デートはする前が一番楽しかったり……



 天奈から色々紹介されたが、結局決めるのは俺なので、選択肢が増えただけで、俺の悩みが解決される事は無かった。デートの打ち合わせなんて所詮は待ち合わせの場所を決めるだけだから、それ自体は直ぐに終わる。それ自体は。


 けれど待ち合わせ場所を決めるという事は、その時点で俺の中にはプランがなければならない。どんなデート場所とも等しい距離を持つ絶対中間地点みたいな都合の良い場所などないのだ。つまり、今ここで俺がデート場所を決めない限り、何時まで経っても打ち合わせは終わらない事になる。碧花がどうすれば喜んでくれるのか。彼女は微笑む事こそあれど、満面の笑みを浮かべてくれた事はない。少なくとも俺は見た事が無い。そして俺は、今回のデートでそれを見たい。碧花の満面の笑顔……それはきっと、女神の如き神々しさを持っているのだろう。想像するだけで胸がドキドキする。彼女を恋愛対象と認識しているだけはあり、ドキドキすると連動して興奮してしまうが、落ち着け。遠足はする前が一番楽しいが、デートはしている時が一番楽しいのだ。俺は枕を抱きしめて、左に右に往復する。



―――これが碧花だったらなあ。



 彼女の胸に顔を埋めながら眠りたいと思っている男子は俺だけではない筈。何だか谷間が深すぎて窒息しそうだが、それはそれで悔いはない。そしてこの妄想も、今までは妄想に過ぎなかったが、天奈が提示してくれた場所のホテルを使えば、もしかしたら可能になるかもしれない。行う際は…………碧花の許可を得てからしたいと言いたいが、『胸を触ってもいいですか』と言って『いいよ』と快諾する女性ではないので、まあまず許可は得られないだろう。なのでやる際は…………碧花が夢の世界に落ちてからだ。


 絵面が犯罪チックだが、彼女に認識された状態でそんな事をするなんて、恥ずかし過ぎて俺には無理だ。碧花でなくても、やはり無理だ。誰にしてもそれが恋愛対象である以上、出来る限り俺は良い姿を見せたい。今の所碧花にはお化け屋敷で怖がる姿を含めて全く良い所を見せられていないが、だからこそ、こういう時に更なるマイナスイメージを持たせたくない。『寝込みを襲ってくる奴』と認識されたら、俺はもう二度と彼女の家に呼ばれないかもしれないから。


 さて、どうする。


 水族館とホテルの付いたプールか、動物園か、公園か。カフェか、遊園地か。選択肢自体はある。選ぶのは俺。俺が選ばなければ始まらない。



「ん?」



 俺が思考の入り口に立った瞬間、電話がかかってきた。こんな時間帯に掛けてくる人間が居るとすれば一人しかいない。居ないが……いいや。悩んでいる暇はない。出なければ。


「もしもし」


「もしもし、狩也君?」


「あ、碧花……お前の方から掛けてくるなんて思わなかったぞッ」


 思いたくなかった。俺はデートの場所を決めてから電話を掛けたかったのに、碧花から電話がかかってきたお蔭で、猶予が一瞬にして消え去ってしまった。こうなるともう、俺は彼女と話しながらデートの場所を決めて、それでいて待ち合わせ場所を決めるとかいう超高等技術をするしかない。


 可能な限り平静を装って言ってはみたが、声が震えている。電話越しに聞く彼女は一体何を思うのだろうか。


「ああ、ごめん。まちき……じゃない。君から電話がかかってきたと勘違いしてしまった」


「それドッペルゲンガーじゃねえかッ。誤魔化し方が下手くそ過ぎんだろ!」


 仮に真実なのだとしたら恐ろし過ぎて声も出ない。そして俺はドッペルゲンガーだったとしてもアイツに電話を掛けるなんて。やはり俺の写し身か。奴とはいい酒が飲めそうである。



 『俺』だけど。未成年だけど。



 所で「まちき……」とは何だったのだろうか。普通に考えれば『待ちきれなかった』だが、まさか碧花がそこまでデートに乗り気だとは思わない。そうなると……あ、そうか。『待ちきれなかった』というのはデートに対する『期待』ではなく、俺が眠ったのかもしれない『不安』の方か。それならば意味が通る。


「気にしないで欲しい。それで、待ち合わせはどうする? そもそも日付とかどうしようか。今回は君に主導権がある。どうか教えて欲しいな」


「へッ? そ、そうだよなあ。所で碧花、お前今どんな気分だ?」


「……また随分抽象的な質問だね」


「何かあるだろ。『動物を見たいな―』とか、『お魚を見たいなー』とか、『コーヒーを飲みたいなー』とか!」


 俺的には上手く誤魔化したつもりだったのだが、電話口から呆れたと言わんばかりの溜息が吐かれる。


「君、もしかして決められてないのかい?」


 二秒でバレました。俺が口を噤んだままにすると、会話の基本原則『沈黙は肯定』によって、碧花は確信した様だ。


「……私が言うのも何だけどさ。そんな体たらくで彼女が欲しいなんてよく言ったものだよね。年齢=彼女いない歴は伊達じゃないよ」


「う、うるせえ! これでも俺だって一生懸命考えたんだよ! けど…………いざお前を満足させるってなると、じゃあどうすればいいんだってなって」


 碧花がいつも引っ張り回してくれるが、それがどんなに凄い事なのかを実感する。彼女のお蔭で、俺は一通りのリア充イベントを満喫出来たと言っても過言じゃない。隣には現実離れした美人が居るので、ひょっとすると他の人以上に楽しんでいるかも。


 優越感に浸るつもりはない。幾ら隣に居ようが碧花は俺の友人だ。実際に彼女を持つカップルには勝てない。


「別に私は何でもいいよ。君がしたい事をすればいい。そういう話だったからね」


「うー…………じゃあ、今度の休日ってのはどうだ? あんまり長い所で約束すると、夏祭りをやってから行っちゃうしな」


「構わないけど。祭りも行くつもりかい?」


「え、予定とかあるのか?」


「いいや。ただ、昨年着た浴衣がちょっと合わなくなってきてね。それだけの事さ。勿論、君以外と行く予定はないから、安心してくれ」


 昨年着た浴衣が合わないって、どういう状況なのだろうか。


 高校生とは思えないスタイルの碧花は、浴衣姿もそこら辺の大人を凌駕する色気を持つが、そんな事は中学生の頃から分かっていた話だ。胸が大きい問題は今更だろうし、確かに去年よりも大きくなったと思うが、単純に考えて身長が伸びたからサイズが合わなくなったのだろう。というか普通に考えたら身長に至るだろうに、まず彼女の胸について考えた俺は不純だ。俺が教会の出ならば懺悔室に直行しただろう。




 ん?




「今なんて言った?」


「浴衣の話?」


「いや、その後」


「ああ。君以外と行く予定はないからって言った」


 俺以外と行く予定がない。俺以外と行く予定がない。俺以外とは行かない。俺だけと行く。つまり、俺は夏祭りの間、碧花を独占出来る?


 独占。それは男のロマン。


 特に碧花の様な美人を独占するなんて、一度は夢見る事だ。ハーレムという言葉は、一人の男性が何人もの女性を独占する事をいう。だからハーレムは、男の夢なのである。性的魅力に欠ける俺ではハーレムなんて夢のまた夢だが、碧花一人を独占出来ると考えただけで、夢心地だった。


「それがどうかしたの?」


「い、いや。別に。あ、そうだ。じゃあ……えっと……海の嘴公園に、七時で。次の休日」


「……そう。分かった、いいよ。じゃあ次の休日に七時。それでいいんだね?」


「ああ」


「オッケー。じゃあそういう事で、決まりだね。愉しみにしてるよ、狩也君」


 今回の打ち合わせ、色々と反省すべきところがある。俺の言葉が全体的にしどろもどろだった所とか、明らかに慣れていないのが見え見えである。


 適当にお礼を言ってから、俺が電話を切ろうとする。不意に、碧花が囁いた。





「お休み」 





 耳に携帯を当てていたせいもあり、俺の全身が煩悩に戦慄いた。あんな色気のある囁きをされては、男としては生理的に興奮せざるを得ない。耳が幸せとはこういう事を言うのだろう。

















 あの公園を待ち合わせ場所に選んだって事は、恐らくあそこかな。


 私は彼との通話をやめると、枕を抱きしめてうつ伏せに、そして顔を埋めた。この日の為に私だって準備してきたのだ。彼が私に釘付けになっている未来を想像するだけで、拍動が早くなる。




 私だけを見て欲しい。夢中になって欲しい。こんな思いを抱く事は……間違ってないよね。




「~!」


 枕に殺された声を上げながら、私は布団を吹っ飛ばし、足をバタバタ動かした。彼から誘われたデートなんて初めての事だ。何が起こるか分からなくてドキドキする。きっと彼は色々してくれるのだろうと期待する。


 顔を上げた私は、部屋の隅にあった鏡を見て、自分の顔が紅潮している事に気が付いた。それは枕に顔を埋めていた事で窒息しかけていたからか、それとも…………






 言うまでもないか。

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