危険なのは俺達だけじゃないらしい。
料理の出来について一々感想を語れる程、俺は舌が肥えている訳でもなければ、評論家を気取っている訳でもない。運ばれてきた料理については一切のノーコメントを貫かせていただく。只、「美味しい」としか言えないので。変に通ぶっても叩かれるだけだ。
「ふむんぅ~美味しい!」
奇妙な発音を前置きに、萌が料理を頬張った。言語的には『ふむ』と『んんぅ~』が重なった状態と理解は出来るが、どうやって発音しているのか分からない。でも可愛いので良しとする。口いっぱいに料理を頬張る彼女を見ていると、癒されるのだ。これが後輩的可愛さなのか、小動物的可愛さなのか、それは分からない。どっちにしても萌が俺にとって清涼剤的な位置に居る事に変わりはない。初めて後輩を持つ事になって、最初は微妙に恐怖していた節が無くも無くも無くも無かった……訳が分からなくなってきた……が、こういう感情を抱けるようになったという事は、俺も先輩になったという事なのだろう。クオン部長が彼女を特別扱いする理由は分からないが、もしも御影が死んでいて、顔を出す後輩が彼女一人だけだったなら、俺はきっと同調していたに違いない。
可愛くて仕方ないのだ。
萌に対してそう思ったのは、何も今が初めてではないが、それでも改めて言わせて頂きたい。この素直で懐っこい子犬みたいな後輩を見ていると癒される。今は制服を着ているお蔭でちんちくりんにしか見えない事もあり、猶更癒しとしての力が高まっている。ちんちくりんという言い方は見た目悪い感じがするが、それは言い換えれば『邪な感情を抱かない』という事だ。
体型を隠す事の出来ない水着や体操服などであれば、あの矮躯からは想像もつかない巨乳が現れるので、とてもではないが同じ事は思えない。いや、問題は胸だけではない。胸が大きいだけであれば他にも幾らか居る。あの胸にあのスタイルが加わっている事も問題なのだ。ボンキュッボンがどれだけ犯罪的なのかは碧花を知っていればよく分かるだろう。あれに邪な感情を抱かずに接する事が出来るのは菩薩くらいなものだ。
顔も身長も体型も変わっていないのに、全く違う印象を抱かせてしまう……部長は仮面を付けている状態も付けていない状態も全く印象を変えさせないが、その後輩である彼女はそうではない。
とはいえ、オカルト部はそればっかりだ。どういう形であれ二面性が無ければ入部できないのだろうか。だとすれば御影も…………?
俺は隣に座る彼女の胸元を見た。完全に変態だが、彼女もまた向かいに座る萌と同じ様に食事に集中しているので気付かれない。黙々と食べているので勘違いしてしまいそうだが、俺はこの手の表情を読む事に自信がある。何故って……碧花がこのタイプだからだ。
その俺に言わせると、御影もまたこの料理に満足している。なので俺が胸を見たって気付かれる事は無い。
………………無い、よな?
萌の例があるので、見た目が絶壁でも絶対にそうとは言えなくなってしまったのが辛い所だ。本当にどうやって隠しているのか。本人に聞きたい所だが、俺にそんな度胸は無い。
そして萌にそのことを聞く度胸が無い時点で、胸があるかどうか確かめる為にここで御影の胸を触る度胸は無い。ある訳が無い。あったら萌にだって聞ける筈だ。胸の事について聞くのと胸を触るとでは訳が違う。胸の事について聞くのはセクハラだが、胸を合意も無しに触るのは犯罪だ。俺に犯罪を犯す度胸は無い。余程の事が無い限り、俺は秩序の中の住人で居たいのだ。
このままガン見していると流石に気付かれるので、直ぐに目を逸らす。部長と目が合ったので、また逸らした。
「美味しいです! 先輩、良くこんなお店知ってますねッ」
「馬鹿にしてるのか?」
「え……いや、そんなつもりはないんですけど、そう聞こえました?」
「そう聞こえるな。地理的にも隠れ家って訳じゃないし、一般的な高校生だったら一回か二回くらいは寄るだろ。ここ。だって学校からも近いし。それともまさか……いや、まあそんな反応見せられたら納得も行くが、お前等さてはまともなお店に行ったことが無いな?」
「そ、そんな事ないですよ! 御影先輩、言ってあげてください。私達が今までどうやって過ごしてきたのか」
「……何で、私なの」
表情を見なくても声音で分かる。御影は物凄く面倒くさそうにしていた。しかしそれ以上に分かりやすく萌は口を尖らせており、やがて愚痴っぽく言った。
「御影先輩、隣に座ってるじゃないですかッ」
根に持っているとかそういう訳ではないだろうが、萌にその事を言われ、彼女は言葉を詰まらせていた。当人の目の前で「信用ならないから隣に座りたくなかった」とは言えないだろうが、それを言わなければ俺の隣に座った理由が説明出来ない。見捨てる道理もないので助け舟でも出そうかと考えていると、諦めた様に御影が箸を置いた。
「首藤君、私達が今まで何処に行ってきたか分かる?」
「いや、分からん」
部員じゃないし。
「……一番最近のだと、『ひょろひょろ』かな。学校に行く前の話だけど」
「『ひょろひょろ』? 何だそれ。また怪談話か何かか?」
「そう。『ひょろひょろ』はとある地区にだけ言い伝えられる怪異で、見た目は普通のおじいさん。そのおじいさん、縦から見ると普通なんだけど、横から見ると身体が存在しないの」
良く分からん存在にはそれなりに慣れてきたつもりなのだが、その話を聞いて俺はまだまだ自分は未熟だったのだと悟った。そんなおじいさんが一般に存在する訳が無いが、その話をしている時点でオカルト部はそれに遭遇したという事。ネームイメージだけで決めつけていたが、後々こうなると分かっていたのならオカルト部に入っていた方が良かったかもしれない。そうしていれば今頃は萌とも恋人関係に…………
いや、ない。碧花との距離が開けるのはまっぴらごめんだ。あそこまで発展したことが奇跡だと宣うなら、俺の想像とはその奇跡を投げ捨てるに等しい行為だ。そんな事は出来ない。
「それってつまり…………二次元の住人って事か?」
「…………かな。名前の由来は目撃情報で共通して風に飛ばされて消えるから『ひょろひょろ』。貴方と一緒に学校の七不思議を調査する前、私達はそれの調査に向かった」
御影は一度言葉を切ると、自分の鞄から一冊の本を取り出して俺に差し出した。『オカルト部校外活動記録』と題されたその本の中身を見ると、今まで調査した怪談・都市伝説毎に記録が纏められている。記述者は日によって違う様だ。適当に捲ってみたが、明らかに部長と思わしき字や、萌と思わしき字がある。
中には萌と部長の二人だけの時もある。確か彼女は休部前にも二人きりで行く時があったと言っていたので、それだろう。
「で?」
「六三ページの記録、読んでみて」
この記録を読んで一体何が分かるというのだろうか。分かるのはオカルト部が部活動一危険な集団というだけで(流し読みだが、他の怪異には命に関わるとされるものもあった)、萌や御影達がどういう風に過ごしてきたかは分からないと思うのだが。
そんな俺の危惧は、当たり前の様に裏切られた。
『部長に過去五年の風向きについて調査を命じられた。分かる訳が無い。高校生には無理だと思うんですけど、これって俺が間違ってるんですかね? でも無理って言ったら御影先輩みたいに森の中で見張りやらされると思うとゾッとするのでやります。無理だけど。 陽太』
次の日。
『森の中で食べるインスタントラーメンは美味しくも何ともない。陽太君が何とかしてくれたら出られそうだけど、記録を見る限り期待するだけ無駄という事が分かった。いつまでテント張って寝袋で寝てを繰り返せば良いのか、段々自分が生きているかどうかも定かじゃなくなってくる。 由利』
次の日。
『女の子に好かれるにはどうしたらどうしたらいいですかね』
名前は書かれていなかったが、誰なのかは分かる。次の日。
『ここは記録をする所だ。恋愛相談をするな』
―――アンタもかよ!
これ以降、暫く彼と部長の不毛なやり取りが続いたので、何ページか飛ばしてみる。すると最後から三ページ目。『ひょろひょろ』区画終了直前の記録が目に留まった。
『もりからでられなくなってしまいました。おなかもへってうごけません。どうしましょう。ひょろひょろです。わたしひょろひょろです。ぶちょうはひょろひょろをちょうさしていました。でもひょろひょろはわたしだったのです。どうしましょう。どうでもいいのです。出られないのですから』
「あ、それ私です」
机の上にある食品を上手く躱して、萌がそれを覗き込んでいた。口調的にそんな感じはしていたのだが、どうみてもこの文章は只事ではない。今までの記録を見れば分かるが、彼女は基本的に丁寧な文字を書く。だがこの記録だけは、大きく歪んでいる。
「何が起こったんだッ?」
「この調査、私がダウンしちゃったんで中断に終わってるんですけど、部長の話では何か不味い事をしてしまったらしいです。そうですよね?」
御影に続き、部長までもが巻き込まれる。彼女と違う点を挙げるならば、クオン部長の対応の早さから見るに、それを想定していたという事か。
「ああ。『ひょろひょろ』はそこに居るだけの怪異とされていた。大小問わず何か被害をもたらしたという情報は最後まで掴めなかったから、そう考えると、今まで誰もやらなかった事をこいつがやってしまって、だから被害に遭ったと考えれば自然だろうという訳だ」
「成程…………で、これを見て俺にどうやってお前達が普段どうやって過ごしているのかを見抜けと?」
「それはまだ良い方。サバイバルを疑うくらいの生活だってした事があった。凄く、辛かった」
「いやいや。普段の過ごし方であって、部活動中の話じゃないだろ」
御影は首を振る。
「そこの部長は『俗世間の食べ物を口にするとフィールドワークに付いてこれないだらしない身体になる』とか言って、あまり連れて行ってくれない。行った事がない店には最初、入りにくいでしょ。距離とか関係なしに……それと、この部活に入った瞬間から分かっていたけど、友達も出来ないし。だから近かろうが隠れていなかろうが、私達はこういう所に行った事が無かった―――とまでは言わないけど、あまり行かない。行かないから、夢中になれる」
「そういう事です。馬鹿にしてるみたいに聞こえてたらごめんなさい。でも、先輩がこういうお店に連れて行ってくれるなんて、嬉しいですッ。有難うございますッ!」
活動記録を閉じた俺の胸の中には、ある一つの疑問が生じていた。
オカルト部って何する所だっけ。
それと萌。そんな事ないと言っていたのに、最終的に肯定したのはどう言う理屈だ。隠す気ゼロじゃねえか。
それよりも驚くべきは、少なくとも萌は部長になんの恨みも抱いていない事だったが、流石にそこまでは頭が追いつかなかった。
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