤバい目線で見られる気がしたので、俺は二人―――いや、話の通じやすそうな方に向かって言った。

「部長! 萌の頬を抓ると気持ちいいのは分かりますが、辞めてあげてください。気持ちいいですけど!」

「先輩!?」

 何故か萌は裏切られたと言わんばかりに俺の方を見た。屋上でもやったので今更な表情である。事態こそ収束したが、そのあまりにもズレた止め方に、俺も頬を抓られる事になった。

「馬鹿、なの?」

 御影は呆れたと言わんばかりに、俺の方をジト目になって見つめていた。

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