俺はオカルト部じゃない!



 どうにか恐怖の夜を乗り越えた俺が登校して、昼休みの事。いつもならば碧花と屋上で昼食を摂るのだが、今日は打ち合わせという事もあり、俺はオカルト部に呼び出されて……正確には、教室に萌が来て、連れていかれた。

 基本的に俺のクラスメイトは女子と男子が仲良くしていると付き合っているか否かを気にする野次馬根性の持ち主だが、萌がオカルト部という事を知ると、途端にその気配は無くなってしまった。やはりオカルト部というだけで女子だったとしても奇異な物である認識は変わらないらしい。彼女は特に気にしていないみたいだったが、慣れとは恐ろしいものだ。


「今日は全員来るのか?」


「あ、微妙に都合が悪い人が居て、今の時間に集まるのは私と先輩含めて五人ですね。なので、二人来ません」


「その二人ってのは?」


「副部長と書記です。一応名前をお教えしますか?」


 俺は首を振った。


「いや、いいよ。聞いたところで俺が知ってる筈も無いし」


 何とも悲しい話だが、俺は碧花以外に友達が居ない。いや、居たとしても俺の不運が作用して直ぐに失ってしまう。それにより『俺と友達になると死ぬ』悪評が周りに行き渡り、やはり俺は友達が出来ない。幸い、俺自身に問題は無いから村八分状態ではないが、それでも俺には友達が居ない。友達が居ないから彼女も居ない。部活にも所属してないから下級生にも知り合いは居ないし、上級生にも居ない。オカルト部の部長何ぞ知ってる道理はない。


 萌の案内を受けて、俺はようやく部室に辿り着いた。まさか二年生の教室と地続きになっているとは思わなかった。碧花と昼休みを過ごして、それから真っ先に帰っているので、知りもしないのは当然の話だが。


「失礼します。クオン部長、先輩を連れてきました!」


「ん。ご苦労。それじゃあ狩也君……だったか。そこにパイプ椅子があるから座ってくれ」


 部室の中はやはりというべきか案の定というべきか非常に薄暗く、寒い時期でもないだろうに窓は完封され、カーテンによって二重に遮られていた。暗室と呼んでも差し支えぬこの部屋には、たった今開けた入り口から光が差し込んでいるだけで、長机で円卓よろしく囲いを作り、奥の方で腕を組んでいる部長の顔までは光が届いていない。顔が見えない部長に、俺は無意識に恐怖した。部屋全体を見回してみるが、まだ他の面子は来ていないらしい。


「クオン部長、他の人達は何処に行ったんです?」


「来ていない。直に来るとは思うがな。お前は座っていろ」


 俺の真向かいにクオンと呼ばれる部長、それに挟まれる形で萌。その真向かいにはまだ誰もいない。というかこの座り方だと後一人しか座れないがいいのだろうか。それとも萌の座っている側に並ぶ形で座るのか。


 俺がそんな事を考えていると、クオンが不意に言葉を掛けてきた。


「初めまして。俺の名前はクオン。君は俺の事を知らないだろうが、オカルト部部長として、俺は君の事を良く知っている。『首狩り族』の異名は、同級生の間では有名らしいじゃないか」


「ちょっと部長! 幾ら何でも急に……」


「萌。俺なら大丈夫だ。こういう事は慣れてる」


 自分が制止される事など夢にも思っていなかったのか、萌が目を丸くする。俺としても心配は有難かったが、それよりも何よりも、今はこの奇妙な部長の問答に応じる方が先だ。碧花との時間を割いてまで来たのだから、元は取らなければ。


「さて、オカルト部の調査に付き合ってくれる事をまずは感謝しよう。君が何かに呪われているとすれば、七不思議は間違いなく目撃出来る筈だ。七不思議については……知らないなら、説明するが」


「いや、大丈夫だ。知り合いから聞いてきた」


「準備が良いようだな。それじゃあ一応答え合わせをしよう。七不思議その一」


「年彦君」


「七不思議その二」


「サオリさん」


「七不思議その三」


「第零階」


「七不思議その四」


「宣告階段」


「七不思議その五」


「炭女」


「七不思議その六」


「モッコウ男」


 七不思議を全て知ってしまうと……正確には口にする、目撃すると不幸な事が起こる。というのは何処の七不思議でもよくある事らしい。お互いにもう一つ知っているが、部長も俺も、もう一つの不思議を言おうとはしなかった。いや、俺の場合はあっちが尋ねてこなかったから、だが。


「部長遅れ…………アッ」


 遅れてもう一人入ってくる。両目に深い隈を持った少年は体格的には萌と同級生だ。部長とクオンの事を言っていたので三年生という事はあるまい。二年生では見覚えが無いので、やはり一年生だろう。


 何故か俺を見るなり睨んできたが。


「藤浪君、何でそんな息を切らしてるの?」


「え……いや。僕は萌を呼ぼうとして……居なくて。走ってきた」


「―――あー、そういう事。ごめんね、私先輩の所に行ってたから」


 入れ違いになったという事か。遅れた理由が随分と友達想いな男子は、萌の隣に座り、部長の方を向いた。


「あ、それと我妻先輩、先生に捕まってるから来れなそうですよ」


「え、またですか。何やったんですかね」


「どうせ髪でも染めたんだろう。まあいい。俺達だけで今日の夜に行われる七不思議調査の打ち合わせを始めよう」


 首から上の見えぬ部長が開幕を告げると同時に、張り詰めた空気が一気に部室を支配する。このクオンと呼ばれる部長、只者ではない。まるで幾つもの修羅場を潜り抜けた強者の如き迫力。


 単に部屋が埃臭いとも言うが。


「まず、七時に校門前に集合だ。メンバーが揃い次第、俺が事前に作っておいた入り口から校内に侵入。メンバーは最大で七人。一人一不思議でもいいんだが、今回は『首狩り族』こと狩也君が居る。もしもの事を考えて、俺以外は二人組で調査にあたってくれ」


「ぶ、部長! 部長は大丈夫なんですか? 先輩の事調べたなら、部長だって『首狩り族』の事……」


「大丈夫だ。俺は死なない。答えとは絶対の裏付けから導き出されなければならず、そして俺は、俺が死なない理由と自信を持っている。手傷くらいは負ってしまいそうだが、大丈夫だ。それにな、仮に死んだとしても、俺は三年生。オカルト部の存続には支障がない。心配は有難いが、お前達は自分の心配をしろ。狩也君、君もな」


「俺も?」


「君が関わったと思わしき事件を全て調べさせてもらったが、君の不運は君に全く実害を与えない訳じゃない。いつか自分の運に殺されてもおかしくはないからな。本当はくじ引きで決めるつもりだったが……萌」


「はい?」


「お前は彼と組め」


 そのあまりにも独断的な物言いに、噛みついたのは萌―――でも俺―――でもなく、藤浪と呼ばれた男子だった。


「部長! それはおかしい! どうして萌があんなどこの馬の骨とも知れない男と組まなきゃいけないんですかッ。ここは遭遇した場合の対処も兼ねて、気心が知れている僕と萌が組むべきでしょう!」


 何処にも怒る要素は無かったと思うのだが、そう思っているのは俺だけでは無かった。クオンの表情は見えないが、その首は若干傾げている。


「……何を熱くなっている。面識があった方がいいだろう。狩也君、君は彼と面識があるのか?」


「いえ、無いですけど」


 また、睨まれた。『余計な事を言うな』とその瞳が物語っている。目は口ほどに物を言うとはこの事か。


「だったらやはり、萌と組め。その方が協力もしやすいし、藤浪……お前は陰キャだ。先輩とまともに会話出来るとは思えない」


「ぐッ…………!」


 部長としての説得力で藤浪を黙らせたクオンは、「話は終わりだ」と言うと、手裏剣よろしく俺に画用紙を投げつけてきた。


「狩也君、君は帰ってくれてもいいぞ。その紙は後で読んでくれ」


「は……はあ。じゃあお先に失礼します。萌、後でな」


「はいッ。夜になったらまた会いましょう!」


 俺はパイプ椅子から腰を持ち上げて部室を出る。久しぶりに光を浴びた気がした。教室に戻る最中、渡された紙に何気なく目を通してみる。


 そこには、





『萌を守ってくれ』





 とだけ書かれており、そこには頼み込んできた理由も無いし、彼女に迫る危機も書かれていない。


 ――――――どういう事だ?

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