鬼さんだーれだ



「許さないって―――何? アンタが許さなかったら、どうするっていうの?」


 ここに来てもまだ抵抗を続けるとは、賞賛に値する。両足を縄で縛られてまともに立ち上がる事も出来ないのに、よくここまで威勢の良い発言が出来る。両手こそ自由だが、仮に彼女が五体満足に動けたとしても、勝負は目に見えていた。油断をするつもりはないけれど、ここまで状況が覆ったら、事実上こちらの勝利だろう。


「―――これから死ぬ人物全員に言っている事だから、君にも言っておこう。狩也君の『首狩り族』は嘘っぱちだ」


「…………何ですって?」


「彼には超絶的不運も何もない。本当に只の人間だよ。彼を利用したり騙そうとする気に食わない人物を私が殺してるだけだ。何やら彼の周りで起きた事件を調べてたみたいだけど、あれは全て私がやった事だよ。今の君みたいに、二人きりの状況だった事もあった」


 その隠す気も無い告白に、彼女は目を見開いて信じられないとばかりに私を見ていた。人を殺す様な人間だとは思わなかったのかな? 私を嫌う割に私の事が何も見えていないんだから、笑ってしまうよ。暗に『君を殺す』と言ってあげたのに、彼女は全く怯む様子が無かった。バールを持って来たくらいだし、殺す覚悟も死ぬ覚悟も出来ているのかな。


「―――な、何でそんな事を…………矛盾してるじゃない!」


「矛盾? 何処が?」


「アンタ、狩也の事が好きなんでしょ? だったらどうしてアイツを孤立させるのよ! おかしいでしょ、アンタがそんな事しなければ、アイツは孤立なんて…………」


「いいや、しただろうね」


「え?」


「彼はお人好しが過ぎるあまり、人に騙されやすいタイプの人間だ。利用されやすいと言った方が良いかな。私が守らなきゃ、彼は真に孤立しただろうね。色々な人物に利用されても、それでも彼は本心から人を憎悪する事が無いから。だから発言の撤回を求めるよ。私は彼を保護しているんだ。彼は幸せになるべきなんだよ、極々一般の人と変わりないくらいにはね」


 私の知る首藤狩也とはそういう人物だ。どうしようもないくらい格好悪いのに、どうしようもなく格好良い。矛盾しているこれらは、現実の上でのみ矛盾を内包したまま道理を保つ。分かりにくいのならばダブルスタンダードな人間を想像してみれば分かる。星の数程いるだろう。



 即ち私達にとって現実とは、矛盾を矛盾のまま貫く事が可能な不可思議空間だ。



 格好良いけど格好悪い。格好悪いけど格好良い。だからこそ私は、彼の事を誰よりも愛している。彼と出会ったあの日から、あの瞬間から。私と彼は『トモダチ』として繋がっている。


「しかし……まあ。私も人間だ、独占欲というものは当然ある。保護なんて言い方は建前だと言い返したかったのなら、予め認めるよ。私は彼の全てが欲しい。いや、私の事を何もかも奪って欲しい。だから彼を保護して、私だけを見る様に仕向けている」


「―――――イカれてるわ、アンタの愛情。そんな身勝手な感情で、アイツを『首狩り族』に仕立て上げてるなんて……!」


「悪い事かな。私は彼に全てを奪って欲しい。彼に命じられたなら今すぐにでもこの頭を拳銃で撃ち抜いたっていい。テロリストとして国に喧嘩を売っても良い。そういう関係の事を何というか……『トモダチ』と言うんだけど、勿論聞き覚えが無いとは言わせないよ。友達百人出来るかなという唄は有名だ。だから別に、不思議な事ではないと思うよ」


「そういうのを友達とは言わないのよ! この厨二病がッ。国に喧嘩売るとか何言っちゃってんのアンタ? そういう発言は漫画の中だけにしときなさいよ!」






「本気だよ」






 これが歪んだ愛だというのなら、それでもいい。私は私なりに純粋に彼を愛しているだけだ。誰に何を言われようとも、私は私の愛を信じるだけ。その権利を誰にも踏み躙らせはしない。


「どうやら彼が幸せに暮らすにはこの国の環境が一番らしいから、その気はないよ。けれど、もし彼が望むのなら―――犯罪者にだってなるさ」


「もう犯罪者のアンタが何言ってんの!? ちょっと胸が大きいからってだけで男を誘惑して遊んで、挙句『愛』を称して一人の男子に己の罪を全部被せるなんて最低! アンタみたいな奴がいるから、この世から犯罪は消えないのよ!」


「君が言うか、笹雪菜雲。私を殺そうとしていたのに、どの口が言うのかな。それに、先ほどから君は狩也君を庇う発言をしているけれど、君は彼の『敵』だ。勝手に『トモダチ』面をしないでくれ、反吐が出るよこの偽善者」


 オカルト部の気に食わない連中然り、本当に彼の味方ならば、『首狩り族』の肩書があろうとも友好的に接している筈だ。今になって手を返して擁護している時点で、彼女は私を悪者にしたいだけであり、そこには彼への仲間意識や好意など微塵も窺えない。私が白と言えば黒と言い、黒と言えば白と言うだろう、この女は。どれくらい私の事を嫌っているのかは分からないけれど、何が何でも敵対したいらしい。


「君は私の何が気に食わないんだ?」


「アンタの『自分は特別だ』って勘違いしてる感じが大っ嫌いよ! このクソ野郎!」


「へえ、そうか。でもそれ、君にも当てはまるよね」


 反論の余地も許さず、私は言葉を並べ立てる。


「君は『自分が特別だ』と信じているから私が気に食わないんだろう。私からすれば狩也君以外からの告白なんてドブネズミから求愛されたに等しい価値だけど、君にとっての価値はそうじゃない。男からの人気が君自身の価値、君の信じる自分を肯定してくれる材料になる。君は自分の美しさを自覚していながら、誰よりも自分の美しさを信じられていないんだ。肯定してくれる材料が無ければ、己の判断すら信じられないのが君だ。これがどういう事か、分かるかい?」


「…………何が言いたいの?」


「君が私の事を嫌う理由は、只の劣等感だという事だ。私は肯定してくれる材料がなくとも自分を信じられる。君には出来ない事が出来る。国を相手取る事が厨二病だって? 勘弁してくれよ、君。厨二病患者というものは出来もしない特殊能力や有りもしない虚実を語るからそう呼ばれているんだ。国を相手取るなんて言葉だけ見れば大きいかもしれないけど、国を作るのは神じゃなくて人間だ。つまり私の手が届く範囲にあるという事。なら、何も変わらないよね。今の私と君みたいにする事も…………十分可能だ」


「……アンタの発言は全部滅茶苦茶よ。国を相手にするなんて言うは易し。女子高生に何が出来るっていうの?」


「私も君もこの国の首相も同じ人間だ。刺せば死ぬ。斬れば死ぬ、折れば死ぬ、裂けば死ぬ、撃てば死ぬ。それを相手に不可能な事なんてある訳無いだろう? 少なくとも私は私の実力を信じているよ。君とは違って、自分には絶対的な自信があるものでね」


 冥土の土産話はこれくらいで十分かな。これから死ぬ事を遠回しとはいえ最初に言ってあげたのに、全く怖がる様子が無いのは、それだけ私を憎悪しているという事かな。死の恐怖よりも憎悪が上回れば、確かに怯む道理はない。


「さて、そろそろ君を殺すつもりだけど、君の連れてきた取り巻きのせいで証拠隠滅が面倒なんだ。悪いけれど、君には自ら死んでもらう」




 …………私の発言に理解が追いつかなくなったのか、彼女の動きが硬直した。沈黙と同化する事でそれは静寂となり、一時の休息が私に訪れた。




「し、死ぬ訳ないでしょ! アンタの喋った事、ぜーんぶバラしてやるんだから! その後に殺されたとしてもアンタを道連れに出来る! テメエみたいなロクデナシは、狩也に嫌われちまえばいいの―――」


 瞬間、私の身体は翻り、反射的に彼女の顔を踏み潰していた。それは本当に無意識の事だったが、しかし確かな怒りが、私の内側で滾っていた。


「口には気を付けた方が良いよ、君。誰が誰に嫌われるって?」


 勢いあまって本当に鼻を踏み潰してしまった事で、彼女に答える余裕は無くなった。噴き出す鼻血と苦痛に悶えながら、助けを呼ばんと懸命に喘ぎ交じりの声をあげていた。本来の私なら直ぐに猿轡でもかませる所だけれど、ここは彼女が用意してくれた最高のステージだ。どれだけ騒いでも人は来ない。どれだけ叫んでも人は来ない。全て彼女が良しとした条件だ。


 返り討ちに遭う事まで考慮出来ていたとは思えないけど、もう少し市街地寄りの場所にするべきだったね。


 私はひたすら転げ回る彼女に背中を向けて歩き出した。ついカッとなって顔面を踏みつけてしまったので、これをどう処理するべきかを考えなければならない。彼女の今後は『生きる事を選んだ彼等』に任せるとして、私は電話を掛ける事にした。







「ああ、もしもし。狩也君? 今何処に居るのかな」




















 何か、碧花から電話が掛かってきた。


 別に迷惑という訳ではないが、何だろう。普通にビックリしてしまった。ひょっとして、俺が作業に加われていない事を心配して掛けてきたのだろうか。だとしても今は放課後だし、電話するなら屋上で掛けて来て欲しかった。


 結局俺が屋上で送った文章が無視されているのも、個人的には辛い。


「今はレストランで飯食ってるけど、何だ何だ? 俺のメッセージを既読無視ならぬ未読無視しやがって、俺は怒ってるからな!」


「…………あ」


 碧花の方から音声が消える。一瞬電波障害かとも思ったが、単にあちら側からマイクを切っただけの様だ。三〇秒後、繋がった様な音が聞こえた。


「ごめん。気づかなかったよ」


 こうも素直に謝られてしまうと、冗談半分とはいえ突っかかった俺が何だかとても小さい男に見える気がした。辛いとは言ったが彼女には彼女の都合があるのだろうし、実際にはそれ程怒ってもいなかったのもあり、遅れて俺も謝罪する。


「…………俺の方こそごめん。絡み方を間違えた。で、何か用か?」


「用がなくちゃ掛けてはいけないのかい?」


「いや、用があるから掛けたんだろッ?」


 鶏か卵か理論ではないが、実際の所、用もなく電話を掛けるのはリア充くらいな気がする。リア充であれば二人で話しているだけで楽しいだろうが、俺と碧花は恋人関係ではない。俺も特別話が上手い訳じゃないから、話しているだけで楽しいという事もない。


「用らしき用はないんだけどね。強いて言うなら君に会いたくなった。会えるかい?」


「今、何処に居るんだ?」


「近くだよ」


 妙にぼかしてきた事に違和感を持たぬ程の鈍感では無かったが、親しき仲にも礼儀あり。きっと俺が聞いては不味い所に居るのだろう。例えば女子トイレとか。このレストランから一番近い女子トイレと言えば一〇五メートル程先にあるので、そこだとすれば話も通る。


「俺はねがった……じゃない、別にいいけど。でも―――」


 俺は携帯から意識を逸らし、現実に注ぎ込む。何も俺は一人でレストランに来て孤独の食事を楽しんでいる訳ではない。連れが居るのだ。碧花を除けば唯一の友人達とも言える者達を。

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