敗北を知りたい(と言いたかった)男
残す所、俺達と天奈のグループだけである。まさかの兄弟対決に、俺は燃え滾る……筈が無かった。決して俺が冷めている訳ではなく、クオン部長がまさかのスティックゲームガチ勢だった事に動揺しているのだ。
幾ら打ち合わせしていたからってあんな事がありますか。
萌も萌で、良くもまあ部長の顔が急接近する恐怖に耐えられたものだ。只単にコスプレしている奴ならばまだしも、部長の恐ろしさは俺と萌が良く分かっている筈だ。なのに彼女は……伊達にオカルトを追究してきただけの事はあるようだ。肝が据わっているというか何と言うか。その片鱗は俺と屋上で話した時から感じていたが、ここまでだったとは。
「じゃあ、行くぞ由利」
「うん」
部長に勝てる気配がしないが、優勝しないと俺は全員を騙している事が判明してしまうので、何としても優勝しないといけない。
俺は目隠しをして唾を呑み込んでからスティックの端を咥える。続いて御影ももう片方の端を咥えた瞬間、再びジャッジとなった部長が声を張った。
「スタートッ」
始まった。否、始まってしまった。この時が、遂にこの時が始まってしまったのだ。俺が絶対勝つと思っていたのに、今にも負けてしまいそうな試合が。一体どうしてこうなった。これが皆を騙した事への罰だとでもいうつもりか。
―――いや。
まだ騙していない。嘘はバレない限り嘘ではないのだ。これが殺人とかになると色々話は変わってくるが、これは盛り上げる為の演出をしただけ。この程度で罪には問わないでもらいたい。俺の嘘は俺がここで負けない限り嘘にはならないのだ。
ゆっくりと噛み進める。ここまで味をゆっくり感じられない状況は初めてだ。スティックが何も美味しくない。味覚が消えたみたいだ。
作戦など用意してあるものか。だって普通に俺が勝つと思っていたし。仮想スティックゲームなんてイタい事やってる奴は俺だけだと思っていたのだ。その経験を生かす事で勝てると思っていたのだ。考えが甘かった事についてはここで謝罪させていただく。が、問題は謝る事ではない。
この勝負にどうやって勝つかだ。
俺はこのパーティーを盛り上げたい。俺の為に、そして企画してくれた妹の為に。その為に手段を問わず盛り上げた結果、こうして俺は追い詰められている訳だが、こんな所で諦めるなんて男のする事ではない。
一度好きになった女性の事は徹底的に愛するのが男。一度やり始めたら最後までやってみせるのが男。男とは筋を通す生き物だ。漫画などとは違い、容易に筋が通せない世の中だからこそ、筋を通した者はそう呼ばれる。同じ様に、俺もこんな所で諦めてはいけない。その行為の是非はどうあれ、最後までやらなくてはどちらにしても半端ものだ。
半端はいけない。この世界が理に適った展開しか起きない以上(オカルトはどう考えても理に適っていないが)、俺達も両極端になるしかないのだ。やるならやるし、やらないならやらない。そう言う風にしていかないと、いつか路頭に迷うだろう。
だからと言って、ストーカーはしない様に。俺はストーカーを推奨していない処か、それが大嫌いだ。この世で一番嫌いだ。ストーカーは死ねばいいと思う……は流石に言い過ぎだが、冗談抜きで嫌いだ。
好きな人は自分の手で幸せにしたいのと、好きな人に迷惑をかける事は全く別の事だ。俺の理屈を聞いた奴には、どうかそれを心に留めていてもらいたい。もしかすると、俺の最後の言葉になるかもしれないから。
遺言と言ってもいいだろう。この勝負、どう考えても勝算が無い。
人を騙せば罰が当たる。正にその通りと言ってもいいだろう。半ば勝負は諦めているが、それでも俺はある筈の無い勝算を探っていた。
ポリ、ポリ。
我々人間は、古来より無い物を作り上げてきた。勝算も同じだ。それが無いというのは、あくまで今の状況のままではという事であり、それさえ変えれば未来は変わる。〇しかないなら一を作ればいい。どんな手段を使っても、勝てるのならそれに越した事はない。
問題は、俺達二人に視線が集中している事だ。特に碧花の方角から、何やら物凄い視線を感じる。振り向きたいのは山々だが、このスティック、実はかなり折れやすいので、少しでもよそ見をすると力のバランスが崩れて折れてしまう可能性がある。そうなれば終わりだ(それ以前に目隠しをしているからよそ見した所で景色は変わらないのだが)。由利は変わらぬペースで食べてくれているが、俺は短くなる毎にスピードを落としていった。そしてスティックのみに、全神経を集中しだした。
如何にも凄く集中しているみたいだが、視覚を封じられている状態でスティックに集中しない方がどうかしていると思う。
「…………ふざけるな」
気にしない。何か聞こえても無視安定だ。今の俺に出来る事と言えば、出来る限りこのスティックを短くする事だけ。そして、そこから勝ち筋を探るのだ。
『ストップ!』
心の中で命じると、何と由利の動きが止まった。止まってくれた。
これが合図だとは何一つ打ち合わせしていないのだが、良く止まってくれた。ひょっとして俺達、以心伝心? 由利が恋人というのも、俺は全然有難い。最近、ギャップ萌えという奴か、彼女が可愛く見えてきたのだ―――って。
違う違う。そうじゃない。どうしてそっちに思考が行ってしまうのか。せっかく止まってくれたのだから、俺もやるべき事をやらなければ。いやあしかし、やるべき事と言われても、ここまで注目されているとどんなに目立たない人間でも一挙手一投足が目立つというか―――
それにしても、相棒である由利はどんな事を考えているのだろうか。俺とキスしてしまった場合の事とか、考えているのだろうか。因みに俺は別に構わない。勝負どうこうを抜きにすると、あんな美人(俺の偏見だが、あれはモテない美人だ)とキス出来るチャンスは滅多にないので、キス自体は構わない処か、むしろ積極的にしたい人だ。
自分に都合の良い妄想だとは分かっている。そんな上手い話は無い。だからこそ俺は由利を相手に選んだのだ。彼女なら俺とのキスを絶対に嫌がりそうだと思ったから、勝てると思ったから、選んだのだ。以前も言ったが、欲望全開なら碧花一択である。
ポリ、ポリ。
距離が近い。というか、鼻息が近い。どうしよう。勝つ為の策が浮かんでこない。部長に勝てる自信が無い。
こんな勝負やらなきゃよかった?
いやいや。このパーティーがあったからこそ、碧花の乳袋や萌のマミー姿やら、由利の魔女コスが見れたのだ。そしてこの勝負で、更に盛り上がる事が予定されている。やらなきゃよかったという事は無い。これをやらなければ、いつかはパーティーの熱気も盛り下がる事は目に見えていたのだから。
「近い、近いぞ」
「部長! そういうの反則じゃないですかッ?」
「具体的な距離は言っていないし、本人達も気付いているだろう。それに、外野が喋ってはいけないルールは無かった筈だ」
そう言えばそうだったと、彼の言葉を契機に外野が次々喋り出した。今まで勝負に魅入っていたせいで、どうやら殆どの人物が喋る事を忘れていたらしい。集中したい俺としては全く有難くない状況変化だが、逆に考えろ。状況が自然に変わったという事は、つまり勝算も少しは変わったのだと。
「先輩ッ。後少しでキスしちゃいますよー。キスですからねー?」
んな事は分かっている。駄目だ、萌は役に立たない。事情を知らないので当然だが、純粋にパーティーを楽しんでいる人を利用しようとする事自体、ナンセンスかもしれない。
「お兄ちゃんッ、まだ遠いよ!」
「…………その辺りで、やめたらどうだい」
「近いぞ近いぞー。後一回でキスだな」
誰を信じるべきなのか、俺の信用力と判断力が問われる。仮想スティックゲームでもここまでの心理戦は無かった。いや、仮にこれを心理戦とするならば、相手は一体誰なのかという話にもなるが。細かい事は気にしない方が身の為だ。細かすぎる奴は死ぬ。映画でも大体真相に辿り着きかけて死ぬし。
「あ、残り五秒だぞ」
え?
「五」
ちょ。
「四」
ちょっと待って。
「三」
無慈悲すぎる。
「二」
もう少し考えさせてくれ。
「一」
進むべきか否か迷っているというのにどうして一秒の猶予もくれないのか不思議でならない大体ジャッジというものはそういう仕事だと知っているがだからと言ってそんな横暴が許されるのかどうか俺はそう言いたい後一分あれば事態が解決しそうだというのに全く全く全く全く全く全く全く全く全く全く全く全く全く全く全く全く全く全く全く思いつかなあアアアアアアアアアアい!
「終了ッ!」
退くべきか、進むべきか。進む事を選択した俺は―――――
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