理想の終焉まで



 墓地と言われて、俺は大層な墓場……墓石に名前が刻まれるタイプのものを想像していたが、雪曰く、そんな大層なものじゃないらしい。じゃあゲームで良く見る木の十字架を立てただけの簡素な奴なのかと問うてみたが、それも違うとの事で、想像がつかなかったが……


 難しく考えすぎた。墓は墓でも、最早それは十字架でも何でもない……というか何の宗教にも属していなかった。


「これ、棒倒しの棒だろ?」


「何て事言うの。棒倒しな訳ないでしょ」


「いや、だって土盛ってあって、てっぺんに木の棒が刺さってるし、誰がどう見たって棒倒しの棒に決まってるだろ」


「そんな風に思うのは狩だけだ。私達はちゃんと墓として見てる。それを棒倒しの棒呼ばわりなんて、ある意味死者を冒涜してるよ」


 俺は苦笑いを返す事しか出来なかった。いや、全くその通りだ。雪に悪気も故意も無いのは分かっているが、それでも発言自体は正しい。俺という存在は自然の摂理に反して生きている。俺よりも遥かに生きたいと願っていた者は居ただろうに、そんな者達を差し置いて、俺は水鏡碧花の『遊び相手』として生きている。


 この死に反する状態を冒涜と言わずして、何を指す。俺自身の性質も考慮すれば、その辺りに居る死者全員にリンチされたって文句は言えないのだ。


「どう見ても棒倒しの棒にしか見えないけどな…………でも、何かここに来るまでの道って、結構妙だったな」


「妙って?」


「いや、だって魚屋の横の小さな扉を通って、そこから入れる小道を突き当りまで進んで、そうしたら微妙に整備されてない階段で一旦地下に下りて、それから上って、ここに来たじゃないか。無駄に手が込んでるつったらあれだけど、何でこんな隠されてるんだ?」


「…………それは……私にも分からない」


 ズコオオオオオオッ!


 ギャグ漫画だったら盛大にすッ転んでいる所だ。どうして最初にかなり溜めて、言葉の中間で少し溜めた。何かとても感動的な事を言うのか、または重要な事を言うのかと期待してしまったではないか。軽く前のめりになって関心を寄せていたせいもあり、転ぶとはいかずとも、前方によろめいた。


 肩透かしというよりは、単に背中を押された気分だ。


「分からないって……お前、この街住んで長いんだろ!」


「分からないものは分からないんだから仕方ないよ。狩以外、そういうのを疑問に思った人なんて居なかったから。皆、そういうモノだって受け入れてたから」


「え、俺のせいなの……? 誰かそういう由来を知ってる人は居ないのか?」


「ごめん。悪いけど、知らない。でもこの墓場を管理してる人なら知ってるよ」


「管理って事は、墓守ってか。誰なんだ?」


 尋ねつつ雪と共に周囲を見渡すが、それらしき人物は見つからない。それどころか、家すらも見られない。墓守を実際には見た事が無いから確かな事は言えないが、普通、近くに家を建てている筈では無いだろうか。その方が楽だし。


「居ないね」


「居ないな。一応名前だけ教えてもらっても良いか?」


「香と慈。二人姉弟の墓守なんだ」


「はあ、二人姉弟ねえ。墓守も珍しいが、姉妹で一つの仕事に就いてるのはそれ以上に珍しいな」


 二人姉弟とは羨ましい。俺の家族は『雪と楼の二人だけだ』。しかも家族というだけで、姉でも弟でも兄でも妹でもない。


 二人が居るだけでも十分幸せだが、欲を張るなら、姉妹が欲しい所だ。まあどれが一番欲しいかと言うと、ぶっちゃけ全員欲しいのだが、強いて言えば妹が欲しい。


 特に拘りとかは無いのだが、妹が居た、と仮定した場合、俺の妄想の中ではとてもしっくりくるのだ。まるで俺には、最初から妹がいたのではないかと錯覚してしまうくらいには。


 だが信じるつもりはない。どうせ既視感と同じ類のものなので、実際にはそれと正反対の事が真実だったりする。俺に妹なんて居なかったし、これからも居ないままだ。もし居たら俺は絶対に忘れないし、そもそも欲しいとは思わないだろう。



 無論、雪と楼の二人が居てくれるだけで幸せなのは言うまでもない。



 欲を張っただけだ。叶わないのなら、それでいい。


「二人で何処かに出かけたかな。待ってたらその内来るとは思うけど、狩は待てないよね」


「お前が膝枕してくれたら何時間だって待てるぞ!」


 半分冗談のつもりだった。膝枕さえしてくれたら何時間でも待てるのは本当だが、だからと言って雪を地べたに座らせる訳にはいかない。『それは言い過ぎ』とか『本当?』とか、何かしらリアクションが貰いたくて、つい言ってしまった。


「そう、じゃあ横になって」


「え?」


 考えられる限り最悪の選択肢に繋がった。そう言えば雪はこういう奴だった。冗談が通じない奴ではないが、普通よりも遥かに冗談が通じる環境じゃないと、真に受けてしまう。今の環境は最悪だ。待つという行為を俺が苦手(基本的には嫌)なのは事実なので、とてもじゃないが雪にはこれを冗談とは見抜けない。 


「いや、嘘! 嘘嘘! 俺全然待てない! 大丈夫だから、座ろうとするな! 土で服が汚れるぞッ」


「私は別にいいよ」


「俺が良くないの!」


「じゃあどうやって待とうか」


「探すって手段は無いのかよ」


「二人は一旦居なくなったら私でも探すのは難しいから、待っている方が効率的なんだよね。絶対にここには帰ってくるから」


「いや、何処に行ったとか分かるだろ。そっちに行けば……」


 雪は頭を振って、身を翻した。


「行きも帰りも寄り道する事が多いから、入れ違いになる可能性は高い。それを考慮したら、やっぱり待ってる方が得策だと思うな」


「…………そうか」


 基本的に待つのは嫌だが、雪と一緒に待つつもりなら、例外に入る、問題は、休息所も何もない場所で、地べたに座る以外にどうやって待つか、だ。地べた以外に見えるものなんて墓くらいしか―――いや。


「あ、良い事思いついた。雪。あの柵に座らないか?」


 俺が目を付けたのは墓地を囲う木の柵。当然座る事を想定されていないから座り心地は推して知るべしだが、地べたと違って汚れない上に、腰を掛けるというだけで、ある程度楽にはなる。随分と名案ではないか。


「柵ね。うん、分かった。じゃああそこで待とうか」


「何か、微妙に含みが無いか?」


「含み……心配してる事を言ってるなら、あるよ。あの柵って結構薄いから、私達が乗ったら、壊れるかもしれない」


 あり得ない話ではないが、そんな事を言い出したら危惧すべき事態は山ほどある。杞憂であると示す為に、俺は率先して柵に寄りかかり、身を以てその耐久性を証明した。多少軋みはしたが、案外柔軟性がある。


「な? 大丈夫だろ」


「……そうだね」


 雪は思慮深いが、それ故に心配性だ。柵が崩れるかどうかなんて心配しても仕方がないというのに。


 形ある物はいつか壊れる。壊れたらその時はその時なのだ。




 ―――狩也君。 




「ん?」


 懐かしい声が、突然聞こえた。まず聞こえる筈もないと思っていただけに、三割増しで動揺してしまう。


「どうかしたの」


「いや……なんか、声が」


 どうやら雪には聞こえていない様だ。意味のない嘘を吐く人物ではない。忘れようのない声は、挙動不審になって辺りをきょろきょろと見渡す俺の様子が分かっているらしかった。




 ―――焦らないで。怪しまれないで。この声が聞こえてたら、来て欲しい所があるんだ。




 声はその場所とやらを手短に伝えた後、聞こえなくなった。間違える筈もないし、何一つ忘れちゃいない。今の声は俺の『友達』であり、大好きな人―――水鏡碧花の声だ。俺が彼女と出会いたいあまり聞いてしまった幻聴の可能性もあるが、ならもっと早くから聞こえていてもおかしくない。


 ここに、居るのか?


 雪の方へ視線を向ける。やはり聞こえていないし、あちらにすれば聞こえもしない声を聞いたと言って挙動不審になっている俺が心配なのだろう。おでこ同士を合わせて、熱をはかってきた。


「熱は、ないみたい」


「そりゃねえよ。でも今の、幻聴だったのかな」


「幻聴は何か言ってたの」


 雪と楼は、俺の短い人生の中で数少ない無条件に信頼出来る人物である。しかし何故だろう。何となくだが、雪と碧花の相性は最悪極まりない予感がした。


「―――いや、俺の名前を呼んできただけだよ」


「そう。もしまた聞こえたら、その時は言って」


「心当たりがあるのか?」


「心当たりはないけど、探せば見つかるよ。きっと」


「それ粗探しと同じじゃねえか?」


 墓守姉弟が来るまで、俺達は暫くの談笑に興じる。



 それにしてもどうして碧花がここに居るのだろう。まさか彼女も、邂逅の森からこちらに来たのだろうか。すると邂逅の森の正体は―――



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