何処か懐かしい景色
歩いていたら、街に着いた。もう気にしていないが、相変わらず時代が良く分からないノスタルジックな街並みだが、テレビや携帯などの電子機器系統が無いのと、家が木造建築である事、二階以上の建物が存在しないのは共通しているので、全くの無秩序という訳では無さそうだ。
「ここが…………街か」
並びを見るに、商店街か。そこそこの人数が行き交っている。賑わっているのかもしれないが、これ以上の人ごみは腐る程見てきたので、どうしても寂しさを感じてしまう。
「狩的にはどう? 正直な感想を聞かせて欲しいな」
「ん。…………賑やかなんだろうが、結構人が少ないと思った」
「街に居るのは精々二百人くらいだし、そう感じるのも無理ないかもね。ここは商店街。食材の買い出しなんかする時に来るから、一番来る事になる場所」
「なあ。因みになんだけどさ……ここって、貨幣とか通じる場所か?」
「当たり前でしょ。何言ってんの」
「銭とか厘とか使わないか?」
「使う時もある」
「それってどういう事だよッ」
俺の生きていた時代には銭も無いし厘もない。もし生活するうえで買い出しを頼まれたら、苦労しそうなのが今からでも目に見えている。苦々しい表情で街を眺めていると、偶然だろうか。雪が俺の心を読んできた。
「でも、今日はどちらかと言えば狩に案内するのが優先だから。買い物が心配だったら、安心して」
「―――お、おう。一応安心しとくわ」
雪に手を引かれ、本格的に商店街に入ると、一分もしない内に、こちらへ駆け寄ってくる人物がいた。
「あら、雪! 久しぶりじゃない!」
もしかしたら女性は皆、虚無僧みたいな笠を被っているのだと(明らかに女性と分かる人物が全員被っていたら、翻って雪の性別も分かるだろう)思っていたが、そんな俺の浅はかな思惑は声を掛けてきた女性によって打ち破られた。
「お久しぶりです、菜さん」
菜と呼ばれた女性は、やはりどこかで見た事がある気がするものの、それは既視感という奴に違いない。見た事があるだけで、実際には見た事が無い。初対面なのに、まるで以前から知っていたかの様な感覚を覚える。
つまり、間違いなく初対面。気のせいだ。
「……誰?」
「菜さん。そこの八百屋を営んでる人」
「…………あら、雪。こちらの人は?」
「狩。新しい家族」
物凄く簡潔な説明だったが、これ以上ないくらい俺と雪との関係を示す言葉だった。俺は雪が好きだし、雪も俺の事が好きだし、その関係を、家族以外の何と言い表せようか。
「狩です。長い付き合いになるかもしれませんけど、宜しくお願いします」
「はいはい、私は菜よ~。よろしくね、狩君?」
菜に聞けば雪の性別とか分かりそうなものだが、流石に本人の目の前で聞くのは……話がややこしくなる。やめておこう。
それにしても菜の話し方から滲み出るこの妙な色気……人妻だったりするのだろうか。結婚した女性には独特の色気が生まれると言うが、周りにそういう女性が居なかったどころか、高校生しか居なかったせいで、今まで俺にはそれが分からなかった。こういう事か。
確かにこの独特な色気は、癖になるものがある。人妻好きの男性が居るのにも頷けよう。だからと言って浮気や不倫を許容している訳では無い。不倫や浮気をする奴は男女に拘らず嫌いだ。仕方ない理由があるとかならともかく、それらの多くは非常に身勝手な理由から始まっているので、実際にはほぼ例外なんてない。
それと俺は、人の物を取ったりなんかしない。だからもし碧花が誰かと結婚してしまったら……とても嫌だが…………その時はすっぱり諦める。告白なんてとりやめて、今まで通り友人として生きるつもりだ。
「後でウチの野菜、買いに来てね? 新鮮なのが取れたのよ~?」
「ああ、はい。今は狩に街を案内している所なので、ひと段落したら直ぐに」
背中に「気を付けてね~」という緩い見送りを受けながら、俺達は菜の下を離れた。菜の声によって通行人の幾らかが俺達に関心を向け―――特に俺の事を、奇異の目で見てくる。
―――雪の言った通りだったな。
しかし幾ら余所者だからって、ここまで視線が集中するものだろうか。目に見えておかしな特徴があったり、行動を取っていたなら理由も分かるが、軽く菜と会話しただけで、それが特別おかしいとは思えない。
「何で俺、見られてるんだ?」
「物珍しいからだよ。狩は」
「え?」
それ以上は雪も教えてくれなかった。唐突な黙秘は今に始まった事ではないので気にしないが、何処へ向かっているのだろう。どこもかしこも店が立ち並んでいるし、もう案内する所なんて無いのではと俺は思うのだが。
雪に手を引かれて左に曲がり、突き当りの扉を通った所で、足が止まった。
「ここが住宅街。店を家と兼ねている人を除いたら、皆、こっちの方に帰ってくる」
「ほー。でも屋台とかもちらほら見えるな」
「帰ってくる人達を顧客にしてるんだと思う。私はお酒を飲まないけど、帰る前に一杯ひっかけるとか、結構あるみたい」
「あー! そういうな!」
首藤狩也一七歳。未成年につき、酒の関わる全てを知らない。見る人が見れば適当に返事をしている事など明らかだったが、雪もお酒を飲まないお陰で、普通に会話が続いている。
しかし待って欲しい。未成年がお酒を飲んじゃいけないなんて、それはこの空間でも適用されるのだろうか。一度くらいお酒を飲んでみたい気持ちは俺にだってある。流石に溺れる程飲みたくはないが、御猪口一杯分とかその程度だったら……
「因みに他に案内する予定の場所って何処なんだ?」
「後は、墓地と人形屋敷かな」
「ううんッ? なんか急に物騒になったな!」
墓地はともかく、人形屋敷とか、言葉からして不穏だ。不穏が過ぎる。勝手なイメージでも屋敷のありとあらゆる所に人形が吊られていたり置かれていたりするが、基本的に俺の想像力は乏しいので、斜め上の方向にあるのが実際の景色だ。幽霊屋敷でないだけマシと言えばマシかもしれないが、正直慰めにはなっていない。
人形には……嫌な思い出があるし。
「お、お化けとか出ないよな?」
「お化けは出ないけど、色々出てくる」
「何かそれ墓荒らしか空き巣してねえかッ?」
「冗談だよ。菜さんの時みたいに挨拶にするだけだから、そう心配しないで」
「いや別に心配してるとか怖がってるとかじゃなくて…………」
強がろうとして、やめる。自分を良く見せようとしなくたって、雪は俺をちゃんと見てくれる。俺の事を肯定してくれる。そんな相手に強がろうとするなんて、馬鹿らしいというか、逆に失礼だ。どうせ碧花と同じで見抜いてくるのだから、なら最初から変に見栄を張る必要は無い。
自然体で行こう。
「本当にお化けって出ないよな?」
「出ないったら出ない。もし居ても、狩が遭遇するなら私も遭遇するから、大丈夫だよ。二人で居ればどんな怖いのに会っても、怖くない。そうでしょ」
「そ、そう…………かなあ?」
「私は狩が居なくなる方が、ずっと怖い。家族が消えるのはいつだって寂しい。それに比べたら、何だって平気。狩もそう考えたら、怖くなくなるよ」
そんな家族を引き合いに出されても……俺の家族は『雪と楼の二人だけだ』。居なくなるなんて考えられない。考えたくない。
二人を繫ぐ手を強く握る。それに応じる様に、雪は俺の手を強く握り返してきた。
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