迷える子羊に断罪を

 出し抜く為とはいえ、何故かドッキリを仕掛ける事になってしまったが、この件に関して俺は何の責任も負う気は無い。全ての責任はあの野海とかいう記者にある。慰謝料はどうぞあちらへ、俺はバイトをしていないので、お金を持っていない。かと言って自己破産もするつもりはない。万単位の請求はあちらへ、さああちらへ。

 …………緊張している時に別の事を考えるのは俺の悪い癖だったりする。

 全く別の事という訳ではなく、話が脱線する。碧花関連なら、例えば碧花を使ってエロい事考えてる奴はどれくらい居るのか、とか。隣に居る身としては、意外と気になる。こういう話は普通、女子に振るべきではない。何故と問うまでもあるまい、その事実を知る事もそうだし、その発想が出来るという時点でドン引かれるからだ。

 だが普通の男子ではない俺は普通の女子ではない碧花に振った事がある。中学校の頃の事だ。

 俺の周りは大概性の目覚めが早かったが、中学校の頃に碧花を知った人は、彼女で性の目覚めを経験したのではないだろうか。あれはどう考えても中学生のスタイルじゃない。良く芸能からスカウトが来なかったものだ。

 さて、そんな彼女の女の子らしい反応が見たくて振ったというのが素直な理由だが、果たして何て答えたと思う? ここまで付き合いの長くなっている俺からすれば、「何を当たり前のことを」と思ってしまうが、当時の俺は阿呆だったのだ。






『なあ碧花。お前さ、正直どう思ってんだよ』

『何が?』

『お前みたいな体型の奴、見た事ないし。俺以外の男子……絶対お前の事エロい目で見てるぞ』

『ああ、その事。今に始まった事じゃないだろ。それに妄想するのは自由だ。まあ、良い気分はしないけどね。好きにさせておけばいいじゃないか。本物の私は君の隣に居る。君の隣にしか居ない、と言おうか。だからもし心配してくれて言ってくれたなら、有難いけど、大丈夫だよ。何て事ない』

『そ、そうか、変な事聞いて悪かったな』

『構わないけど……君はさ、私をそう言う目で見ないの?』

『お、俺は……だって、友達だし。エロい目でなんて―――』

『ふーん……』

『………………………………なんだよ! 見ちゃ悪いかよ!」

『―――ふふッ』






 結局女の子らしい反応は返ってこなかったし、俺は本人の目の前でエロい目で見ている事を自白してしまった。だからと言って特別な変化は無かったが、あれ以降、心なしか碧花がこちらを揶揄う事が多くなった気がする。

 ―――特別な。

 ふと考えが引っかかった。そんな大きな出来事を起こしていながら、特別な変化が何も無かった、だと? 俺は男子史上、最も碧花との距離が近い男の筈だ。その俺が、今までを通して何の進捗もないだと?

 俺に魅力が無いから?

 告白する事が怖いから?

 それとも碧花には、俺の知らない友達が居る?

 考えた事も無かったからこそ、俺にとっては会心の一撃だった。友達以上の関係となると恋人か、夫婦か。進捗と言うと、キスか性行為か。いずれも起こっていない。この十七年間で、俺は何も進んでいない。


 出会った時から何にも変わっていない。遊んでいただけだったのだ、俺は。


 モテる男にのみ許された秘技『女性キープ』をしている訳ではない。むしろキープ出来る程俺はモテていない。そしてキープされる程の価値もない。こんな男だから、碧花と一ミリも関係を進展させられないのだ。

 碧花だけじゃない。萌も由利も、何にも発展してない。出会ったあの時から一体何が進展した。進んだのは時間だけだ。

―――俺って、やっぱ駄目だな。

 励まされれば、その時限りは前向きになる。だが根本的にネガティブなので、こういう風に思考のドツボに嵌まると、徹底的に自分を傷つけるまで終わらない。人殺しなどせずとも、俺は俺自身が十分罪深い人間であると思った。

 欲が深くて、愚かで。懺悔してもし足りない。もっとカッコ良かったら、もっと高身長で腹筋割れてて、明るかったら。こんな思いはせずに済んだのに。

「ああ―――マジで…………」

 意味は無い。繫がれる言葉もない。ドツボに嵌まった俺は度々苦悩を吐き出す為に無意味な言葉を羅列する。それでも強いて繋げるとするなら、『マジで俺は最低な人間だ』と繋げられる。

 証拠はある。進捗が無いという事は、つまり何も行動していないという事だが、その癖、俺は碧花が誰かとキスしている様、花嫁姿、どれをとっても見たくないと思っている。誰かの物になってほしくないと思っているのだ。

 本当にその人の事を想っているなら、そんな独占欲、封じ込むべきだろうに。罪深い俺はどうしても彼女を―――この手で幸せにしたいと思っている。

 ここだけ聞けば何か格好良く見えるかもしれないが、こんな事を考えながら告白もしないし、キスもしないし、押し倒す事もしない(本人は曰く拒絶しないらしいので、合意の上だろう)。究極のヘタレ極まれり。そのくせ強欲なんて救いようがない。七つの大罪に俺が名を連ねる日は近そうである。

 そういう人間だから、碧花以外の女子とも進展しないのだ。仮に碧花の事を諦めたとして―――他の女子とも進展しなければ、只の孤独。この世で俺が最も嫌う状態だ。一人になるくらいなら死んだ方が良い。

「……ああ、もういい!」

 危ない独り言も、こう言った状態なら意識の統制に役立つ。本格的に自殺路線で前向きに考えようとした思考を、強引に遮断する。死ぬなんて駄目だ。死んだら碧花を泣かせる事になる。それに俺が居なくなったら、誰が萌を守るのだ。クオン部長を消してしまったのは、他でもない俺だ。ここで死ぬなんて、真実を暴いた責任を放り出しているに等しい。

 とにかく、ドッキリだ。ついさっき買ってきたこれを由利に着せて、意趣返し終了。今はそれ以外、何も考えない。考えたくない。
















 話を遡る。

「何か御影先輩って、修道服が似合いそうですよね!」

「え?」

 悪口ではないので悪い気分はしないが、流れもへったくれもない切り出しに、私は何と答えていいか分からなかった。

「ど、どうして?」

「いやあ、なんか。似合いそうだなって!」

「…………」

 私の家に修道服は無い。あったとしても、見せた覚えがない。それなのにこんな事を言い出すなんて、どう考えたって前振りだ。首藤君と一緒に帰ってこなかった時点で妙だなとは思っていたけど、そういう事か。

「私は着ないから」

 ノリが悪いと言われても知らない。私は着たくないから、着たくないと言った。それだけの事。萌は見透かされている事に驚いているけど、こんなのは別に名推理でも何でもない。強いて言うなら、彼女が大根役者だっただけ。三文芝居と言う事も憚られる。あんな芝居を見せられても、民は鐚一門払いたくないだろう。

 萌がここまで演技が下手だと思わなかった。良く言えば正直なんだけど、悪く言えば、仕掛け人側じゃない。どうせ首藤君から言い出した事だとは思うけど、それなら人選ミスも甚だしい。何のつもりか知らないけど、萌を協力者にするなんて。

「あの、私は何も着て欲しいなんて言ってないんですけど」

「そう。じゃあ着ないって念押ししておく」

「いや、着て欲しくないとも言ってないんですけど!」

「……じゃあ着ないって言っておく」

「いや―――いや! いや………………」

 一連の流れを見れば、協力者を間違えた事はお分かりいただけるだろう。彼女は正直者だから、嘘が下手くそ。私の知らない内はもしかするともっと上手いのかもしれないけど、今に限って言えば、演技をしているかどうかすら怪しい。

「きっとですね、御影先輩がシスターになれば、懺悔したい人が現れますよ!」

「……懺悔したい人なんていない方が良いに決まってる」

「それはそうなんですけど! 今は居ていいんですよ!」

 人はそれを暴論と言う。理屈で丸め込む事すら出来ないらしい。クオン部長の隣に居れば、嫌でも詐術は覚えそうなものだけれど。



 ガチャ。


「あ、ほら来ましたよ! 迷える子先輩が!」

 先輩にその言い方はどうなのだろう。玄関の方を見ると、そこには紙袋を片手に、浮かない顔の首藤君が居た。

 ―――案外、間違ってなかった。

 先輩を相手に子羊……子先輩? ……何にしても無礼な後輩も居たものだと思ったが、彼の顔色は正しく懺悔を求む咎人の様で。私はとても心配になった。かつて彼に刺々しい対応を取った私に、そんな資格は無いのかもしれないけれど。

 あんまりにも、沈んでいたから。  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る