首狩り踊り



 楼の片目が王のものになっている理由は知らないが、わざわざ移植されているのだ。何の意味も無いとは考えられない。お洒落にしては趣味が悪いので、それも違うだろう。


 初めて足を運んだ時、王はこう言っていた。



『私は全てを見ている。よって全ての真実を知っている。言葉を交わす意味など本来は無いが、敢えて聞こう。用件は何だ?』



 王とは文字通りの統治者であり、その彼が(曰く性別は無いらしいので、便宜上)全てを見ていると言ったのだ。文字通り捉えても良いだろう。確証はないが、あの目は広い視界を持てるのではないだろうか。


 明らかに視界内から消えていて、あれだけの距離があったのに楼が徒歩で追いつけた理由を考えると、それくらいしか思い浮かばない。監視カメラみたいに最初から俺達の位置を把握していれば、徒歩で追いつく事も不可能じゃない。あの時俺達は、腕の所有者と由利の所在を考えていたせいで立ち止まっていた。追いつけるとしたら……そのくらいしか思いつかない。


 それが正しい事を前提に、俺達は走り続けていた。


 これでまた楼が追いついてくるようなら、俺の理屈は間違っている事に、追いついてこないなら、正しい事が証明される。



 ―――あの腕は、本当に誰のなんだ?



 由利のではないと萌は言うが、碧花のでもない。俺の知らない第三者があそこに腕を落とした……? しかし、まほろばはそう易々と人が来れる場所でもないし、来ていい場所ではない。俺の偽物を除けば、このまほろばに居るのは、俺、萌、由利、碧花の四人だけ。なら腕は……元からあった?


 しかし切断面はまだまだ濡れていたし、そもそも時間が経過しているのなら腕が腐っている筈。結局誰のものなのかハッキリしない。先程は除外したが、あの手はどちらかと言えば…………居ない筈の彼女に近い様な。


「先輩、あれが人形屋敷ですよッ」


 足を止める。通りがかった家の窓を覗きながら、萌が俺を手招きした。


 一緒になって覗くと、屋敷と呼ぶには少々小さい―――しかし外面からして異様な雰囲気を隠しきれていない建物があった。


 二階の前面には壁や扉などなく、その奥には無数の人形が見える。壁に磔にされた物もあれば、天井から伸びた縄で吊るされているものもある。まともな状態で保管されている人形は一つとして存在していない。一階の玄関には達磨になった人形が提灯さながらに吊るされており、無くなった四肢は暖簾みたいに趣味悪く飾られている。人形だと確信しているのは、劣化の様子も血の滴る様子も全く見られないからだ。


「あれがそうなのか……」


 碧花が何処かから声を掛けてこなければ、雪と一緒に訪れていた場所が、あんな悍ましい場所だったとは。名前の時点で不穏な響きだが、テレビで見た、呪いの人形を供養している神社よりも、遥かに不気味だ。


「あんな所に由利が居るのか?」


「人形屋敷ってまだ探索が済んでないんですよ。あんな見た目ですけど、結構中は広いんです。地下室もあるみたいで……何かのトラブルがあって逃げてるとしても、御影先輩なら戻ってると思います」


 何が何でも探索を済ませたい程に彼女はオカルトに真摯だったか。いや、オカルト部に入っている以上は、ある程度は真摯なのかもしれないが、萌やクオン部長に匹敵するかと言われると……そんなイメージは無い。


「んッ?」


 道理も脈絡もなく、俺は後ろを向いた。


「どうかしたんですか?」


 萌は何も感じていない様だ。



 俺も何も感じていないが。



「いや、もしかしたらまたアイツが居るかもしれないと思って」


 徒歩にしろ走っているにしろ、立ち止まっている今は、追いつかれる可能性を考慮しなければならない。というか今さっき楼に追いつかれているから彼の事ばかり考えているが、追跡者は彼だけじゃない。


「早く行こう。由利と合流しないと大変な事になりそうだ」


「大変な事って?」


「雪が来るかもしれない。雪ってのは、ああ……虚無僧だ」


「虚無僧ですか? え、虚無僧? 何で虚無僧がこんな所に?」


 変な所に食いつかれたせいで、俺も何と答えるべきか迷ってしまう。身体的特徴を伝えるつもりだったのに、まさか虚無僧そのままで受け取られるとは。言葉とは何と難しい事か。


「いや虚無僧じゃねえんだよ。虚無僧っていうか、虚無僧が被ってるあの笠を着てるんだよ」


「何で着てるんですか?」


「そこまでは知らんけど」


 最初は気になっていたが、雪があまりにも優し過ぎて、どうでもよくなっていた。聞くのは野暮だろうと思っていたのも理由にあるが、本人が隠しているものにわざわざ深入りする程、俺も野次馬根性剥き出しじゃない。


 それに隠していても、雪は雪だ。性格は変わらない。変わらず『家族』だ。


 俺にとっては大切な。『家族』だ。


「それは俺も知らねえけど、とにかく二人に追われてるんだよ! 早い所行かないと、また追いつかれたら逃げ切れる保障なんて無いんだぞ」


 楼の投擲然り、雪も同じ方法で攻撃してくるかもしれない可能性を考慮すると、家からは早く出た方が良い。開けた場所であれば簡単に逃げられるが、家の中にあんまり留まっていると、念入りに出入り口を潰された上で襲撃されてもおかしくない。


 彼女の目指す場所も分かったので、今度は俺が萌の手を引いて、慎重に家の外へ出る。楼も雪もまだ居ない。居ないだけで、いつ来てもおかしくない。



 ―――今しか無いな。



 大通りを通れば人形屋敷までは直ぐに辿り着けるだろう。変な道を通って近道しようとするからきっと距離が変わっていると錯覚するのだ。見つかりやすいという欠点はあるが、目視確認をして二人のどちらかも見えないなら、その欠点は無くなる。


「走れッ」


「は、はいッ」


 ここがまほろばでなければ心霊スポットになっていそうな屋敷に自ら突っ込む事には気が引けたが、我儘を言っている場合じゃない。殺されるか怖いか、どちらかを体験しなければならないのなら、誰しもが後者を選ぶだろう。


 何せ後者の実害は精神的なものだ。しかも個人差がある。一方で前者に個人差は無く、実害は文字通り物理的なものだ。矛盾した死にたがりでもない限り前者は選ばれない。


 大通りを突っ走った事が功を奏し、俺達は気持ち早く人形屋敷に辿り着いた。そのまま駆け込めればベストだったが、屋敷の入り口が誰かが出てきた事に驚いて、思わず足踏みをしてしまった。




「……やっぱり、ここに来たね」




 俺も萌も、その人物を知っている。いや、正確には俺が教えたから知っていると言うべきだ。


「―――雪」


 どういう近道を使えば、走っていた俺達よりも素早く到着出来るのだろう。俺が知らなかっただけで、あの家には地下道でもあったと言うのか。


「あ、あれが雪さん……ですか?」


「見りゃ分かるだろ。虚無僧みたいだ……どうしてここが分かったッ?」


「狩の行く所くらい想像がつくよ。ここって、如何にも何かありそうだしね」


 俺の性格をよく知っている様で。ここまで気持ち悪い屋敷に何も無かったら、むしろ怖い。単に人形が吊るされているだけって、そんな無意味な事実は認められない。理解出来ない事実にこそ、人は恐怖を覚える。


 雪は鉈をダラリと垂らしたまま、固まっている。如何にも無防備だが、雪の立つ位置は階段を上り切った先(人形屋敷に入るには少々の階段を上らないといけない)であり、鉈の長さも含めれば、横を通り抜けるのは厳しい幅だ。


 何が何でも中には入れさせないという強い意志を感じる。武器があれば強引に突破出来るだろうが、こういう事態を想定しなかった為に、生憎とその辺の石くらいしか使えるものがない。


「……その屋敷の中に、誰か居なかったかッ?」


「…………」


 沈黙。雪と会って間もない頃の反応と全く同じだ。唯一の違いは、意図的か否か、だろう。由利が中に居るのか居ないのか、それは判然としないが……鉈に血がついていないという事は、少なくともまだ生きている。


 それも五体満足で。


「萌、他の場所に行くぞ」


「え、他の場所って、もう心当たり無いんですけど」


「墓地だ墓地! どの道そこの屋敷はアイツが立ってる限り入れねえよ。もしかしたら居るかもしれないしな」


 逃げ場所を誘導されている気がするが、きっと気のせいではない。気付いたとしても、俺達にはそれに反発する理由がない。反発してどうなる。何か状況が変わるのか? 否、下手を打てば悪化の一途を辿るばかりである。


 ならばたとえ誘導されていようと、安全の約束された方向へ進んだ方が幾らか賢明だ。その内、打開策も思い浮かぶだろうから。  




 




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