二つの首狩り族


 簡単な文字を読むだけの事に、俺の脳はえらく時間を掛けた。そして我が妹が攫われたと理解したのは、萌の送信時間から逆算して三分。つまり三分間、俺は放心していた。

「またかよ……」

 灯李の時を含めればこれで二回目。『首狩り族』は俺が怪異化した事によるものでは無かったのか? それとも碧花も含めて勘違いしているだけで、実は本当に俺には怪異ではない見えない力が働いているのか? 

 いや、しかし待て。碧花が勘違いしているという事自体、そもそも考えられない。完璧とは言わないが、彼女は『許せないなら殺しても良い』と前置きした上でしてきた話だ。勘違いしているとは思えない。


『お前達は?』

『私達は無事です。でも天奈ちゃんが玄関に誰か訪問してきたのを見に行ったきり帰って来なくなって、様子を見に行ったら玄関が開きっぱなしだったんです』

『心当たりは?』

『私達に用があるなら私達に何かしてくると思います。先輩こそ心当たりは?』


 心当たり……無い。


 正確には、『俺』にはある。色々と面倒事を背負っている自覚はある。一歩間違えれば大惨事を引き起こしかねない面倒事だって無い訳ではない。だが天奈は、そんな俺の妹というだけで、特別何かに関わったという事は無い。非現実的な事には興味こそあれど、俺や萌の様に踏み込む事まではしない。良くも悪くも普通の中学生だ。誰かに襲われたり、何かに憑りつかれたりするような事なんて……

 いや?

 メリイさんの件は、数に入れるべきだろうか。だが数に入れたとして、それがどうして今になって影響が起きる。メリイさん事態はクオン部長によって無力化されたし、周囲の怪異を活発化させていたオミカドサマは封印した筈だ。


『無いな』

『そうですか。分かりました。それじゃあ私、天奈ちゃんを探しに行きます』

『大丈夫か?』

『安心してください。必ず連れ帰ります』


 安心出来るものか。

 萌を信頼していない訳じゃないが、この手の捜索は人海戦術が一番効率が良いのだと俺は良く知っている。この家を出発次第、俺も探そうと思う。妹にまで死なれたら、俺は…………

「お待たせ」

 ベストなタイミングで碧花が戻ってきた。俺は彼女の方へ振り返り、何も言わずに携帯の画面を見せると、碧花の表情が曇った。

「……またかい」

「また?」

「いいや。気のせいだと思うけれどもね。こちらの話だ。気にしないでくれ。それで、探したいって事?」

「協力してくれ」

「構わないけれど…………見つけるって約束は出来ないよ」

「―――ああ」

 約束出来なくて当然だ。目的も分からず攫われている以上、単なる殺人愉快犯に攫われた可能性まで考えなければならない。あまりこんな事は想像したくないが、次に見た時は変わり果てた姿となっている可能性もある。

「なら良いよ。さ、早く席に座って。朝食を摂らない事には行動出来ないよ。腹が減っては何とやらだ」

「……でも」

「焦らないで。君が冷静な判断力を失えばそれこそ妹は見つからない。大丈夫。きっと見つかるよ」

 碧花はエプロンを着用し、冷蔵庫を開けた。「材料が足りてるといいけど」などと呟きながら、内部を物色している。

「探す為に幾らか聞きたいんだけどさ」

「お! 何だ何だ。何でも聞いてくれ!」

「ここ最近変な人に会わなかった? 誰でも良いんだけど、明らかに雰囲気が違うとか、言動が狂ってるとか」

 具体的な様な、抽象的な様な質問だった。それに該当する人物と言われるとまずクオン部長が浮かぶが、彼とは暫く言葉を交わせていない。西園寺部長は雰囲気が異常だが言動は狂っていない。先程から挙がってくる人物がオカルト部の部長なのは一体どういう理屈だ。

 果たしてこれは、俺の交友関係が狭いのか、オカルト部の部長になるにはそれくらいおかしくないといけないのか。部長連盟を除くと、ここ最近で雰囲気が違ってて、言動が狂ってる奴と言えば……

「…………ああ。居た居た。中学生の女の子なんだがな」

「写真はあるかい?」

「あるよあるある。ってか、末逆部長とのツーショット対決をやってる時に遭遇したからな。見せようか」

「有難う。早速見せてもらうよ」

 冷蔵庫を閉めつつ、碧花は中距離から俺のスマホを確認。「ああ」と小さく息を漏らすと、今度は冷蔵庫から幾つかの食材を取り出した。

「やっぱりか」

「やっぱり?」

「君は知らないだろうけれど……クリスマス会の準備をすべく、色々と調達していた時の事だよ。この町内の家の全てを訪問している女の子が居た。その写真の子だよ」

「―――全然分からん。それとこれと何の関係がある」

「その子、私の家にも来たんだ。『首狩り族』を知りませんかって。直ぐに君の事が思い浮かんだけど、その名前を使いながら君を探すなんてまともじゃない。シラを切った。そうしたらそれが見抜かれたのか、今すぐ住んでる場所を教えろと突っかかってきてね」

「……大丈夫だったのかッ?」

 碧花はその場でくるりと回転し、鷹揚に手を広げる。

「御覧の通り、大丈夫さ。普通に突っ返したよ。そんな奴の事は知らないと言ってやった。まあ私の話はこれで終わりなんだけどさ……何であんなのに追われてるのさ」

「ん~なんかな。『首狩り族』としての尾ひれというか。どうやら俺はジャックザリッパーの如き完全犯罪者だと勘違いされているらしい」

 全く災難な話だ。そもそも殺していないのに殺した事になっているのはこの際置いておくにしても、彼の有名な殺人鬼と一緒にされちゃ、遠回しにあちらさんを侮辱している様なものだ。生きているのか死んでいるのか分からないが、もしも彼の有名な殺人鬼が生きているなら、無理をしてでも俺を殺しに来るだろう。

「それはまた。しかし『首狩り族』として呼ぶって事は、同時に君の名前を知らない事になる。普通、人に物を尋ねるならそんな内輪ネタみたいな名前じゃなくて、首藤さんの家は何処にありますかって聞けばいいんだから。じゃあ犯人じゃないかって言われると、そうとも言い切れないんだけどね」

「ええ? でも俺の名前を知らないなら、俺の家に辿り着ける筈ないし、天奈を攫う理由ないし。危ないけど、関係なくないか?」

「私の嘘を見抜けるくらいだからね。観察力は相当高いと思った方が良い。君の妹は君によく似ているから、兄妹だって見抜いたのかもしれない」

「それが攫う理由になるって言うのかよ!」

「さあね。でも本人を引き摺り出す為に親族を利用するっていうのはポピュラーな手段だ。テレビドラマなんかでも度々見るだろ。君に確実に会おうと思ったら、闇雲に探すよりは効率的だ」

 飽くまで推測でしか語っていないよ、と最後に置いて、碧花は完成した朝食を俺の前に差し出した。

「言い出しっぺが調べない事には説得力がない。私はさっき語った通りの線で調べようと思う。君はどうする?」

「俺は………………取り敢えず、萌と合流しようと思う。そこから動きを考える」

「そう。じゃあさっさと朝食を済ませないとね。いただきます」

「いただきます」

 理由はどうあれ、妹に手を出す奴は許せない。天奈という存在は、碧花とは別ベクトルで絶対に守らなければならない存在なのだ。俺の不運で死んで良い様な存在じゃない。既に死んでいる俺にはまともな人生など残されていないが、妹は違う。誰か素敵な人と結婚して、子供を産んで。その余地がまだ彼女にはある。

 死に方は選べないかもしれないが、いつ死ぬかは選べなければならない。少なくとも、今死ぬのを天奈は望んでいないだろう。


―――お兄ちゃんが死んでも、守ってやるからな。


 唯一の肉親が既に死んでいる以上の重荷なんて、背負わせやしない。

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