好きなしに接吻はあり得ない
次は天奈達の番だ。何やら不穏な気配がするが、俺は強引にゲーム開始を一時的に中断して、自分の部屋へと移動した。
「……やっぱ不味いよなあ」
スティックゲームなんてこっ恥ずかしくて、賞品も無いなら誰もやりたがらないだろうと思って賞品を用意した……と言ったが、
あれは嘘だ。
優勝賞品なんて持ってきていない。そもそも、そんなものを用意出来る程俺にはお金が無い。しかしパーティーを盛り上げたいが為に、俺はそんな嘘を吐いた。だから優勝したかったのに、優勝は完全に無いと言うか、俺はやらかしてしまった。部長の無駄にマルチな才能を考慮しておくべきだったのだ。勝算がどうのこうの言っていたが、このままゲームが始まってしまうとそれはあり得ないままだ。何とかして、誤魔化さないと……ではなく、対処しないといけない。
「どうしよっかねえ」
賞品を今からでも用意する? いやあ、難しい話だ。豪華賞品的な雰囲気を臭わせて変にハードル上げちゃったから、その辺の物を用意しても詐欺には変わりない。嘘が嘘でなくなるには、やはり俺が勝利しなければならないのだが、頭の悪い俺には勝ち筋を見出せなかった。
ここまで来ると、かの有名な軍師でも勝ち筋を見出せないのではないだろうか。頭の良い人間の事を頭の悪い奴が考えても、それは『頭の悪い人が考えた頭の良い人』に過ぎないので、確かな事は言えない。俺と奴等とでは思考次元が違うのだ。
それはともかく、本当に何も思いつかない。どんな手段を講じてでも俺は勝たなくちゃいけないのに、問題はその手段が思いつかない事だ。何でも出来ると分かった途端、したい事なんて無くなったみたいに思いつかない。
―――何でこんなゲーム如きにここまで頭を悩ませなくちゃならないんだよおおおお!
ゲーム如き、されどゲーム。それはもう一つの秩序の話であり、きっと法律の方の秩序でも、制定の際に役人は苦労したのだろう。これはそれと比べるとカスみたいなものだが、俺にとってはそれと同じくらいの大問題であり、苦労だった。
誰か、俺と変わってくれないだろうか。
ドッペルゲンガーにそれを頼むと大変な事になるのでしないが、全く赤の他人でもいい。誰か今の俺の役割を引き継いでもらいたい。俺に『黒幕』は無理だ。人を騙すだけならば造作も無いが、その後の処理……嘘を嘘と導かせない処理が下手すぎる。子供の頃からそうだったが、俺はいつも詰めが甘い。何か企んでも、直ぐボロが出るというか、何かしらの不備がある。
「そりゃ、君みたいなお人好しが人を騙そうなんて無理があるからね」
「うん。やっぱそう思うか…………ってッ!?」
俺の心が読まれた事に驚きつつも振り返る。水鏡碧花が腕を組みながら出入り口をふさぐ形で立っていた。それのせいで俺は逃げようにもまずは彼女を押し退けなければならない。たとえあのけしからん乳袋を鷲掴みにする事になろうとも、逃げるならばそうしなければならない。
付き合いの長い者は分かるだろうが、そういう状況に追い込まれた場合俺は両手を上げて降参する。いかなる状況であれ胸を触る事が出来るのなら、俺はとっくの昔に童貞なんぞ捨てているのだ。
「あ、碧花ッ! どうしてここに…………」
「そんな遠くに居る筈のお前がみたいな言い方をされてもね。ここは君の家だし、ここへ来る為には階段を昇ればいい。驚く事かい?」
「そうじゃねえよ! 中断している間は談笑しててくれって俺言っただろ?」
「談笑出来る相手が君しか居ないんだ」
「香撫が居るだろ!」
「談笑とは、笑いを交えながら話す事だ。私は君以外と話しても楽しくないから、必然的に笑顔にはなれない。それは談笑とは言えないよね」
「面倒だな、お前。で、何しに来たんだよ」
「今更隠そうとしたって無駄だよ。やはり私の思った通り、賞品なんて無かったんだね」
……やはりバレていたか。俺はがっくりと肩を落として、ベッドに倒れ込んだ。背後は決して崖などではないが、出入り口を塞がれた俺にとっては何にせよ崖だ。ならば火曜サスペンスの如く自供してやろう。
碧花が俺の隣に座ったのを見届けてから、俺は自棄になった。
「はいはい。そうですよ。俺は賞品も用意していないのにスティックゲーム始めた馬鹿ですよ! 何か文句ありますかッ?」
「いや、文句はないよ。君の事だからそんな所だろうと思っていた。むしろ他の皆にバレていない分、君はよく頑張っていると思うよ?」
「え、本当か?」
「うん。凄い」
「やったー! お前に褒められるなら悔いはない。さあ、バラセ。俺の秘密を皆にバラすが良い!」
若干キャラ崩壊したと思うのなら、それは正しい認識だ。俺はもう平静を装うのに疲れた。自分のスペックの低さに絶望したのだ。煮るなり焼くなり好きにするが良い。
その全てを諦めた様な態度に碧花はフッと微笑んで、俺の手を握った。
「協力してあげようか?」
「…………何?」
予想もつかなかった言葉に、俺は思わず起き上がった。まさか彼女からそんな言葉が出るとは思っていなかったのだ。
「君が悩んでいるのは賞品だろう? なら、私が用意してあげるよ」
「…………そんな事、可能なのか?」
「勿論。君さえ良ければいいけど―――ああいや、ごめん。無償という訳には行かないな。君には一つ尋ねたい事があったんだ」
「何だ―――よッ!?」
次の瞬間、俺の頬の横を過ぎて碧花の腕が思い切り突き出された。背後にあった壁に轟音が鳴り響く。所謂『壁ドン』という奴だが、威力に殺意しか感じられないので笑えないしキュンとも来ない。
「君はさ、どういうつもりなのッ?」
「ど、どういうつもりって……何が?」
「何がじゃないの…………君さ、何でしちゃうんだよ、キスを!」
「は、はあッ?」
待て待て待て。確かに唇は〇,五秒くらい触れたが、あれはキスじゃない。何とか弁明をしようにも、彼女が双眸を潤ませながら訪ねてくるので、言い訳するみたいで、凄く言いにくい。
「あ、あれはキスじゃない! 唇が触れただけ……だろ」
「それをキスって言うんだろ!? 何で見ず知らずの人に……キスしたいなら、わ、私にしてくれれば…………良かったじゃないか……」
「え…………?」
それこそどういうつもりなのだろうか。俺にそんな事を言えば、理性を失ってしまうかもしれないという事を彼女は承知している筈なのに。
「お、俺にどうしろってんだよ……! あれはゲームの仕様上、仕方ないだろ!」
「ゲームの仕様上、ね。なら、最初からしなければ良かった」
「盛り上がらないだろッ」
「……君には分からないだろうね。目の前で二人の距離が近づいていく様を見ているなんて、地獄だよ。君を誰か他の人に奪われているみたいで、私がどれだけ嫌な思いをしたか」
「奪われるなんてそんな大袈裟な…………ていうか、いつまでこの状態なんだ?」
壁ドンなんてされてみないと分からないが、この状態が継続するのは中々恥ずかしい事だ。もしかすると通常これを行われる対象である女子も同じ気持ちを抱いているのかもしれない。
だからと言って女心の理解力は上がらないが。
「私はもう怒ったよ。ああ、もう我慢しない。君がそんな意地悪を私にするんだったら、私にも考えがあるよ」
「な、何をするおつもりですか?」
碧花の手が壁から離れるや否や、俺の肩を突き飛ばし、ベッドに押し倒した。逃げようにも彼女の威圧が強すぎて逃げられない。全身にスタンガンを当てられたみたいに俺はなすがままだ。
「キス………………してよ」
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